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第6話 捜査の手


 二日後。体調の戻った私は、コイルを連れて再びマクドガル・カーペンターズへと向かった。車中でのコイルは、にこやかに何度も私の顔を覗き込む。


「あれぇ? お仕事が終わったらすぐに出発とか言ってたのにさー。またあのお髭のおじさんとか来るかもしれないのにさー。どうしてまたマクドガルさんのとこ行くのかなー? ねえ、なんでかナー?」

「ふ、船のペイントを頼もうと思ってさ」

「へぇ~! ライルさんにペイント頼むんだぁ。ライルさんにー。ね?」

「特別な意味はないよ。それに今頼むと停泊権一週間分付いてるしさ」

「え! 一週間もここに居るの⁉ 私はすぐこの星にさよならしてもいいんだけどナー? ジェシカがそんなに居たいって言うならしょうがないよね! ね?」

「うるさいなぁ! もう!」


 まったく。変に勘繰り過ぎだ!


 マクドガル・カーペンターズに到着すると、少女マクドガル、メルが出迎えてくれた。

 コイルは尻尾をピンっと立てながら、メルと手をつないですぐにどこかへ行ってしまった。子供の世界には言葉なんて要らない、という感じだな。だけど私は今、信憑性のある言葉が欲しい。

 裏で作業をしているカークの元へ行き、話しかけた。


「この間は面倒をかけたな」


 カークは作業中の手をいったん止め、私を一瞥すると言葉を返してきた。


「礼には及ばねえよ。配送料金を取りたいところだが、運送屋を運ぶなんて滅多にねえ経験をしたからな。タダにしておいてやるよ」


 皮肉たっぷりだな。私はカークの元に歩み寄った。


「せいが出るね。その材木が家になったりするの?」

「まあな。ライルなら客を探しに貨物ドックへ行ったぜ? 愛しのライル君に会いたければそこへ行きな」


 ライルは関係ない。どいつもこいつも!

 カークは私のことなど構わず、木材を加工する為に機材の準備をしていた。

 その背中に声をかける。


「あんたの依頼、受けることにしたよ。ただその前に、いくつか聞きたいことがある」

「……何だ?」

「まずひとつ目。あんたのバックには誰が付いてる?」

「そんなのいるわけねえだろ」


 私は腰のブラスターガンを抜き、更に近くに寄って銃口をカークの頭に突きつけた。

 カークはそれに怯むことなく、作業を続けた。

 木を削る機械の音が辺りに響き、木屑が舞う。

 ここまでしても余裕な態度か。それならば、私は更に強気に出ようか。


「依頼を受けると言った以上、こっちも命懸けだからね。それに、バックがいないと言うなら安心だ。お前の頭を撃ち抜いてこの話を終わりにすることもできる。それじゃ、ふたつ目の質問に変えよう。お前は何者だ?」

「見てのとおり、大工だよ」

「ふざけるな!」


 カークは作業を止め、体に付いた木屑を掃いながら溜息を吐いた。


「わかったよ。じゃあこれだけは教えてやる。運ぶ木の玩具ってのは、ある人から姫君へ向けたメッセージだ。お前が思ってる様なヤバイものじゃない。ただお察しの通り、道中危険であることには違いない。それでも依頼を受けるんだよな?」


 カークは振り向き、私から銃をゆっくりと奪い取る。それを品定めするように眺めてから返してきた。私はその間、奴の眼光に気圧されて何もできなかった。


「その銃はアーマープレッシャーⅡだな。お前みたいな年頃の女の子が持つ代物じゃねえ。しかも、今までそれで何人も殺してきた目をしてる。逆に俺の方が、お前は何者だと聞きたいね」

「…………」

「それがお前の生き方かもしれんが、何でもかんでも警戒するのは悪い癖だと思うぜ? コイルちゃんより、お前の方が猫そっくりだ」


 初対面で私を運び屋と見抜いた目といい、危機に直面しても落ち着いた態度を崩さなかった物腰。こいつ、やはりただの大工じゃない。正体が判れば届け先の危険度も推測できると思ったが、自分の素性を素直に語るような男じゃないようだ。

 私は銃をホルスターに収め、話を先に進めることにした。


「200万もの高額な報酬は、運び屋なら誰だって警戒する。とにかく依頼は受けたんだ。詳細とやらを聞かせてよ」

「いいだろう。だが、この件はライルには伏せてもらいたい。馬鹿正直なあいつに、変な気を回してほしくないからな。今日はここで食事をしていくといい。詳細と配達方法はその時に教えてやる」


