私達は難なく三階へ上がった。
今ここに居る警備兵は本物でないことは確かだ。では本物はどこへ行った?
王家専用コロニーなら、こうなる前にいくらでも防ぎようがあったはず。
変な輩が入ってくる前に、政治的な何かがあったのかもしれない。
とにかく、さっさと仕事を終わらせてこの場を去った方が良さそうだ。
しかしこの扉の数。中央の部屋と言ってもどの部屋か判らないぞ?
するとコイルは私の手を握り、奥を指さしながら言った。
「ジェシカ、こっち。この階に人間はひとりだけ」
これもこの子の能力か。私はコイルに手を引かれ、その部屋の前に来た。
旧式の電子ロック。これならパスワードクラッシャーで解除できそうだ。私は左腕のブレスレッドを電子ロックに近づけた。高音と低音が交互に聞こえ、しばらくするとロックが解除される音がした。ここまでくると、わざと警備を緩くしているとしか思えないな。警備というより、監禁だったか。
私はその扉を開けた。
だだっ広い殺風景な部屋。
そこには白い薄手のドレスを着た女性が、絨毯の上に直接座っていた。年は私よりも少し年上な感じで顔立ちも良い。ブラウン系の髪は背中に掛かるまで長く、手入れは行き届いていない。とても王家の女という感じではないな。そして……。
「あら? お客様? その足音は女性ね。ふふっ、もうひとりは小さな女の子。ごきげんよう。何かご用かしら?」
透き通ったような上品な声で、にこやかに挨拶をするフレイアの目。その両目は固く閉じられていて、開く様子が無い。目が見えないのか。
私は彼女にそっと近づき、木の玩具が入った布袋を手渡して言った。
「あんたに届け物だよ」
「まあ。これ……木の匂い! カーク⁉ カークからなの⁉」
フレイアは少女のように喜び、袋から木の玩具を取り出す。
そして正立方体のそれをまさぐるように確かめた。
「ふふっ、今度はちょっと難しくなってるかしら? あの頃のは簡単でしたものね」
「じゃあ、私達はこれで……」
「ちょっと待って! お願い。このパズルが解けるまで待って……久しぶりのお客様だもの」
フレイアは一生懸命に木の玩具を動かし、すぐに正立方体をバラシてしまった。
すると中からシルバーリングが一つ、カーペットの上に落ちた。
私はそれを拾いあげ、フレイアに手渡すと彼女は悲しそうに言った。
「そう……これっきりというわけね? でも……」
フレイアは少し寂しそうな笑顔を見せ、私に言った。
「あなたにお願いしてもいいかしら?」
「なんだ?」
「それでも私は愛してると……カークにお伝えください」
「カークにか? ……わかった。伝えておくよ」
200万レジの高額報酬? バックは誰か? カークは何者か?
冗談じゃない!
これは全部、カークの個人的な依頼じゃないか!
理解できない。なぜそこまでしてこれを届けようとしたのか……。
その時、コイルがフレイアの目をそっと手で覆うようにして言った。
「そういう大切なことは、自分の口で言わなきゃダメだよ。ね、お姫様」
「でも私は……」
「だから星も歪んじゃうんだよ。運命はクニャクニャ曲げちゃダメなの。良い運命も、悪い運命も」
星が歪む? どういうことだ。何かの喩えなのか。
しかし、好きだのなんだのでこんなものを……。
ふと、私はバラバラになった木のパズルを手に取って見た。
何かブツブツと印が付いている。明らかに加工してあるような感じだ。
「ねえフレイア。このパズル、何か印が付いているけど」
フレイアは慌ててパズルを拾い、指で確かめるように触った。
「忘れていました。お願いします、パズルに番号が書いてあるはずです。順番にここへ並べてください」
確かに、見ると小さく番号が書いてある。
「カークはいつもこうやって私に、点字でメッセージをくれました。木のパズルの裏に。私としたことが、気が動転してそれを忘れていました。いつもは侍女に並べさせていたのですけど急に居なくなってしまいまして……」
パズルを番号順に並べてあげると、フレイアは急いで順番に木の玩具を指で確認した。
そして大粒の涙を流しながら、私に向けて言った。
「お願いです。私をここから連れ出してください! お願いします! インターステラ・トランスポーターさん!」
なるほど、初めからそれ込みの依頼か。報酬が200万レジもするわけだ。
まあいいだろう。少々面倒だが、ものはついでだ。
変な連中がいる屋敷に置いておくのも気が引けるしな。
