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第3話 建築屋カークからの依頼

「届け先はリーファ八番スペースコロニー特別区。《リング》って呼ばれている王室専用のコロニーさ」


 王室関連か。また厄介な依頼だな。

 カークは続けた。


「そこに居る姫君に木の玩具をひとつ届けてほしい。直接手渡しが条件だ。届け物を用意するには一週間ほど時間が掛かる。もちろん、その間の滞在費は全て俺が持とう」

「木の玩具ひとつなら正規ルートでも通るだろう。どういう理由?」

「このを受けるか受けないか。まずそれを先に聞きたい。詳細はその後だ」

「初対面なのに随分と強引に誘うじゃないか。その勝負ゲームの報酬は?」

「200万レジ。半額は交渉成立後に即日、お前の口座に振り込む」


 そら来た。ヤバい臭いがプンプンする。

 ここは上手くかわして逃げよう。


「王室専用コロニーか。そこへ辿り着くまでの相手の手札は、どうせキングかクイーンだろ? 200万レジの為にハッタリで命を落としたくない。無理だと踏んだら……ドロップは出来るのか?」

「出来るさ。リングの内部まで行ってくれるなら、半額の報酬はタダ取りでいい」


 カード勝負のように途中でドロップして、賭け金没収で済む話じゃないだろう。賭けるのは私の命だ。それを落としたら半額だろうが受け取りようがない。この男、相当依頼慣れしてるな?

 依頼人が運び屋に報酬の半額を振り込むのには、大概は三つの理由がある。

 ひとつ。運び屋が逃げられない状態を作る為だ。その金を持ち逃げしてもいいだろう。しかし、依頼人は残りの半額を使ってでも運び屋を追い、下手をすれば運び屋を消す。タダ取りなんてとんでもない話だ。

 ふたつ。依頼内容の口止め料を含んでいる。今回の場合は王室関連で、口外されるとマズイ依頼だろう。そしてその依頼を遂行したとしても、こちらが生きてる限りずっと監視されるというオマケ付きだ。

 みっつ。死亡保険の前払いだ。これは言わずもがな、だな。お互い死の危険を納得した上で契約しましょうってことだ。

 金に困ったとしても、半額前金の依頼には絶対に手を出すな。

 これは運び屋の師匠の言葉だ。


 これらの理由を踏まえてコイルの件を考えると、相当重要な案件だったに違いない。

 なにせ、あんなものが前金だったのだから。

 あの件は、I.T.Aには依頼人の事前キャンセルという報告をし、。その後は何の音沙汰も無いから、あのシスターは依頼内容と報酬をI.T.Aへ正確に伝えてなかったのかもしれない。どこまでもきな臭い案件だな。


 そして今回の件だ。

 そもそも、玩具ひとつ運ぶだけで個人経営らしき建築屋が、200万レジもの大金を用意するのもおかしな話だ。200万レジと言ったら、要人の惑星外逃亡の相場だ。どこかの惑星でのんびり暮らすなら、一年ぐらいは余裕で持つ報酬だろう。

 こいつは交渉慣れしてるし、マフィアのような大物のバックがいる可能性もある。私はこの依頼を受けるつもりは無いが、問題は断った後この男がどう出るかだ。私は悟られないように、腰のアーマープレッシャーのグリップを握って言った。


「悪いけど、この件は……」


 その時、どこかで聞いたことのあるような少年の声が外から響いた。


「兄貴ー! 俺宛ての荷物届いてねえか⁉ 高速便で今日着くはずなんだけど! あ、そう言えばさ、さっき貨物ドックですげえ可愛い女の子を見つけたぜ⁉ 男みてえな格好して、デカい戦艦に乗っててさ。訳ありって感じだったけど……ってお客さんか?」


 何を言ってるんだこの少年は⁉ こいつがあの荷物の受取人、ライルか⁉

 ライルは私の座っている前まで来て、被っている自分のキャスケット帽のつばを上げ、そして私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。


「おお! 兄貴、この子この子! って、お前ここで何してんの?」 

「な、な、何って……何ってその……あの……に、荷物をその……」

「ひょっとしてペイントを頼みに来たのか⁉ あれ? おかしいな。ここの住所教えてないはずだけど。まあいいか! とりあえず俺の作品を見せてやるからさ、来いよ!」

「作品? ちょ、ちょっと!」


 腕を強引に引っ張られ、事務所裏にある格納庫に連れてこられた。

 建築屋の裏にこんなものがあったとは驚きだ。

 ライルは格納庫の扉を開け、中に入るように私を促した。

 そこにあったのは小型無限潜航船。私が所有しているポセイドン号と同型船だった。

 ライルは自慢げに言った。


「一から俺が作ったんだぜ? フレームからエンジン、電装系、スラスター。噂に聞くラピッド・キャットが乗ってる船と同タイプだ。それより、このマークを見てくれ。手塗りの部分もあるけど、タキオン圧着塗装っていう新技術を使ってるんだ。お前のでかい戦艦も、それで塗装すりゃ広範囲を短時間で綺麗に塗れるよ」


 ラピッド・キャットと同タイプ、か。

 大した事をしてきたつもりはないけど、私のコードネームはこんな少年にまで知れ渡っているのか。もはや、コードネームの意味はないな。

 そしてライルはラピッド・キャット……私のことをどこまで知っているのだろう。


「こんな宇宙船を作って……どうするの?」

「俺はまだこの星の宙域すら出たことが無いんだ。惑星間を飛び回れる時代にさ。おかしいだろ?」

「べ、別に! 別におかしくないよ! うん! おかしくない!」

「いつかこの船で、色々な惑星へ行ってみたいんだ。ラピッド・キャットって知ってるか? 俺も噂しか知らないけどさ、十七才でインターステラ・トランスポーターをやってるんだと。俺と同い年なのに、大した男だよなぁ」

「……ふーん。大した男、よね」


 ライルの目、綺麗だな。じっと見ていると胸の奥がくすぐったくなってくる。

 これが十七才の、同い年の、普通の……男の子なのかな……。


 私とコイルはマクドガル三兄妹に別れを告げ、その場を去った。

 依頼された件は考えさせてくれと伝えた。もちろん、ペイントの依頼をする方もだ。

 しかし私は依頼を受けることも、依頼することもしない。

 この惑星には仕事で立ち寄っただけなんだから。

 コイルは車の中で私の顔を覗き込みながら言った。


「ねージェシカ。せっかく夕食一緒にどうですかって誘ってくれたのにさー。何であわてて帰っちゃうの?」

「あのね、そこまで甘えられないでしょ? 相手はただのお客さん。私もお腹は空いてたけど、図々しくて恥ずかしいじゃない。あ、それじゃ街で何か食べていこうよ。ふふっ、ペット可の所でね~」

「もーっ! ……あれ? ジェシカ、なんかいつもと話し方が違うね。女の子らしいというか……」

「え? 別に何も変わってないと思うけど?」


 確かに、さっきから自分が自分でないような、まるで無重力空間に体を置いたような浮遊感を覚える。でもそれを強く意識すると、今度は胸がギュッと苦しくなる。

 仕事が終わったら長居は無用だ。

 街で食事を取ったらすぐにこの惑星を離れ、またベルリウス星を目指す。

 ただそれだけだ。ただ、それだけ、だよね……。

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