目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 私の生き方は


 小屋のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたもの。それは暖炉の前でロッキングチェアに座るマルスの姿だった。二週間も居候していれば、こんなのは見慣れた光景。

 しかし、唯一違う点は、マルスの腹は無残にも撃ち抜かれていることだ。


「……なんじゃお前等、戻ってきおったのか。せっかく追っ手に嘘をついたというのに……」

「マルス!」「お爺ちゃん!」

「最近の捜査員は強引なヒューマノイドもいるんじゃの。レールガンは当たらんかったがブラスターで脅されて……このざまじゃ」 


 修道院に現れたヒューマノイドの存在を忘れていた。

 コイルを追っているのは連邦保安局だけじゃない。

 何にせよ、ここまでやるってことは相当切羽詰まっている感じだな。

 私達が駆け寄ると、マルスは小さな包みをコイルに手渡した。

 綺麗にラッピングされ、リボンも付いている。


「まあ丁度いい。照れ臭くて……渡せんところじゃった。お前はワシの夢を叶えてくれた。これは感謝の気持ちじゃ」


 コイルが何をした? 叶えた夢ってなんだよ? 何が感謝だよ!

 マルスはゆっくりと天井を指差し、苦しげに言った。


「ジェシカ、お前にもプレゼントをやろう。あの船に乗れ……アイツならきっと……お前等と……」

「もういい! もう喋るな! これくらいの傷ならまだ助かる!」


 ここまで出血が酷ければもう助からない。気休めだ。誰の為に。

 何の為の気休めだ。


「ジェシカ……お前ヤバイ依頼を噛んだな。じゃが、その子は守れ。その子には……家族が必要じゃ……。さあ、もう往け、ベルリウス星へ」

「だ、だってマルスがこんなんじゃ。それに私は……」

「だって、ではない! ゆけ、ジェシカ!」


 マルスは手に持っているハーモニカをコイルに見せ、優しく微笑んだ。


「……コイル……これはな、寂しい時には……余計、寂しくなる……から……」


 マルスの腕が力無くだらりと下がり、その手からハーモニカが落ちて床に転がった。

 私は今にも泣きだしそうなコイルの腕を取り、小屋から飛び出す。

 外には顎髭の捜査官が腕組をして立っていた。


「これ以上その子に関わるな。お前の勝手で、また大勢の人間が死ぬ」

「また? 何のことだ? 何を言っている!?」

「……そうか、憶えてないだろうな。要らねえこと言っちまった」


 私の勝手で人が死んだ? 死んだだと? 私が何をしたっていうんだ! 

 空が回る。吐き気がする。《神はいない》。過去を思い出そうとすると、その言葉だけが頭の中を埋め尽くす。私は震える手で腰のポーチから薬を取り出し、それを飲み込んだ。吐き気と眩暈めまいはすぐに治まる。クソッ、嫌な薬だ。

 私は顎鬚の捜査官に言った。


「憶えてないだろうな、だと? 記憶に残ってるだけでも、私は私の勝手で、散々人を殺してきたよ。この銀河で自分の身を守るには、それしか無かったんだ。それが罪だというなら、今すぐ私を殺せばいい。命のある限り銀河を往く。それが私の生き方だ」


 顎鬚の捜査官は黙って私の目を見ているだけだった。  


 突然、上空に無限潜航エンジンの音が響いた。見上げると小型無限潜航艇が四艇浮かんでいる。そして目の前には、教会でシスターを撃ち殺した、あのヒューマノイドがリニアガンを持って立っていた。

 ヒューマノイドは野太い声で言った。


「コイル、渡せ。はやく、はやく。あれ、攻撃する前に。殺すぞ。いっぱい死ぬぞ」


 上に浮かんでいる小型潜航艇は保安局のものではなく、こいつの仲間のものか。なんにせよ、このままでは中古船の停泊場まで行けない。さっさとこいつを始末して先を急ごう。後の事なんて知ったことか。

 私はゆっくりと体を斜めに向かせ、ヒューマノイドに悟られぬよう、腰のブラスターガンを握った。

 いつの間にか顎鬚の捜査官は私の隣に来て、言った。


「なるほど。ありゃアルタイル星系のビーク星人だな。知能が低く、同時にふたつの目標を認識できない。おまけに視力が弱く、射撃の精度はかなり低い。急所はみぞおちだ。それ以外に倒す方法は無い」


 その時、なぜかコイルが口を大きく開け、顎鬚の保安官に向かって威嚇をし始めた。コイルのそんな姿を見るのは初めてだ。一体どうしたんだ?

 顎鬚の捜査官はゆっくりとブラスターガンを抜き、また私に話しかけてきた。


「俺が始末してやってもいいが……どうする?」

「ふん。誰に向かって言ってるの? あんたに頼まなくたって」


 私はブラスターガンを素早く抜いて、銃口をビーク星人のみぞおちに向けた。

 迷わず引き金を引き、その腹を撃ち抜いた。


「ぐぅぅ。やったな。お前。お前。やったな。言う事、聞かないお前!」


 倒れないじゃないか! この顎鬚野郎、嘘をついたな⁉ 

 顎鬚の捜査官は即座にビーク星人の頭部を撃ち、ブラスターガンをくるくると指で回しながらホルスターに収める。ビーク星人はその場に力無く倒れた。


「脳みそが詰まってるところが急所に決まってんだろ。ビーク星人の腹部は再生能力がある。人間の心臓に代わるものは胸部上だし、背骨にあたるものは左右の脇腹にあるしな。アーマープレッシャーで腹に大穴を開けても倒せんよ」

