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第7話 ルーシェという名の少年 <後編>

『僕が生かされてる意味を、一緒に見つけてくれませんか?』


 何を言い出すかと思えば、いきなり哲学か。

 そんなもの、人によっては一生かかっても見つけられないだろう。生きてる意味ではなく、生かされている意味。お前を生かしている奴が居るというのなら、そいつに直接聞けばいい。

 大体、船が己の生命を考えるのはおかしな話だ。コンピューターが自我を持ち、自分を人間だと勘違いしているのか? 大丈夫なのか、この船。

 適当に条件を飲んでこいつを動かせば、私達に希望が見える。だけど、こちらにとって条件が緩すぎる契約は、後々問題が発生しかねない。向こうにとって、最悪な事態も提示しておいたほうがいいだろう。


「わかった。でも私が目的を果たしたら、お前を宇宙空間に捨てるかもしれない。それまでに生かされてる意味ってやつが見つからなかったら、お前は私と行動した意味が無かったということになるぞ?」

『それでも構いません。ただ、その間だけでも一緒に探してくれたらそれでいいんです』

「ふぅん。道中、お前を利用するだけだとしても?」

『はい。でも、そんなことするような人ではないと……マルスさんから聞いてますよ』


 買い被り過ぎだな。生憎あいにく、この先そんな哲学と付き合うつもりはない。

 この船を利用させてもらうだけさ。

 その時、コイルが優しい顔で言った。


「うん。一緒に探そうよ。生かされている……意味」


 コイル、意味が解ってて言ってるのか?

 生かされてる意味、か。考えること自体、意味がないよ。


『交渉成立ですね! じゃあ行きましょうか。えーととりあえず、どこへ?』

「取り急ぎラミュー宙域を離れたい。追手から逃げられればどこへだっていい」

『追手? ああ、さっきから僕の周りをウロウロ泳いでるさん達ですね? お安い御用ですよ。じゃあ席についてください』


 物事がスムーズに運んだ時ほど警戒をしろ。

 運び屋の師匠がそんなこと言ってたな。しかし、乗り掛かった船ではなく、乗ってしまった船だ。どこまでも強引に行くしかない。

 とりあえず私は五席あるうち、操縦桿らしき物の付いた先頭のシートに座ろうとした。


『あ、今はそこに座っても意味ないです。一番後ろにあるキャプテンシートに座ってください。そこで右行け左行け、って言ってくれれば動きますから』


 随分アバウトな操縦方法だ。しかし面倒じゃなくていい。私は言われた通りその席に座った。コイルはキョロキョロと辺りを見まわした後、私の隣の床に座る。


『あー、ネコさんは中央の席に座ってください。あなたは僕の声を拾ってくれた人。サーチャーの素質があるから……』


 するとコイルは頬を膨らませて言った。


「ネコさんって呼ばないで! 私はコイル! どこに座ろうが勝手でしょ⁉」

『ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 今はまだそこでいいです!』


 何なんだ、この船のは。

 突然、操舵室の中央空中に船の立体映像が浮かび上がった。

 そこには三艇の小型艇から一斉にハーケンが射出され、この船を覆っているスクラップにそれが突き刺さる情報が映し出された。

 これはマグネットハーケンじゃない。それに、これほど巨大なものが動き出したとして、小型艇で物理的に抑えられるわけがない。乗り込むつもりか、それとも張り付いて行動を共にしようとしてるのか。ルーシェ君はこの状況をどう取る。


『ああ! 何か変な物が刺さりました! ど、どうしましょう!』


 おい。どうしましょう、じゃない。

 300メートル級の船が、小型艇のハーケンごときでビビるなよ。こいつはこれからも、こういう場面では役に立ちそうに無いな。


「とにかくここを離れたい! この船はメインエンジンを起動させるまでどれくらい掛かる⁉」

『操舵室を隔離して耐Gエーテルを充填するまで5.43……だから……えーと』

「ああ、もう! 人工知能のくせに計算が遅いよ! ……よし。銀河系の星系図を出して。準備が整うまでに行き先を決めておくから」


 私の目の前に立体的な星系図が表示された。

 この船がいる地点を中心にズームさせてみる。しかし、惑星名を示す文字がさっぱり読めない。ひょっとして、これは異星文字か? 


