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第9話 嘘つきの森の先に

 私達はレールを滑るリニアシャトルに乗り込み、パレスエリアという所へ向かった。もちろん、あのロイ・ミュラーも同乗している。

 コイルはシャトルの窓に顔を近づけ、景色を見て言った。


「ねえジェシカ。ここってずーっとまっすぐ道が続いてるみたいでさー、なんか変な感じするよね。空の代わりに建物があって、落っこちてきそう。私ここ嫌い」


 トーラス型コロニーは、ドーナツ状の本体を回転させることで重力を得ている。

 ドーナツの内部が空洞になっていて、その内壁にへばり付くように建物が建っている感じだ。コイルの言う通り、坂を登るように見える道が一本だけ延々と続く。私も並行感覚が狂いそうなこの光景はあまり好きじゃない。しかし、何かおかしいな。建物はいくつも建っているのに人の気配を感じない。


 そんな事よりも、ロイ・ミュラーだ。

 普通の荷物ならこの場で渡して「ハイさよなら」で済むが、今私の正体をバラすわけにはいかない。バレたら最後、フレイアっていう姫に近づけなくなる。ここはフレイアと先に接触し、ロイ・ミュラーの方は目立つ場所にでもスーツケースを置いておけばいいだろう。音楽を聴くための装置と老執事か。ただの音楽好きの老人ならいいけどな。

 私はスカートの中に隠した、小型ブラスターガンをそっと確認した。


「ねえねえ、あなたアニマノイドよね? 何処の星から来たの? かわいー!」

「あ、うん! 私達、地球から……」


 コイルは向こう隣の少女に声をかけられ、その問いに素直に答えようとした。

 私は慌ててコイルの口を塞ぎ、代わりに答えた。


「ち、地球によく似た惑星、ラミューから来たんだ」

「ラミュー? 聞いたことのない星~。あなたたち、その服どこで買ったの? リーファ? 服を買うならリーファもいいけど、ブランドが揃ってるミリーがいいよ~。でも高くってさ、パパにお願いしてもなかなか買ってくれないのよね」

「はぁ……そう、なんだ……」


 なんだこの女。私と同い年くらいなのに、なんて能天気でガキっぽい喋り方なんだろう。パパにお願いしても、ね。何処の星から来たか知らないけど、地球上で起こった戦争の悲惨さなんて知らないで育ったんだろうな。でもこれが普通の、十代の女の子なのだろう。


「ぷはっ! ジェシカ! い、息できない!」

「あ、ごめん!」


 コイルは頬を膨らませてから、小声で私に聞いた。


「なんで嘘つくの? 地球からって言えばいいじゃない」

「……そうだな。でもいいじゃない、どこの出身でも」


 あんな壊れた星の出身だなんて、言いたくないんだよ私は。



 リニアシャトルは目的地に到着し、私達はプラットフォームへと降り立った。

 さすがは特別区画だ。プラットフォームのゲート前だけでも、何人もの警備兵が銃を構えて立っている。ゲートを抜けてすぐ、目の前に巨大な壁が現れた。コロニー内部を完全に遮断したような構造だ。特別区画はこの壁の先ってことか。

 ロイ・ミュラーは志願者達を集め、口を開いた。


「あの壁の向こうがパレスエリアです。ゲートを潜ればエレバスが待機しております。それに乗ってお屋敷までは銀河標準時間で十五分ほどでございます」


 ここは警備が手薄だな。信頼のおける防壁って事か。

 さて、ここからだ。内部がどんな警備なのか……お手並み拝見といこうか。

 私は黒いチョーカーとブレスレッドを付け、巨大な壁を睨んだ。



 私達はエレバスに乗って敷地内を走る。

 コロニー内にしては樹木が多い。だけどこれは本物か? もし本物なら、下の土も相当な重さだろうし、水の供給も半端な量じゃないだろう。コイルは外の景色を見て寂しそうに言った。


「……嘘つきの森」

「嘘つき? 森が?」

「うん、そうだよ。この木は全部ニセモノ。だって、息してないもん」


 この子、やっぱり嘘が判るのか。もしそうなら、コイルが狙われている理由は納得できる。嘘が判る能力者を誰も放っておかないだろう。少し試してみるか。


「ねえコイル。あんたさ、寝てる時に凄いイビキかくけど、それって女の子としてどうかなー?」


 私は嘘をつき、コイルの目をじっと見た。


「そうなの⁉ 全然分からなかった……どうしよう。ショック……」

「あははは! 嘘だよ嘘!」

「もー! 変な嘘つかないでよ! 信じちゃったじゃない!」


 おかしいな。こんな単純な嘘は見破れないのか? それとも、やっぱり気のせいか?

