大気圏を抜けて宇宙へ出ると、四艇の小型無限潜航艇が私達の周りを取り囲んだ。そして、そこから少し離れた所に銀河連邦保安局の無限潜航艇が三艇待機している。おそらく双方とも、船の性能差で追い込んでギブアップを待つ算段だろう。
とにかく、コイルの奪取が目的なら派手な攻撃は仕掛てこないはずだ。現に、大気圏離脱前後でも手を出してこなかった。ただ、近づかれてマグネットハーケンを撃ち込まれたら万事休すだ。私はその対策として、すぐさま電磁バリアを展開した。
船の計器をチェックすると、なぜか愚図っていた巡航用バーニアの出力が完全に生き返っている。マルスめ、直らないとか言ってたくせに、
問題は逃走ルートだ。ここから最も近いヴォルテックス・ドライブのエントリーポイントまで約6万キロ。巡航用バーニアで逃げるにしては距離があり過ぎ、光速航行だと減速に距離がかかり過ぎて通り越してしまうだろう。
もっとも、今のポセイドン号では光速航行などしたらフレームが持たない。それに光速航行の代償によって、私達と私達を観測する者とで大きな時間のズレが生じる。光速航行なんて、運び屋とって一番いらない航法だ。
いっそのこと、この
いや、待て。それなら別の疑問が生じる。
仮に、光速航行を選んでベルリウス星に到着したとしたら、そこへ向かう意味はあるのだろうか。確かにコイルを送り届ける期日を聞いていない。着いたとして、誰にコイルを引き渡せばいいのだろうか。
私はポセイドン号の光速航行用バーニアを切り離し、船体を軽くした。
徐々にエンジンの出力を上げ、周りにいる四艇の小型無限潜航艇と距離を取った。奴等もあわてて等距離を保とうとする。そこで、私はいきなり巡航用エンジンを切り、姿勢制御用スラスターを逆噴射させて減速する。それをランダム方向で数回繰り返すと、相手はこちらに合わせるタイムラグがどんどん大きくなる。こちらの電磁バリアによって、相手は自動追跡システムが使えない。手動で操作をしているなら当たり前だ。
頃合いを見計らい、出力を最大まで上げる。ヴォルテックス・ドライブのエントリーポイントまでは遠いが、その近くの小型ステーションに停泊している船を奪おう。すぐにその場を離れ、無限潜航すればこちらの勝ちだ。運よく無限潜航のできる船が停泊していれば、の話だけど。
最大船速で逃げを決め込んだことに気が付いたのか、敵の小型無限潜航艇は砲塔をこちらに向けてチャージし始めた。チャージ光が段々大きくなり、それが一瞬消えたその時、船内に警告音が響き渡る。
「クソッ! 攻撃しないはずじゃ⁉」
私は即座に回避行動に入った。ヨー(横方向)とピッチ(縦方向)の角度をつけながらドリルのように船体を
ジリっとショートするような音が船内に何度も響き、全ての敵弾は船ギリギリの所をかすめて遠くへ消えていく。エンジンを狙う弾道から考えて、これは威嚇射撃ではないだろう。
少し考えが甘かったようだ。
それならば一か八か、デブリの中で敵を撒くしかない。
私は再び巡航用バーニアの出力を最大に上げ、デブリ地帯へと向かう。
「コイル! ベルトを締めて、しっかり掴まってて!」
後ろを見るとコイルは、マルスから貰った小包みを悲しそうにじっと見つめていた。
「コイル……」
私は黙って後ろに手を伸ばし、コイルの席についているベルト装着ボタンを押した。
四艇の無限潜航艇も私の船を追う為、デブリに突入してきた。
銀河連邦保安局の高速艇は全速では追ってこないな。漁夫の利でも狙っているのかも知れないが、甘く見てもらっては困る。
面白い。
私はラピッド・キャットと呼ばれた運び屋だ。
付いてこられるものなら、付いてこい。
私は
私を追っていた一艇がデブリにぶつかり大破した。コンピューターを過信して無茶をするからだ。追うことの素人が、追跡をかわすプロである運び屋の私に、勝てるわけがないだろ。
その時、突然コイルが叫んだ。
「そっちはダメ!
