目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 この世界に居てはいけないモノ

 屋敷の中に入った志願達は皆、ダルそうな表情でそこに佇んでいた。

 睡眠導入剤を散布されたのか、それとも直接脳に作用する何かがあったのか。即効性が無いところを見ると、更に移動させて動けなくなったところを監禁……って感じか。

 ロイ・ミュラーは私達を見ると、少し口角を上げて言った。


「長旅でお疲れのことでしょう。あちらの奥の部屋が控室でございます。試験までまだ時間がございますので、そちらでゆっくりとお休みになられてください」


 まずいな。侍女試験とは名ばかりで、これはただの人さらいだろう。

 まだフレイア王女がこの屋敷に居る確証はない。まずそれを確かめよう。


「あの……フレイア様はお見えになられないのですか? 是非お目にかかりたいのですが」

「フレイア様は今体調が悪く、お部屋で養生しておられる。お会いするのは侍女試験に合格してからでも遅くはないと思いますが?」


 部屋か。どこの部屋だ? この屋敷の中か、それとも別棟か。奴の言葉の信憑性は?

 考えが上手くまとまらない。とにかく、この屋敷に居ては危険だ。さっさと仕事を終わらせよう。最悪、ふたつの仕事のうちどちらかを蹴れば退路は確保できる。いや、確保しなくてはならない。

 私は再びコイルの肩に顎を乗せ、静かに言った。


「何があっても私から離れるな。会話もできるだけ合わせろ。それと……ごめんね、コイル」


 コイルは私を見上げ、可愛くウインクをした。

 初めて私の船に乗った時といい、こういう状況を怖がったりしないのだろうか。


 控室に通され、私はすぐに行動を開始した。

 こんな所でのんきに休んではいられない。

 さっそく私は行動に移した。


「コイルちゃん、トイレくらい我慢しなさい!」


 コイルは私を真顔で見たあと、駄々を捏ねるような仕草をした。


「……だっておしっこしたいんだもん! 眠くなるとおしっこしたくなるんだもん!」

「もう本当にしょうがない子ね。すみません……あの……」


 私は警備兵に困ったような顔を向けると、その警備兵は照れたように言った。


「それならここを出て右の、四つ目の扉です」

「ありがとうございます」


 私は木の玩具が入った袋を取り、コイルを連れて部屋を出ようとした。

 警備兵が真顔で私に聞いてきた。


「あの、その手に持っているものは?」


 くそ。中身を見られたらまずい。

 その時、志願者のひとりが眠そうな口調で言った。


「うわぁ……あの人、かなり無神経……。女性がトイレに持っていくものって言ったら……」


 その女性はそれだけ言うと、ドレッサーに突っ伏してしまった。

 私は優しい顔で警備兵の腕を触り、声をかけた。


「お気になさらないで……」


 そう言い残し、コイルを連れて部屋を出た。なんとか小芝居が上手くいったか。

 我ながら、なんともむず痒い演技だったけど。

 コイルは何故か笑いを堪えたにやけ顔だ。


「何よ?」

「だ、だって、ジェシカが……ジェシカが《お気になさらないで》って。ぷふふっ」

「なんだよ、いつもは女らしくしなよって言うくせに。とにかく、トイレに入ろう」


 トイレの扉を開けると、そこは思い描いていたのとは程遠いものだった。

 天井にはシャンデリア。豪華なドレッサー。大きな姿見。

 ここで暮らせるんじゃないかと思える程の広さだ。私達は用心の為、トイレの個室に入る。そこで私が依頼を引き受けていたことをコイルに簡潔に告げた。その後、私はチョーカーを操作して通信を試みた。


「コードベータ。プライベート高度スクランブル発信。……ルーシェ、聞こえるか?」


 特別区画だ。電磁JAMよる強力な防壁があるかもしれない。当てにはしていないが、通信できれば今後仕事がやりやすくなる。


『あー、ジェシカ艦長? ねえ聞いてくださいよ! 僕の体に変なタトゥーを入れられそうなんですけど! 僕、街の不良みたいになっちゃうんですけど!』

「良かった、通信できるな? 時間が無い。とにかく、私の話を聞け。すぐにそこを離陸して、八番コロニーのリングまで来い」

『え? 侍女試験はどうしたんですか? ていうか……ごめんなさい。ジェシカさんのあのファイル、見ちゃったんですよ。端末に削除データが残っていたので好奇心でつい復元を……』

「ふふっ。お前、《僕を信用できないんですか?》なんて言ってたくせにな。それなら都合がいい。じゃあ仕事を依頼されていたのは知ってるな?」 

『はい。それで宙域で待機を命じられた時に、暇だから八番コロニーをスキャンしてみたんです。おかしなことに王族専用コロニーにしては人が少ないんですよ。居てもだいたい五十人くらいですね』

