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第二章 私達の居場所

第1話 商業惑星リーファ

 長旅を続けるには当然金が要る。

 ルーシェが言うには、この艦は例の《ワード鉱石》を媒体にエネルギーを作り出すらしく、約2千年は無補給で飛び続けられるそうだ。それはそれで助かる。しかし、人間の体にはゼロからエネルギーを作り出す便利な機関なんて無いのだから、食費くらいは稼がなくてはならない。

 私の架空口座に蓄えはあるが、それもいつ底をつくのか判らない。口座だって履歴から足が付き、銀河連邦保安局によって凍結されたらその時点でお終いだ。今後はで取引をしたいところだけど、難しいだろうな。


 私達は有人惑星に寄るついでに依頼を引き受け、その収入でやりくりしている。今その仕事中、というより地元の警官に追われている最中だ。

 ポセイドン号でモーグという惑星まで行き、荷物を受け取ったら待機しているルーシェの艦まで戻り、悠々と宙域を離れる予定だった。しかし、戻る途中で警官に見つかり御覧の有様だ。小型パトロール艇が二艇、大気圏外までしつこく追ってきていた。


『ジェシカー! 早く! 早くぅー! 置いてくよー!』

『ジェシカ艦長! 何やってるんですか! 予定時刻を十五分三十二秒過ぎてます!』


 クソッ。ふたりとも好き勝手言って!

 そんなこと言われたって、最近のパトロール艇は出力がかなり向上していて速い。このままでは追いつかれてしまうだろう。しょうがない、ルーシェに働いてもらうか。


「ルーシェ! レーザーを撃て!」

『撃ちません!』


 即答だな。戦いたくないという彼の気持ちは解らないでもないけど、このままじゃ私が捕まってしまう。


「殺せとは言ってない! 威嚇射撃! 私とパトロール艇の間を狙って撃って!」

『は、はい! それなら……』


 ルーシェの艦にチャージ光が見え、その一秒後に青白い直線的な光がこちらに向かってきた。光はパトロール艇をかすめて消え、それを受けた船体はバチバチとショートしながら後退していく。そして私のモニターに警官の顔が映り、コックピットに怒号が響いた。


『貴様ぁ! 公務執行妨害だぞ! 罪を重ねるな! その場で止まれ!』


 ルーシェは蚊の鳴くような声で私に言った。


『あ、当てちゃった……。よく見ないで撃ったからかな。ごめんなさい……』


 よく見て撃ってくれ。下手したら私に直撃だったぞ。

 しかし威嚇射撃が効いたのか、パトロール艇もそれ以上は追って来なかった。

 警官が追ってきた理由は、私の不法入国とID偽造法違反。大した罪ではないが、パトロール艇を壊したのはまずかったな。まあ元はと言えば私がヘマしたせいで追われる身となったのだから、ルーシェを責められないだろう。

 ポセイドン号を回収させ、念の為に艦はヴォルテックス・ドライブで宙域を離れた。

 私はキャプテンシートに座り、誰に言うともなく悪態をついた。


「もうポセイドン号では何かあった時に危険だな。かと言って毎回この大型艦を惑星へ降ろすわけにもいかない。どうすれば……」

『それなら、あの船を改造して速くすればいじゃないですか』

「え!? できるのか!?」

『はい。この中の工作室で。30メートル級の小型船ならフレームとエンジン、パーツが揃えば組み立ても可能です。何パターンか同型船の設計図もありますし、一から新しい船を作ることもできますよ。お望みなら戦闘機も……僕は作りたくないですけど』

「ポセイドン号を直してくれたから工作室は知っていたけど。そんなことまでできるなんて……」

『パーツもギャラクシーネットの通販で購入できるようですし。あ、さっきのモーグ星にポセイドン号の強化パーツが売り出されてましたよ。買っちゃいますか?』

「今は、いいかな……」


 パーツを揃えるにしても費用と時間がかかる。それまで不法入国とID偽造のスキルを磨いた方が良さそうだ。

 その時、コイルがバレエダンサーよろしく、クルクルと回りながら操舵室に入ってきた。


「次の星、楽しみー! どんなとこかな~! お魚いるかな~!」


 そう言うと今度は尻尾をピンと伸ばし、例のハーモニカを吹いて上機嫌だ。

 まったく。仕事だぞ、仕事!



 モーグ星で受け取った荷物の届け先は、リーファという商業惑星だ。

 銀河でも五本の指に入るこの大型商業惑星は、当たり前だけど他の星より物流が盛んだ。その為、貨物船専用の大型ドックまで完備されている。停泊料さえきちんと払えば、私らの様な未認可の運び屋も丁重に扱ってくれる。有難い事に、簡単なIDチェックとメディカルチェックのみで入国することができ、審査も簡単だ。搬入出の滞在期限は三日で、それを過ぎると法外な停泊延滞料をむしり取られる。とまあ、惑星ガイドに書いてあった通りかどうか。私もこの惑星に降り立つのは初めてだ。


 艦を陸上ドックに停泊させ、小包を抱えながらコイルと共にその地に降りると、すぐに商売っ気満々な少年に声を掛けられた。私と同い年くらいのその少年は、キャスケット帽にオーバーオール姿で、所々ペンキで汚れている。こいつ、塗装業者だな。


「商業惑星に戦艦で来るとは珍しいな。見た所、兵員も居ないし部隊章はどこにも無い……払い下げの個人船ってところか。どうだい? デザイン料込み、2万レジでカッコいいマークを入れてあげるよ!? あの辺にマークを入れて、船の名前をバシーっと入れてさ!」

「要らない」


 私はそっけなく答えた。

 すると少年は私の前に立ちはだかり、食い下がる。


「そんなこと言わないでさぁ。じゃあ、1万5千レジでいいや。今なら停泊権一週間分は俺が持つよ!」

「仕事が済めばすぐに出発する。三日間の停泊でも十分過ぎるな。邪魔だから退け」

「そりゃ勿体ないぜ? 君みたいな可愛い女の子が乗ってる戦艦なのにさ~」


 何言ってるのこの少年は!?


「か、可愛い女の子だと? わ、私は別に……そ、その……あの」

「あのさぁ。何の為に男ぶってるのか知らないけどさ。綺麗な顔立ちとスタイルを見りゃ、普通の男なら誰だって君を女として扱う。せっかく可愛いのに、無理してんのな……」

「な、なんだと!? し、失礼にも程があるぞ!」

「あー俺って商売人のくせに、いっつも一言多いんだよな。まあ気が変わったら声掛けてくれよ! 可愛い艦長さん!」


 少年はそう言うと走り去っていき、コイルは私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。


「顔赤くなってる~! あの人ジェシカのこと、可愛い艦長さんだって! よかったね!」

「う、うるさいっ! 何がいいもんか!」


 あんなの商売上のお世辞に決まってる! 何なんだあの少年は!



 入国審査を終えた私達は、レンタカーで届け先へと向かう。

 車中のコイルはさっきから膨れ顔だ。


「むー……っ!」

「なんだよ、なに怒ってるの?」

「入国審査! なんで私がジェシカのペット扱いになってるの!? アニマノイドだって人間なんだよ!?」

「船の中で待機してろって言ったのに、私に付いていくって言ったのはあんたでしょうが。ID持ってないくせに」

「もーっ!」  


 今度首につける鈴でも買ってやろうかな。

 意外と可愛いくて本人が気に入ったら……それはただのプレゼントになるな。

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