ラミュー星を離れてから、銀河標準時間で二週間ほど経っていた。
あの時の追手は、ヴォルテックス・ドライブでうまく巻けたようだ。
私達はルグフォン星というマイナーな惑星に立ち寄り、様々なものを補給した。食料や衣料はもちろんのこと、特に水は生命維持にかかわる為、重要だ。飲料水だけとしてではなく、緊急時に電気分解で酸素の生成にも使われる。もっとも、
幸い、300キロ級の戦艦なので貯水タンクの容量はかなりあるし、約二年間分は余裕だ。三百年前の宇宙ステーションでは、尿を蒸留して精製する水再生システムを使っていたらしいが、今もそんなものが使われていたらと思うと嫌な気分になる。
私は今、コイルを風呂に入れようと艦内で鬼ごっこ中だ。
「待てコイル! そろそろ観念しろ!」
「やーなーのー! 絶対にやだ! 入らなくっても誰も困らないじゃない!」
「困る困らないの問題じゃない! 衛生面としつけの問題だ!」
「宇宙にはバイキンいないって、ジェシカ言ってたじゃない!」
「ここは宇宙船の中でしょ⁉ 艦内除菌はルーシェがやってくれてるけどさ! だいたいお前は女の子でしょうが!」
ラミュー星に滞在していた時も、こんな感じで手を焼いていた。その時は無理やり首筋を掴んでバスルームへ連れていき、強引に洗ってやったのだが。今回はなぜか手ごわい。
この艦には立派な居住区や食堂が完備されていて、大浴場まである。これでレクリエーション施設があったらちょっとした客船だ。操舵室には五席しかシートは無いが、乗組員五人ではかなり持て余すだろう。一体何人乗りの設計なんだろうか。居住区のベッドを数える気にもならないから、今度ルーシェに聞いてみよう。
大浴場入り口までコイルを追い詰め、その首根っこを掴んで強引にそこへ閉じこめた。
「ふにゃ~……気持ちいいナーン……」
湯船に浸かるとコイルは途端に大人しくなる。入れば気持ちいいと分かっているのになぜ積極的に入ろうとしないのかは謎だ。
コイルは、体を洗っている私に声を掛けてきた。
「ねージェシカー。ジェシカって体は女の子なのに、どうして男の子みたいにしてるの?」
「みたいにしてるって……。依頼人は圧倒的に男が多いから自然にこうなったのかな。意識して男にはなってないよ」
「ふぅん……」
「それに、性別を気にするような環境じゃないしね。宇宙ではいつも独りだったし、この方が気が楽だよ」
「でも今はお仕事中じゃないでしょ? もうちょっと女の子らしくしてもいいんじゃない? せっかく顔も可愛くっておっぱいもあるのにさー」
「毎日風呂に入らないお前が言うか!? ほら、十まで数えたらさっさと上がる! 耳の後ろと尻尾の付け根は良く拭いておきなよ!? この前みたいに拭いてあげないからな! あとでブローしてあげるから、大人しく艦長室で待ってなよ!?」
コイルは十まで数えて湯船から上がると、体をブルッと震わせ、浴場から出ていった。
――今はお仕事中じゃないんでしょ?
とりあえずの最終目的地はベルリウス星だ。コイルと宇宙を往く事はやっぱり仕事なんだろうか。今の私はどういう私なんだろう。私から仕事を取ったら何が残るのだろう。
まあいい。当てもなく彷徨うより、いくらか気が楽だ。ベルリウス星でコイルを降ろしたらゆっくり考えてみればいい。湯船に浸かりながらそんなことを考えていた。
そういえば、ベルリウス星までどのくらいかかるのだろう。
私は湯船から、すぐにルーシェに聞いた。
「ルーシェ。今、聞こえてるんでしょ? ベルリウス星までここからどのくらい?」
『すごい……』
「ルーシェ? 凄いって、何が?」
『……あ。え⁉ そ、その、ふ、古い銀河星系図から新しいものにグレードアップして、やっと古代アルタイル語を翻訳し終わったところで……。ま、まだちょっと時間が、か、かかりそうでその……』
「ふーん。ところで、何でしどろもどろなんだ?」
『み、見てないですよ? 見られますけど見てないです! あ、ちょっとだけしか見てません!』
「……ちょっと、だけ? 何を?」
『ぼ、僕はザトウクジラですよ? に、人間の裸なんて喜んで見るわけないじゃないですか! だいたい管理システムが働いてるから、見たくなくても興奮するような情報も勝手に集めちゃうんですよ!』
「興奮? ……まあいいか。大浴場と艦長室は電磁JAMを設置して隔離ブロックにするからね。凄いものが見えないように」
『はい……異議なしです。ごめんなさい……』
まったく。
この後、3日間は
<理性より人間への好奇心が勝ってしまった。今は反省している>
というルーシェの謝罪が続いた。
よりによって言い訳が、人間への好奇心って……。
女らしさを意識して無いとはいえ、なんか少し傷ついてしまうな。