「どういう事?」


 ルーシェの話では一番から八番コロニーのうち、人が少ないのは八番だけで、他はびっしりと人が居住しているらしい。


「なぜそれを言わなかった?」

『……怒られると思ったので』


 そうか。ルーシェの心は子供だからな。仕方がない。


「いや、黙って動いた私の方が悪い。それに、それだけのデータを集めてくれたことに感謝するよ。人が少ないと言ったな? スキャンした時、特別区画はどうだった?」

『建物の周りを多くの人工植物が遮っていて、サーモスキャンは通りませんでした。出入りは少なかったですけど、その中に何人いるかまでは……』


 人工植物? コイルが《噓つきの森》と言ったあれか。

 やはりコイルの言ってたことは正しかったのか。


「そうか。とにかく、大至急リングまで来てくれ」

『了解。ああ、それと、例の薬の体内有効期間が過ぎています。すぐに戻って投与しないと……とにかく、お気をつけて』


 私はコイルと顔を見合わせ、トイレのドアを開けた。

 するとそこには、先ほどの警備兵がやらしい顔つきで立っている。

 私はコイルを後ろに隠し、拳を構えた。

 まったく、格闘戦なんて何年ぶりだろう。


「女が俺に敵うと思ってるのか? どうせお前はやられちまうんだしさ、味見させろよ」


 なるほど、やっぱりそういうことか。

 このコロニーはこんな輩に占拠されているな。

 ということは、ロイ・ミュラーって奴もますます怪しくなってくる。

 警備兵はライフルを投げ捨て、腰のブラスターを抜いてその銃口を私に向けた。


「大人しくしろよぉ……なぁ」

「それ、今まで何度言われたかな。でもね、思いを遂げた男は、今までひとりもいないんだよ!」


 私は左ストレートを繰り出すが、ブラスターを持った相手右腕で外側へと弾かれてしまう。そんな事は百も承知。むしろそれが狙い。そのまま体を反時計回りに回転させ、右ひじをフックの要領で相手の顔面へ打ち付けた。肘に伝わる鈍い感触。警備兵はそのままフラフラと倒れ込んだ。いとも簡単とは、こういうことだな。訓練された兵士ではないようだ。

 私は相手の腹に向けて蹴りを数発繰り出し、ブラスターを取り上げた。

 そして銃口を警備兵の顎へと押し当てる。


「まだ寝るのは早い。言え。フレイア王女は何処に居る?」

「あがが……へへ、小娘が偉そうに……」

「自分の立場がわからないようだな。じゃあ言わなくていいよ。殺すから」

「出来もしねえくせに……」

「コイル、向こうをむいてて。脳が飛び散るの見たくないでしょ?」

「……うん、平気。だってその人……人間じゃないから。お人形だもん」


 どういう事⁉ 人間じゃないって? アンドロイドか?

 コイルは続けて言った。


「その人、変な感じなの。さっき見た、木と同じだよ」


 その時、警備兵は怯えたように言った。


「おい嘘だろ? こんな子供が、か? た、頼む。見逃してくれ。記憶だけが俺の支えなんだ! 頼む!」


 こんな子供が、だと? コイルの何を焦っている?

 確かに、いつものコイルとは違い、なぜか冷たい表情だ。

 とにかく、こいつからフレイアの居場所を聞き出さなくては。


「……なら教えろ。フレイア王女は何処に居る?」

「わ、わかった! 言う! 言うから! 王女は三階の中央の部屋だ! 部屋は電磁ロックされてて俺達でも入れねえ! 他に何も知らねえんだ! 消さないでくれ! やっと手に入れた俺の記憶……」


 情報を手に入れたらもう用は無い。

 騒がれてもまずいし、アンドロイドならここで始末してしまおう。

 私はコイルと一緒に扉を出る時、太ももに付けてあった自分のサイレンサー付き小型ブラスターで警備兵の頭を撃ち抜いた。閉まりゆく扉から垣間見るそれは、頭から赤い血を飛び散らしながら倒れ込む《人間》だった。

 警備兵はアンドロイドではなかったようだ。


「コイル。あの男は人間だったぞ。どうして嘘をついた?」

「ジェシカ、信じて……嘘じゃない。あの人は人間じゃないの。うまく言えないけど……この世界にいちゃいけない

「モノ、だって? さっきからおかしなことばかり言ってるな。あんた、ひょっとして……そういう能力を」

「うん……シスターには誰にも教えるなって。だからごめん……変な子でごめんね、ジェシカ」 


 私は泣き出しそうなコイルが急に愛おしくなり、その場で抱きしめた。

 それまで、余程辛い目に合ってきたんだろうな。だけど今は、ここでコイルの正体を気にしている時じゃない。コイルの手を取り、私達はフレイアのいる部屋を目指して三階へと向かった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?