「何を言っている! 大きな子って何⁉ レーダーには小さいデブリしか……」
私は自分の目とレーダーを疑った。
目の前に現れたのはマルスの3Dディスプレイで見た、あの全長300メートルの巨大なゴミだ。
それを避けようと慌てて左に急旋回するが、右船体を引っかけて船はスピンしてしまった。姿勢制御スラスターを吹かし、船体を安定させながらもう一度巨大なゴミを見てみる。
「クソッ! レーダーに映らないゴミって一体……」
――あの船に乗れ。……アイツならきっと……お前等と……。
あの時、確かにマルスは宙を指差してそう言った。
ひょっとして、あの船ってこれのことなのか? しかし、乗ろうにもどこから乗るのか見当がつかない。それにこの船から高エネルギー反応が無く、見た感じでは船体に張り付いたデブリの除去と相当な整備が必要だろう。そして今は逃走中だ。こんなゴミに構っていられる時間はない。
私は再び巡航用エンジンを最大にしようとした。しかし、出力が上がらない。
「チッ! また故障か! さっきの接触でエンジンがイカれたか!?」
待てよ? このゴミがレーダーに映らぬほどのステルス機能を発揮させているなら、コバンザメのように貼り付いて隠れていれば、一時的にやり過ごせるかもしれない。いや、相当甘い考えかもしれないが、今はそれに賭けるしかないか。
私はエンジンの出力を切り、その巨大なゴミに張り付いた無数の残骸の陰に船体を潜り込ませた。
『誰? マルスさん? ……違うみたいだね。あなた達は誰?』
そんな少年の声が聞こえた。これは通信回線からじゃない。コックピット内に声が直接響いているような感じだ。接触通信の電波も来てないし妙な感じだ。
「お前こそ誰? 近くにいるの?」
『近くというより、くっ付いてるじゃないですか。僕の名前はルーシェです』
くっ付いている? この巨大なゴミ船に誰か乗っているのか?
「ルーシェ? まあいい。お前、マルスを知っているようだな」
『あ、はい。時々ここに来て僕とお話をしてくれました。マルスさんをご存知なんですね⁉ よかったぁ』
その時、赤いレーザー光線が巨大なゴミ船を照らした。透過捜査レーザーか。
その光は上下にゆっくりと行ったり来たりを繰り返しながらこちらに向かってきていた。これではステルスは意味がない。私達の生体反応を感知されたら、もうお終いだろう。
とにかく、何とかしてここを離れなければ。しかしエンジンの出力が上がらなければ逃げられやしない。
『あの、今日はマルスさんは来ないのですか? 今度、お客を連れてくると言われて。その話をしたかったのですけど』
「お客?」
『はい。ジェシカさんという女性の方らしいです』
「……ルーシェ。この船の中に入れてもらえるか?」
『嫌です。知らない人は絶対に入れません』
「私がそのジェシカだ。マルスの話もしたい。頼む」
『え? そうなんですか? でも、マルスさんが一緒でないと……』
「マルスはもう死んだ! 早くしろ!」
『そ、そんな! ……わ、分りました。ちょうどそこが格納庫のハッチです』
船体に張り付いているゴミの一部が外れ、ハッチが静かに開いた。
補助スラスターを使い、ポセイドン号の船体をそこへ滑り込ませた。
廊下の光に導かれ、私達はそこにたどり着いた。
こんな広い操舵室を見るのは生まれて初めてだ。そこはテニスコートほどの広さがある。全長300メートル程の船だから、当然と言えば当然か。
座席は前に三席、中央に一席、後ろの高台に一席ある。
私はこの船の住人に声を掛けた。
「ルーシェ。お前はどこにいる?」
『どこって、僕はここですよ。というより、あなた達が僕の中にいるんですよ』
私はこの船と喋っているということか?
ということは人工知能によって管理された船か。
特に珍しいものではないが、気弱そうな少年の声質としゃべり方は妙な感じだ。
――そいつは臆病での……わしは動く気の無いものを売るつもりはない。
そうか。それでマルスはあんなこと言ってたんだな。動く気が無いってことは、相当偏屈な人工知能なのか。こりゃ一筋縄ではいかないかもしれない。
私はルーシェに、これまでの経緯を話した。ルーシェは残念そうな声を漏らし、マルスについて語ってくれた。
マルスとルーシェが話すようになったのは今から二年前。
マルスがこの船に付いているスクラップの除去を諦めた頃らしい。次第に打ち解け、船の中に招き入れたのが一年前。マルスはたまにここに来ては、船内でハーモニカを吹いたり、世間話をしていたみたいだ。
『ちょうど銀河標準時間で一週間前、マルスさんが来てあなたの事を話してくれました。今度ここに来る時に連れてくるからって。僕もあなたの事情は知っています』
「それなら話が早いな。この船、動くの?」
『動きませんよ』
それなら話にならない。
追手が去った後に、この場から離脱しよう。だけど、またしてもエンジンが不調だ。悔しいけど、銀河連邦に救難信号を送って救助を待つしかない。コイルにとって、得体の知れないビーク星人に捕まるよりいいだろう。
『あ、あのぅジェシカさん? 何かに諦めた表情してますけど、どうかしましたか? ただ、僕が動くか動かないかは、あなた次第です。僕に協力してくれるというなら、目的地まで一緒に行きましょう』
そうか。マルスも言ってたけど、動かないのではなくて動く気が無いのか。
「取引か? で、協力って何?」
『僕が生かされてる意味を、一緒に見つけてくれませんか?』