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第5話 生きている理由、生かされている意味

「あ、ジェシカ! 気がついたんだね! よかった~」

『ジェシカ艦長。しばらく安静にしていてください。あの……と、とにかく安静に』


 ルーシェの声が聴こえるということは、艦に戻ってきたのか。周りには医療機器らしきものもあるし、ここは医務室だな。

 倒れた後のことは、当然何も覚えていない。コイルに経緯を聞くと、倒れた私をカークとライルがここまで運んでくれたらしい。コイル独りであの状況じゃ、他に頼る人間はいなかっただろうしな。しかし、変な借りを作ってしまった。

 私はすぐにあのテンガロンハット男のことを思い出し、慌てて上半身を起こして傍にいるコイルの両肩を掴んだ。


「私が倒れた時、近くにメディアが落ちてなかったか⁉」

「び、びっくりするじゃない! 店員さんが何か拾って渡してくれたよ。そこの机に置いてあるけど」


 確かに、あのメディアだ。私は胸を撫で下ろし、再びベッドに体を預けた。

 あの写真の中の少女が本当に私なら……。もし違うとしても、いらない噂を立てられるのも厄介だし、依頼は受けなくてはならないだろう。あのテンガロンハット野郎め、余計な仕事を押し付けやがって。

 ルーシェは優しい口調でコイルに言った。


『ジェシカ艦長はもう大丈夫ですから。コイルさんは艦長室でお休みになられた方がいいですよ』

「でも……」

『心配なのはわかりますけど、後のことは僕に任せて……さあ』


 コイルが心配そうに医務室から出ていくのを確認すると、私はすぐにルーシェに命じた。


「この医務室を電磁障壁でブロックして。あと、机にある端末をスタンドアローン状態に。絶対に覗くなよ」

『……あ、あの』

「安心しろ。何も危険なことをするわけじゃない。十分程度で解除してくれて構わない」


 急いであのメディアの中にある依頼を確認しなくては。すぐに対応しないと、ヤバい仕事なら私が命を狙われることになる。


『あはっ。そんなに僕が信用できないですか? 心配しなくても、そのメディアは覗きませんよ。それより……少しお話ししたいことがあるのですが』

「なるほど、それでコイルを急いで追い出したのか。で、話って?」


 ルーシェは何度も口ごもり、そして思い切ったように話を始めた。


『ジェシカ艦長が服用している錠剤の成分を調べさせてもらいました。あれは《ジャンパーズ・ハイ》ですよね? ジェシカ艦長はその薬を過剰摂取したことによって、中毒症状で倒れたんです』

「知ってるよ、そんなこと。私の使っているものはジャンパーズ・ハイって名前じゃないけどな」

『僕が生まれた六百年前にも同じ成分のものがあって、兵士の一部はそれを使用してました。一時的に記憶を吹き飛ばすジャンパーズ・ハイ。でも何度も服用するものではありませんし、意味がありません』

「……何が言いたい? 説教なら聞かないぞ。私はこれからもあの薬を……」

『いえ、そんな恐れ多いこと。ただ僕の昔話を聞いてほしいだけです』


 ルーシェはそっと語った。


 今から六百年前。地球歴では千七百年代の十八世紀だ。

 地球から十六光年先のアルタイル星系において、異星人達の宇宙戦争が勃発したらしい。

 戦闘は激化し、それを治める為に投入されたのが、動物の脳と人間の脳を融合させて兵器に搭載するP・O・S(ファントム・オーバーテイク・システム)。この艦もそのシステムで動いているという。


『僕達、P・O・S戦略機動戦艦部隊は必死に敵を倒しました。何千、何万……。あはっ、司令部のコアに近づいたら、体当たりして死ねって言われていて。僕もそれまでは、と思ってふたつの命を守る為に戦いました』

「ふたつの命? 戦場にいた仲間の兵士や、この艦の乗組員だっていたんじゃないか?」

『戦場にはP・O・S搭載艦の仲間。そして、ここには僕ともう一人以外、誰もいませんでした。元々は有人艦として建造されたみたいですけど、P・O・Sが搭載されると人間達はどこかへ行ってしまいました』


 実質、無人特攻艦か。だから艦内の使用感が全く無かったわけか。


『僕は人間を標的とすら認識しなくって、それはもう埃を吹き飛ばすような感じでした。船外へ逃げた人も、動けなくなって命乞いをしていた人も、非戦闘信号を出して脱出船に乗っていた子供達も、みんな……。元々クジラだった僕はまだよかったです。相手が人間だから命を奪う実感は無かったですし。でも、彼女は違いました』