            *        *        *         


 その日はコイルと一緒に、マクドガル三兄妹と夕食を共にした。

 野菜がたっぷりのホワイトシチューと自家製のパン。それにローストビーフ。200万レジもの報酬を出せる大工のくせに、えらく質素な食事だな。まあここで豪勢な食事を出されても、それはそれで困る。私にもこれくらいでちょうどいい。

 カークはそれとなく話を切り出した。


「ああ、そういえば八番スペースコロニーって知ってるよな? ライル」


 ライルはパンを頬張りながらそれに答えた。


「ああ、リングだろ? 兄貴が木造建築を頼まれて何度か一緒に行ったよな。それがどうしたんだ?」

「今度そこで、このお嬢さんが侍女の試験を受けるんだとよ」


 え? 私が⁉ そんなことは考えたこともないぞ⁉

 コイルは目を丸くした後、カークを睨みつけている。しかしカークがウインクひとつすると、また隣のメルと楽しくお喋りを始めた。

 カークはその様子を優しく見た後、私に真剣な目を向けた。

 なるほど、詳細と配送方法の説明が始まったか。

 ライルは笑いながら私に言った。


「でもさ、侍女なんてジェシカに務まるのか? あそこは第三王女フレイア様がいるコロニーだぜ?」

「フレイア?」

「惑星リーファを治める王家の血筋さ。しかも若くて美人で、俺みたいな者でも声を掛けてくれたりする優しい方さ。で、リングは王族専用のトーラス型コロニーで、フレイア様の周りに仕えているのはみんな女性だよ。秘密の花園って感じの場所さ。な、兄貴」

「まあそうだな。しかし最近じゃ、物資の運搬も特定業者しか入れないみたいだし警戒も厳重になってる。俺が建てた施設のメンテナンスも断られた。フレイア本人は式典にも顔を出さないし、何かがあるのかもしれないな」


 警戒が厳重になったのはつい最近の事なのか。特別なこと、というのは内部で何が行われているかは、現時点では誰にも判っていないということか。事件性のある場所に玩具をお届けか。覚悟はしていたけど、これは一筋縄ではいかないな。テンガロンハット野郎の依頼の方は届け先がコロニーの貨物ドック。こちらの方が難易度は低いし、順番的には先だな。

 カークは話を続けた。


「部外者が入れるのは来週の侍女試験くらいなものだ。まあ受からなくても、見学がてらそこへ行くのも良い勉強になるだろう」


 侵入はその日がベストタイミングってことか。もし私が男の運び屋だったら、カークはこの仕事を頼まなかっただろうな。私のような運び屋と出会い、偶然舞い込んできたチャンスを逃さない。大した男だよ。

 私は答えた。


「フレイア様にお近づきになれるよう、せいぜい頑張るさ」 


           *        *        *         


 次の日。

 私とコイルは街の洋服店で服を選んでいた。

 もちろんお洒落をする為ではなく、数日後に開催される侍女試験に参加する為の服だ。店員とコイルは次々と服を勧めてくるが、女性の服を着たことが無い私にとって、どれが良い物なのかさっぱりだ。とりあえず何着かエプロンドレスというものを試着をしてみたが、捲れば下着が見えてしまう様なこんなもの、よくみんな平気で着られるものだ。


「ジェシカ似合ってる!」

「お客様、大変お似合いですよ!」


 この二人はさっきから同じ事しか言わない。

 もしこれが着ぐるみだとしても、同じことを言うに違いない。

 コイルは紅潮した顔で私の姿を見て言った。


「本当に侍女試験なんて受けるの? あのお兄さん、嘘ついてると思ったのに」

「ああ。どうせ受からないだろうけど、受かれば儲けもの。安定した収入になるだろうしね。正直、もう金が底をついている。貯金ができたら、またルーシェと一緒に宇宙を旅しよう」 


 コイルは真顔になり、じっと私を見つめた。

 そういえば顎髭の捜査官の時といい、カークの会話の時といい、コイルは相手の嘘を見抜いて威嚇しているみたいだった。もしそんな能力のあるアニマノイドなら、銀河連邦保安局は放って置かないだろう。となれば、コイルは私の嘘も見抜いているのではないか? しかしコイルは笑顔で私に言った。