 いや、能力者である線は濃い。

 木が息していないなんて、見ただけで適当なことを言えるもんか。


「あの、コイル。あんたさ……」

「え? 何?」

「いや、なんでもない」


 聞いて何になる。そんなこと、どうでもいい。

 私にとってコイルは普通のアニマノイドの女の子だ。今はそれでいい。



 エレバスは屋敷の前に到着した。

 大きな宮殿をイメージしていたが小ぶりの屋敷って感じだ。昔図鑑で見た、ホワイトハウスって建物に似ている。なんにせよ、時代遅れな三階建ての建物で、木材もふんだんに使われているようだ。

 見た感じ警備は薄いな。門番は四人だけだ。私は細身のサングラスをそっとかけ、周囲を見渡した。なるほど……旧式のレーザーセンサーがびっしり。防犯カメラの類は見えないが、建物内部から透過スキャンと、熱源探知でモニタリングしているだろう。まあ私は泥棒に入るわけじゃない。それにこんな防犯設備、私じゃなくても簡単に破られるぞ? これで警備が厳重か? 


「ここがフレイア様のお屋敷です。建物に入る前に、一応スキャニングを実施しますのでご了承を」


 ふん、今更。ここに来るまで何度私達を透過スキャンしたんだ? リニアシャトル内、ゲート通過時、エレバスで移動中……。裏社会を歩いてきた奴なら、誰だって気付く。そんなのは百も承知で、荷物には偽装シールド、服の裏地にはタキオン偽装粒子で加工してある。

 志願者達は次々とそのアーチ状のパイプの下を潜る。けど、何か怪しい。一番初めにアーチを潜った女の目が、普通じゃない。ウトウトと眠そうだ。私は咄嗟にコイルの腕をつかみ、列の最後尾へと並ぶ。そしてコイルの耳に顎を当て、愛でるように言った。


「コイルちゃんかわいい~」

「な、なに? え? やだいきなり……ジェシカ……にゃーん」

「そのまま黙って聞いて。これは侍女試験じゃない。いい? 私を信じて、言う事を聞くんだよ?」

「…………」

「私があのゲートを通り抜けたら、眠そうにしてその場に座り込め。あんたがゲートを潜る必要は無い」


 コイルは真顔で私を見て頷いた。

 ごめんね、コイル。私が甘かった。でも、あんただけは必ず守ってみせるから。

 志願者達は次々とアーチを潜り、フラフラと屋敷に吸い込まれていく。

 よし、私の番だ。あの機械は何かを噴霧しているか、強力な電磁波を発生させる装置だろう。どのみち電子制御だ。左手のブレスレッドを右手で少し回転させた。耳の奥がキンっと痛くなる。この電磁JAMが効かなければ、私も他の志願者と同じようになるだろう。私は更にブレスレッドを回した。妨害するより、電子部品をぶっ壊した方が早い。

 念の為に電磁JAMの影響を考慮し、例のスーツケースは忘れたフリをしてコイルの元に置いてきた。そしてゆっくりとアーチを潜る。よし、体に何も変化はないな。私はわざとらしく扉にもたれかかった。

 コイルを見ると、私の指示通りの演技をしている。


「ジェシカー。なんか私ねむーい……」


 その場に座り込むコイルに近づき、その体を抱えながら入口へと向かう。

 警備兵ふたりが私達に駆け寄り、にやけた顔で言った。


「大丈夫ですかぁ?」

「え、ええ。長旅で疲れたのかしら私達。大丈夫です……ありがとう」


 クソッ! 私の胸を触るんじゃない!

 やらしく体を触る手をそっと払い退ける。こいつ等本当に警備兵か?

 私達はフラフラとした演技で、建物へと足を踏み入れた。


「ありゃ上玉だぜ……」


 私は警備兵の、その言葉を聞き逃さなかった。

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