『ジェシカさん凄いですね! 六百年前のアルタイル語が読めるなんて!』


 いや、そんな古代文字は読めてないし。それに六百年前ってどういうこと⁉

 現在位置と方角、そして記憶を頼りに一番近いルグフォン星を見つけた。

 この距離の範囲であれば文字が読めない私でも判る。

 しかしまだ問題があるな。船体にくっ付いている膨大な数のスクラップだ。

 どう考えても、これでは安定した航行は無理だ。


「ルーシェ。スクラップを付けたままで行くつもり? どうするの、これ」

『あ、いけない! 忘れてました。大戦後に偽装したままで……今パージしますね!』


 大戦後ってなんだ? 偽装ってなんだ?

 そう思う刹那、船体が少しだけ揺れた。

 操舵室中央にある立体映像を確認すると、この船を中心に全てのスクラップが四方八方に飛び散るのが見えた。スクラップの一部が小型艇に当たったのか、近くで爆発を確認。残りはあと二梃か。

 そしてそこに映し出された、この船の正体。

 全体色はブルーとホワイトのツートンカラーで、船首は丸みを帯びたフォルムだ。中程はふっくらとしていて、後部へ行くにしたがってやや窄まるような流線形。船尾には大型メインバーニアが二基とサブバーニアが四基あり、それに挟まれるように大型の舵のようなものが一枚、やや下に向かって垂直に付いている。

 これだけならバーミリオン社製モビーディックのような、クジラ型の船をスケールアップしただけのもの。ただ、この船には大きく違う点がいくつもあった。

 船体の左右前方寄りに付いている白く大きな翼。船首には大型の砲塔が二門あり、船体側面にはミサイルとレーザーの射出口らしき物も多数確認できる。これは貨物船でも巨大コンテナ船でもない。

 宇宙戦艦だ。


 操舵室のコントロールパネルが一斉に点灯し、私の目の前に空中スクリーンがいくつも展開した。そこには《P・O・S》というロゴと重なる様に、跳ねたクジラのマークが表示されている。

 戦艦とは驚いたが、操舵はルーシェが担当すると言っていたな。

 私はただ、やるべきことを指示するだけ。

 ルーシェは艦の状況を報告した。


『ニューロン伝達機能全開放。重力発現粒子の回転を100%から50%へ。耐Gエーテル充填完了。バーニアオートキャンセラー遮断。エンジン出力は……30%くらいでいいのかなー。あんまり飛ばしてもね。あ! そうだ! このままヴォルテックス・ドライブもできますけど、ジェシカ艦長、どうしましょう?』

「何だって⁉ エントリーポイントを潜らず、単独でヴォルテックス・ドライブができるのか⁉ それを早く言え!」

『ご、ごめんなさいっ!』


 ビーク星人の小型艇はその場でこちらの様子を伺っている。銀河連邦保安局の船に至っては、こちらの正体が判ると遥か向こうまで後退していった。


「よし、ヴォルテックス・ドライブ準備。ここからならルグフォン星が近い。そこまで行けるか?」

『はい艦長!』

「艦長はやめろ。ジェシカでいいよ」

『はいジェシカ艦長!』


 やれやれ。この船がどうであれ、ルーシェはただの子供だな。


 こちらが出力を上げたことに気付いたのか、船首に円形魔法陣の様な物を展開させた。奴ら、私達を追いかけるつもりだな。それを確認してか、ルーシェは余裕な声で言った。


『へぇー。あの小魚さん達もヴォルテックス・ドライブができるんだぁ。でもの僕に、泳ぎで勝てると思ってるの? 僕は銀河一強いんだよ?』


 ザトウクジラ? なるほど、船型がこんなだから自分をクジラだと思い込んでいるのか。それにしても、数百年前に異星で作られた船が、地球のクジラを知っているのは妙だな。確かクジラは地球固有の種で、大戦後の環境変化で絶滅している。

 それより銀河一強いって、さっきとは違って大した自信家に変貌したな。

 その時、コイルが口を開いた。


「待って! マルスお爺ちゃんの星が見たいの……」

『え? あ、はいラミュー星、ですね? 今モニターに……』

「違うの! そんなのじゃなくって本物を自分の目で見たいの……」

『でもそうすると真後ろを向かなくちゃ。もうヴォルテックス・ドライブの準備もできてるし』

「見たいの! マルスお爺ちゃんにお別れをしたいの!」

『ど、どうしましょう、ジェシカ艦長』


 コイルはマルスから貰った小包を開け、その中身をそっと取り出す。

 中に入っていたものは、銀色に輝くハーモニカだった。

 コイルはぎゅっとそれを抱きしめた。

 短い滞在期間だったけど、コイルにとってマルスは本当の祖父のような存在で、マルスにとってもコイルは本当の孫の様な存在だったのかもしれない。そしてマルスは、私にコイルの母親になることを望んだ。きっと私も、娘の代わりだと思っていたに違いない。