「……」

「ひとつ教えておいてやろう。お前みたいな警戒心の塊のような奴は、危機に直面した時ほどチープな情報にすがり付く。俺が敵でなくて助かったな。さあ、コイルを置いてここから消えろ」 


 その時、空に浮かんでいた無限潜航艇から太いレーザー光線が発射され、遠くの方で爆発が起こる。中古船の停泊場の方角だな。なるほど、逃げる手段をつぶしてきたな? ビーク星人もそこまで馬鹿じゃないってことか。だけど、裏手にある私のポセイドン号は、透過走査でポンコツとみなしたのか攻撃されていない。

 顎鬚の捜査官は言った。


「まずいな。ここに居るとコイルは助かるかもしれんが、俺とお前は死ぬぞ? 近くに俺の高速艇を隠してある。コイルと一緒にお前も来い! 悪いようにはしない! 約束しよう!」

「これもあんたの演出じゃないのか? 信用できないね」

「警戒心もそこまで来ると自意識過剰なだけだぜ⁉ 早くしろ!」


 ここは私もコイルと一緒に、こいつに付いていった方が良さそうだな。私はコイルの手を引き、その場から離れようとした。その瞬間、レーザーが私達の目の前に照射された。地面は丸く焦げ、草も綺麗に無くなっている。

 間もなく、上空の無限潜航艇から白い球状の物体が降下し、私達の目の前で静止した。直径1メートルほどのそれが真ん中から縦に少し割れ、そこから声が発せられた。スピーカーポッドか。


『コイルから離れろ。これは警告だ。我々は君達の命を奪うようなことはしない。ただし、銀河標準時間十秒でその場を離れなければ、約束は守れない』


 この声はビーク星人が発するものじゃないな。

 合成音声の可能性もあるが、私と同じ人間の声で銀河共通言語だ。

 いや、今そんなことを気にしている場合じゃない。コイルから離れれば私は助かる。ただそれだけの話だ。いつもそうやって宇宙で生きてきたじゃないか。誰かを見殺しにし、誰かを盾にし、誰かを殺して生きてきた。汚れた過去を、血で塗り重ねて生きてきたんだ。今更綺麗ごとなんて、言えるはずもない。

 どうせ私は宇宙でしか生きられないんだ。そして宇宙ですら居場所がなく、彷徨い続ける運命なのだろう。それならこんな場所で死ぬはずがない。死ぬなら宇宙で死んでやるさ。

 だけど、コイルは私とは違う。


――その子は守れ。その子には……家族が必要だ……。


 マルス、無理だよ。私だって、家族がどんなものか知らないんだから。

 私はコイルの手を放し、マルスの家の裏手に停泊させてあるポセイドン号へと走った。

 ポンコツでも宇宙へ出ることくらいはできるだろう。


「ジェシカ……待ってジェシカ!」


 コイルの声が背中に突き刺さる。厄介払い。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 今の私は、子供だった私を追い払った、あの連中と同じだ。

 私はただ、面倒なあの子を捨てて逃げるだけじゃないのか?

 そうだよ。あんな子、足手まといなんだよ! 面倒だから捨てるんだよ! 

 何の躊躇ためらいがある? 何の迷いがある? これが私の生き方なんだよ!


「ジェシカー!」


 コイルは私の名前を叫び、つまづきながらもポセイドン号のハッチの所まで来た。そして乗り込もうとする私の袖を力いっぱいに引っ張る。私は精いっぱいの笑顔を作った。十七年の人生、いや、物心が付いてからの六年間で、こんなに大げさな作り笑顔をした記憶は無い。私はコイルの頭を撫でながら優しく言った。


「ほら、あの髭のおじさんに付いていきなよ。上に浮かんでいる船には乗っちゃいけないよ。いいね?」

「どっちもやだ! そんなのやだよ! お願いだからそんな顔しないで!」

「もう1レジ分、宇宙を楽しんだでしょ? それに、宇宙はつまらないって言ってたじゃないか」

「宇宙はつまらない! つまらないよ! でも!」


 コイルは私に抱き付き、言った。


「ジェシカのいない世界はもっとつまらない! ジェシカがいなくなったら、どこへ行けばいいのか分からないから! だから私は、ジェシカと一緒に行く!」


――お願い。本当に居るなら答えてよ。ここに居るんでしょ!?

――私はどこへ行けばいいの!? 助けてよ……本当に居るなら、ここに来て助けてよ!


 夢の中で神に縋ろうとする私と、コイルがダブったように思えた。そうだ、夢の中での私はいつも神に救いを求めていた。でも私は、お前を導いてやれるような神様には成れないだろう。

 コイルはさらに私を抱きしめた。その弱々しい力に負け、コイルを抱きしめながらよろよろと後ろへ下がって船内の壁にもたれ掛った。同時に、私は船のハッチを静かに閉じた。

 私はコイルに何もしていない。ただ地球の外へ連れ出しただけだ。コイルは私に何もしていない。ただ私の周りで笑ったり、怒ったり、拗ねたりしていただけだ。ただそれだけなのになぜ、コイルは私から離れようとしないのだろう。コイルが傍に居る事がなぜ、こんなにも嬉しく感じるのだろう。


 ポセイドン号はゆっくりと、ラミューの大地を離れた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?