「ふん。もう依頼料は貰ってるからね。ここから逃げたいっていうなら、連れて行ってやるよ」
しかし、甘い考えはそこまでだった。
フレイアを立たせたと同時に部屋の扉が開き、一人の男が現れた。
ロイ・ミュラーだ。
右手にはブラスターガンが握られ、左手には例のスーツケースを持っている。渡す手間が省けた、とは言えない雰囲気だ。奴は目を見開き、荒い息でにやけながら言った。
「こんな所に居ましたか。私はね、これほどラッキーだと思ったことは人生初めてです。さあ、私と一緒に来てもらいますよ。ああ、そうそう。姫はそのままで結構ですよ。もう王家との交渉は決裂したのですから、私の仲間の慰み者にでもなればいいでしょう」
事が簡単に運んだ時は気をつけろ、か。運び屋の師匠がいつもそう言ってたっけ。
ロイ・ミュラーは続けて言った。
「もっとも、第三王女のあなたは、とっくの昔に王家から見放されていますがね。交渉の道具にもならなかったようです」
私は背中にブラスターを突きつけられ、部屋から出るように促された。
私はフレイアに向かって言った。
「依頼は必ず遂行してやる。待ってな」
そしてコイルの顔を見た。コイルは黙って小さく頷く。
不安は残るが、コイルを連れていくわけにはいかない。
異能者と判ればただじゃ済まないだろう。
屋敷一階の正面ホールに近づいた時、志願者達の行方が気になった。
まあ、されることはひとつだろうな。
可哀そうだが、私がしてやれることはひとつも無い。
丁度ホールの中央に来た時、それは起こった。
何丁もの銃を構える音がホールに響き、武装した警官が私達を包囲する。そして正面玄関の大きな扉が勢いよく開き、トレンチコートの男が姿を現した。
「ジェシカ・リッケンバッカー。舞踏会の途中で悪いが、お前の貴重な時間は終わった。ここからは俺の時間だ」
その男は、あの顎鬚の捜査官だった。
私の頭の中に、またあのキリキリとした痛みが走る。
――ねえ。おじちゃんは誰なの? おじちゃんはどうして……。
一瞬だけ、例の白昼夢が私を襲った。
クソッ! あの薬が切れたか⁉ しかも今まで見たことが無いものだ。
もしかして、あの捜査官も過去の私と関わっているとでもいうのか?
警官隊は志願者の女達を連れ出し、この場にはロイ・ミュラーと私。
そして顎髭の捜査官だけとなった。
ロイ・ミュラーは落ち着いた声で言った。
「何かね? 君は?」
「何って? 俺が所属しているクソ長い組織名を聞きたいのか?」
顎鬚の捜査官は指をパチンと慣らし、空中に小さな証明書を浮かび上がらせた。
「銀河連邦保安局、惑星保安部広域防衛チーム
「あはははは! これは愉快だ。たかが捜査官が、私を捕まえるだと? 私はね、もう切り札を手に入れたのだよ。P・O・Sを遠隔操作できるこの装置と、ジェシカをね」
私⁉ なぜだ⁉ なぜ私が切り札なんだ⁉
顎鬚の捜査官はブラスターガンを構え、ロイ・ミュラーに狙いを定めた。
「ジェシカ・リッケンバッカーに昔の記憶は無いさ。記憶洗浄を受け、今は普通のお嬢さんだ。切り札だ? それこそ笑わせるぜ」
しかし、そう言ったのも束の間。顎髭の捜査官は苦い顔をしながらブラスターガンを放り投げ、両手を上げた。その後ろに現れたのは、私がレストランで会ったあの黒いテンガロンハットの男だった。
男は私に言った。
「記憶は失ってないぜ? なあ、そうだろ? プロジェクト・セイビアーズサンダーのジェシカさんよ」
幼い私が事の重大さを知り、発狂した記憶。
それがフラッシュバックして強い目眩を感じる。
クソッ! なぜお前がここに居るんだ⁉ なぜだ⁉
お前はただの運び屋のくせに! 私に仕事を押し付けただけのくせに!
なぜ私の過去を……!
「なんだ、だらしねえな。人を何億も殺しただけでよ。俺は何とも思ってねえけどな、あんな遊び」
「お、お前……まさか」
「ああ。俺もセイビアーズ・チルドレンのひとりさ。楽しかったよなぁ、あの頃は」
「クソッ! クソッ! 嵌めやがったな!」
「お前がいてくれて助かったよ。俺は手を汚さずに済むんだからな」
そういう事か。元々こいつが何かをするはずだった事を、私に押し付けた。
私に一体何をさせるつもりだ?
テンガロンハットの男は、やらしい顔つきで言った。
「ジェシカ、あんたは俺達の憧れだったよ。可愛くて頭も良くて、人殺しの上手なジェシカちゃん。
「言うな! 言うなぁ! うわぁぁ!」
私は気が遠くなるのを感じた。