「じゃあそれまでライルさんの近くにいられるね! ね?」

「な、なんでそうなるんだよ! それに、侍女になったらここへ戻ってくる暇なんてないよ!」


 嘘と知りつつこんなことを言っているのだろうか。

 いや、この子に嘘を見抜く力なんてあるわけがない。気のせいだろう。


 私が再び試着室に入ろうとしたその時だ。

 後ろから聞き覚えのある声が投げかけられた。


「へぇ~! よく似合ってるな! それで口を開かなければ侍女試験も受かるんじゃないか?」


 振り向くとそこには、あのライルが居た。

 私は恥ずかしさのあまり、再び背を向けた。

 何故だか心臓が壊れそうな勢いで早まる。

 海賊船に追われた時もこんなにドキドキとしたことはない。


「な、な、なんでお前……ラ、ライルがここに居る……の?」

「いや、船のペイントの件で話したいことがあってさ。兄貴に聞いたらここだろうって」


 ペイントの件、か。そうだろうな。特別な事情でここに来たわけじゃないだろう。でも、空気を読めない方がライルらしくていい。私はため息交じりに振り返り、ライルの言葉に答えようとしたその時、店に入ってくるその人物が目に入った。

 金色の短髪でトレンチコートの男。

 しゃくれた顎には無精髭。間違いない。銀河連邦保安局の、あの捜査官だ。

 私は咄嗟に、にやにやと笑っているコイルの腕をつかんで試着室に押し込んだ。


「コイル、ここから絶対に出るな」

「ちょっとジェシカ? な、なんで?」


 その問いには答えず、すぐに店員に駆け寄って自分のカードを渡して言った。


「今着ているこのドレスの会計を頼む。それと、試着室にいる私の連れをしばらく保護しろ。誰の目にも触れさせるな。私が戻って来るまでに無事に保護できたら、そのカードから10万レジ、報酬としてお前にくれてやる」

「お、お客様?」


 顎鬚の捜査官に目をやると、小型の3Dモニターを取り出してそこに浮かぶ私の映像をライルに見せているところだった。


「ジェシカ・リッケンバッカー。十七才の少女だ。こいつを見かけなかったか?」


 クソ! よりにもよって、馬鹿正直なライルに……。

 ライルはキャスケット帽を被り直してからそれに答えた。


「知らないね。こんな可愛い子。見かけたら俺が放っておくわけねえしな」

「そうか。もし見かけたら銀河連邦保安局に……」


 同時に、顎鬚の捜査官の視線がこちらに向く。

 私は慌てて商品に隠れるようにしながら背を向けた。

 しかし、顎鬚の捜査官は私に優しい声をかけてくる。


「お嬢さん、お買い物中にすみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」


 万事休すか。その時、ライルが私に近づいて声を掛けた。


「いつまで買い物してんだよ! 女の買い物は長くて困るぜ! ほら、いくぞ⁉」 


 ライルは私の腕を取って、出口に向かう。私は慌てて後ろに束ねた髪を解き、顔を隠すようにしながら顎髭の捜査官の横を通り過ぎた。いや、奴にこんな不自然なごまかしは通用しないだろう。

 案の定、店から出てから10メートルも歩かないうちに呼び止められた。


「待て。まだ質問の途中なんだが? それに……」


 後ろからブラスターを抜く音が聞こえる。


「お嬢さんが着ている服、電着値札が付いたままだ。お嬢さん、万引きはよくないぜ?」


 くそっ! 万引き犯にいちいちブラスターを向けるか?

 しかし、まだ正体がバレていないなら、顔を見られるまで足掻かせてもらおう。私は気付かれないよう、そっと小型通信機を耳にセットし、貨物ドックにいるルーシェに連絡を取った。


「ルーシェ。ヤバイ事になった」

『あ、ジェシカ艦長! 暇だったのでポセイドン号のメンテとチューンをやりましたよ。ちょっとパーツ代が掛かっちゃいましたけど。それで、いつまでこの星に滞在するんです? 僕は退屈で……』

「いいから。私の位置が判るな? その上空をゆっくり飛んで、リーファ宙域に出て無限潜航で待機。私がいいと言うまで姿を見せるな」

『ちょ、ちょっと! どういうことですか⁉』

「いいから言うとおりにしろ……」


 通信を切ると同時に、顎鬚の捜査官が近づく靴音がした。

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