「彼女?」

『僕以外のもう一つの命。P・O・Sに利用された人間です。彼女は僕に、泣き叫びながら必要以上ジャンパーズ・ハイの投与を要求しました。余程辛かったんでしょう。投与を続けたその結果、彼女は僕に脳機能を託し、システムに飲み込まれて今では影も形もありません。こうしてジェシカ艦長と喋れるのも、彼女の脳のおかげなのです。その数か月後に戦争は終結しました。僕が守った彼女の命って、何だったのでしょうね』


 その彼女は自ら生命の維持を絶ったのか。


『ねえジェシカ艦長。その薬は麻薬ではないので、用法を守れば禁断症状や離脱症状の無い安全なものです。でも、一時的に記憶を封じるだけの意味の無いもの。記憶は消えません。だからただ繰り返すだけ。それでは生きている理由、生かされている意味は何も解らないと思います』

「生きている理由? 生かされている意味? またそれか」

『僕だって生命維持装置を切れば死んでしまいます。なのに六百年間ずっと生きていた。作戦中は死ねって言われていたのに……。ジェシカ艦長だって、そんなものを飲むほど辛い何かがあるなら、死ぬという選択肢もある。死のうと思えば彼女の様に死ねたはず。なのに生きている。僕らが生きている理由、生かされている意味がきっとどこかにあるかもしれません。それが解ればきっと、あなたの苦しみも無くなるはずです』


 あの白昼夢が本当に私の行ったことなら、その理由や意味を理解したところで何になる? それを盾にした、都合の良い言い訳しか生まれないはずだ。私が世界大戦の引き金を引いたというなら、何をどれくらい償えばいいんだ。私の命を差し出したところで、大した贖罪にはならないだろう。それならば、死ぬことすら自己満足だ。 


『それとジェシカ艦長。あなたは二回、記憶を消されていますね。それも二回目は不完全で、大脳皮質に施された記憶消去術が不十分です。どうしてこんな杜撰な術式を……』


 知るか。それは私が望んだものじゃない。

 待て、二回だと? どのタイミングで二回目を受けたんだ? 私の記憶は十才からの確かなものだ。ということは、十才以前にもう一度記憶を消されているのか。いや、不完全というなら十才以降の可能性もある。とにかく、誰かが私の記憶を勝手に弄りやがったことには変わりはない。


『あの成分に替わる新薬を医療機関からダウンロードして投与しておきました。これでしばらくの間、酷いフラッシュバックは起こらないはずです。体内の有効期限が切れる前に、また投与しましょう』

「そうか。だから前よりも気が楽なんだな……ありがとう」


 その時、医務室のドアが静かに開いてコイルが顔を覗かせた。


「やっぱりジェシカと一緒に寝たいんだけど……ダメ?」


 コイルはそう言うと寝ている私に、無邪気に抱き付いてきた。

 私は自分の体をベッドの端にやり、コイルに言った。


「勝手にしろ」


 洗いたてのシャンプーの香りが鼻をくすぐる。あれからコイルは渋々だったがちゃんと言いつけを守り、毎日私と一緒に風呂に入っている。


『ふふっ。絶対にその理由や意味はありますよ。艦長……いや、ジェシカさん。おやすみなさい』 


 私の生きている理由、生かされている意味、か。



 コイルの寝顔を確認し、私はベッドから起き上がって机上の端末にメディアを入れて依頼内容を確認した。意外にもI.T.Aのコードナンバーが付いた仕事だ。それならなぜ、あんな脅しを……。

 荷物は一週間後、惑星リーファ宙域の宇宙空間でスーツケース一つをピックアップ。

 元の報酬は2万レジ。引き継ぎの掟によってその倍額の4万レジで、かなりの低報酬だ。脅しをかけるような仕事なら、そもそも報酬なんて払わないだろう。何かヤバいラインで繋がってるか、あるいはI.T.A経由で偽装した輸送、囮か……?

 問題は届け先だ。マフィアや宇宙海賊のアジトじゃなきゃいいけど。

 私はその届け先を確認し、愕然とした。


 リーファ八番スペースコロニー特別区リング、貨物ドック。

 受取人、ロイ・ミュラー。


 クソッ! 

 どいつもこいつもリングか⁉ 結局、私はここへ行かなければならないのか!

 とにかく、このリングってコロニーの素性を調べてみる必要がありそうだ。

 木の玩具を運んでやるかわりに、カーク・マクドガルから詳しい情報を聞き出そう。

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