「届け先はリーファ八番スペースコロニー特別区。
王室関連か。また厄介な依頼だな。
カークは続けた。
「そこに居る姫君に木の玩具をひとつ届けてほしい。直接手渡しが条件だ。届け物を用意するには一週間ほど時間が掛かる。もちろん、その間の滞在費は全て俺が持とう」
「木の玩具ひとつなら正規ルートでも通るだろう。どういう理由?」
「この
「初対面なのに随分と強引に誘うじゃないか。その
「200万レジ。半額は交渉成立後に即日、お前の口座に振り込む」
そら来た。ヤバい臭いがプンプンする。
ここは上手く
「王室専用コロニーか。そこへ辿り着くまでの相手の手札は、どうせキングかクイーンだろ? 200万レジの為にハッタリで命を落としたくない。無理だと踏んだら……ドロップは出来るのか?」
「出来るさ。リングの内部まで行ってくれるなら、半額の報酬はタダ取りでいい」
カード勝負のように途中でドロップして、賭け金没収で済む話じゃないだろう。賭けるのは私の命だ。それを落としたら半額だろうが受け取りようがない。この男、相当依頼慣れしてるな?
依頼人が運び屋に報酬の半額を振り込むのには、大概は三つの理由がある。
ひとつ。運び屋が逃げられない状態を作る為だ。その金を持ち逃げしてもいいだろう。しかし、依頼人は残りの半額を使ってでも運び屋を追い、下手をすれば運び屋を消す。タダ取りなんてとんでもない話だ。
ふたつ。依頼内容の口止め料を含んでいる。今回の場合は王室関連で、口外されるとマズイ依頼だろう。そしてその依頼を遂行したとしても、こちらが生きてる限りずっと監視されるというオマケ付きだ。
みっつ。死亡保険の前払いだ。これは言わずもがな、だな。お互い死の危険を納得した上で契約しましょうってことだ。
金に困ったとしても、半額前金の依頼には絶対に手を出すな。
これは運び屋の師匠の言葉だ。
これらの理由を踏まえてコイルの件を考えると、相当重要な案件だったに違いない。
なにせ、あんなものが前金だったのだから。
あの件は、I.T.Aには依頼人の事前キャンセルという報告をし、
そして今回の件だ。
そもそも、玩具ひとつ運ぶだけで個人経営らしき建築屋が、200万レジもの大金を用意するのもおかしな話だ。200万レジと言ったら、要人の惑星外逃亡の相場だ。どこかの惑星でのんびり暮らすなら、一年ぐらいは余裕で持つ報酬だろう。
こいつは交渉慣れしてるし、マフィアのような大物のバックがいる可能性もある。私はこの依頼を受けるつもりは無いが、問題は断った後この男がどう出るかだ。私は悟られないように、腰のアーマープレッシャーのグリップを握って言った。
「悪いけど、この件は……」
その時、どこかで聞いたことのあるような少年の声が外から響いた。
「兄貴ー! 俺宛ての荷物届いてねえか⁉ 高速便で今日着くはずなんだけど! あ、そう言えばさ、さっき貨物ドックですげえ可愛い女の子を見つけたぜ⁉ 男みてえな格好して、デカい戦艦に乗っててさ。訳ありって感じだったけど……ってお客さんか?」
何を言ってるんだこの少年は⁉ こいつがあの荷物の受取人、ライルか⁉
ライルは私の座っている前まで来て、被っている自分のキャスケット帽のつばを上げ、そして私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。
「おお! 兄貴、この子この子! って、お前ここで何してんの?」
「な、な、何って……何ってその……あの……に、荷物をその……」
「ひょっとしてペイントを頼みに来たのか⁉ あれ? おかしいな。ここの住所教えてないはずだけど。まあいいか! とりあえず俺の作品を見せてやるからさ、来いよ!」
「作品? ちょ、ちょっと!」
腕を強引に引っ張られ、事務所裏にある格納庫に連れてこられた。
建築屋の裏にこんなものがあったとは驚きだ。
ライルは格納庫の扉を開け、中に入るように私を促した。
そこにあったのは小型無限潜航船。私が所有しているポセイドン号と同型船だった。
ライルは自慢げに言った。
「一から俺が作ったんだぜ? フレームからエンジン、電装系、スラスター。噂に聞くラピッド・キャットが乗ってる船と同タイプだ。それより、このマークを見てくれ。手塗りの部分もあるけど、タキオン圧着塗装っていう新技術を使ってるんだ。お前のでかい戦艦も、それで塗装すりゃ広範囲を短時間で綺麗に塗れるよ」
ラピッド・キャットと同タイプ、か。
大した事をしてきたつもりはないけど、私のコードネームはこんな少年にまで知れ渡っているのか。もはや、コードネームの意味はないな。
そしてライルはラピッド・キャット……私のことをどこまで知っているのだろう。
「こんな宇宙船を作って……どうするの?」
「俺はまだこの星の宙域すら出たことが無いんだ。惑星間を飛び回れる時代にさ。おかしいだろ?」
「べ、別に! 別におかしくないよ! うん! おかしくない!」
「いつかこの船で、色々な惑星へ行ってみたいんだ。ラピッド・キャットって知ってるか? 俺も噂しか知らないけどさ、十七才でインターステラ・トランスポーターをやってるんだと。俺と同い年なのに、大した男だよなぁ」
「……ふーん。大した男、よね」
ライルの目、綺麗だな。じっと見ていると胸の奥がくすぐったくなってくる。
これが十七才の、同い年の、普通の……男の子なのかな……。
私とコイルはマクドガル三兄妹に別れを告げ、その場を去った。
依頼された件は考えさせてくれと伝えた。もちろん、ペイントの依頼をする方もだ。
しかし私は依頼を受けることも、依頼することもしない。
この惑星には仕事で立ち寄っただけなんだから。
コイルは車の中で私の顔を覗き込みながら言った。
「ねージェシカ。せっかく夕食一緒にどうですかって誘ってくれたのにさー。何であわてて帰っちゃうの?」
「あのね、そこまで甘えられないでしょ? 相手はただのお客さん。私もお腹は空いてたけど、図々しくて恥ずかしいじゃない。あ、それじゃ街で何か食べていこうよ。ふふっ、ペット可の所でね~」
「もーっ! ……あれ? ジェシカ、なんかいつもと話し方が違うね。女の子らしいというか……」
「え? 別に何も変わってないと思うけど?」
確かに、さっきから自分が自分でないような、まるで無重力空間に体を置いたような浮遊感を覚える。でもそれを強く意識すると、今度は胸がギュッと苦しくなる。
仕事が終わったら長居は無用だ。
街で食事を取ったらすぐにこの惑星を離れ、またベルリウス星を目指す。
ただそれだけだ。ただ、それだけ、だよね……。