 マルスは生涯独身だった。

 コイルが夢を叶えてくれたと言っていたが、そういう事だったのかもしれない。

 望んでも手に入らなかった幸せ。疑似的にでもそれが叶ったのだろう。

 私はルーシェに命じた。


「百八十度回頭して」

『で、でもそれだとあの小魚、いえ、あの小さな船と向き合うことになります! 何かされたら……』

「一分でいいから」

『了解です……』


 戦艦は回頭し、正面にラミュー星を捉えた。

 青く綺麗な、大戦前の地球によく似た星。


「これは悲しい時には吹くな。そう言おうとしたんでしょ? 約束するよ」

「コイル……」

「さよなら。マルスお爺ちゃん……」


 その時、操舵室内に警告音が鳴り響く。

 正面に居た無限潜航艇から電磁兵器のチャージ光が見えた。間、髪入れずにそれが発射され、戦艦に付いている大きな羽の右側に着弾した。


『だ、だから言ったでしょう⁉ この程度のリニアカノンなら痛くも痒くもないです! でも何発も当てられたら……その……戦わなきゃならなくなるでしょ⁉』


 戦艦らしからぬ発言だ。戦わなくちゃならない、か。

 上等だ。こっちはマルスを殺されて、はらわたが煮えくり返ってるんだ。

 私はルーシェに命じた。


「あいつ等を撃ち落として。出来るよな?」

『出来ませんっ!』

「なんで⁉ この船は戦艦だろ⁉ まさか弾が無いとか⁉」

『違います! 戦いたくないんですよ僕は!』

「銀河で一番強いって、自分で言ってたよな⁉」

『それは泳ぎで、です!』

「それならって言いなよ! 紛らわしい!」


 とんだ腰抜けだ。しかし冷静に考えれば、感情に任せて敵討ちをしている暇はない。様子を見ている銀河連邦保安局だって、この時間を利用して何か対策を練ってくるかもしれない。

 私は再び百八十度回頭を命じた。

 艦首をどこまでも暗く広がっている空間に向ける。大きな翼を横に広げ、それをピタリと船体に戻す様子が、操舵室の中央に浮かんでいる立体モニターに映った。


『重力発現粒子の回転を止めます。コイルさん、今度は僕の指示に従ってください。シートに座っていないと危険です。中央のサーチャーシートに座って。ヴォルテックス・ドライブまであと15、14、13……』


 コイルはハーモニカを見つめながら寂しそうにシートに座った。

 艦首に巨大な円形魔法陣が現れた。その光は青白く輝き、眩しいくらいだ。

 ポセイドン号も無限潜航時にこれと似たものが船底に現れるが、正面にゲートを作る船を見たことが無い。

 追手の小型艇のそれは応用技術だろうけど、ルーシェは数百年前の宇宙戦艦だ。

 最も謎なのは目の前に現れた《P・O・S》という文字。システムの略称だろうけど、アルファベット表記なのが気になる。この艦が地球の技術の産物だとしても、年代が合わなさ過ぎる。

 クジラを名乗る人工知能、単独でのヴォルテックス・ドライブ。

 そしてP・O・S……。

 こいつが謎多きアーティファクトであることは確かだ。

 突然目の前のスクリーンに、顎髭の捜査官の顔が映った。


「この回線か。ジェシカ・リッケンバッカー。あまり遠くへ行くなよ? 俺はコイルを必ず……」

『2! 1!』


 その画像が乱れて消えると同時に、軽いGを体に感じた。

 突然、コイルは泣き叫んだ。 


「ごめんなさい! ごめんなさい! マルスお爺ちゃん! 私……私は!」


 何を謝っているんだ。コイルが謝ることなんて、何もない。

 謝らなきゃいけないのは、お前をあの星に連れて行ったこの私だよ。

 私があの星に行かなければ、もっと上手くやっていれば……きっとマルスは。

 悲しい思いをさせて、ごめんね……コイル。

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