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第12話 第三世代アニマノイド 

 またあの夢の中だ。ただ、今までのものとは違い、やけに鮮明だ。

 嫌な思いをしたくないと思うより、自分の過去がどんなものだったのか知りたい気持ちの方が大きい。何があっても、今度はしっかりと今の記憶に焼き付けるんだ。


 私は背の高い男に頭を撫でられていた。優しいおじさん、という感じか。


『ほら。ここが君の新しい場所だ。俺も詳しくは知らないが、たくさん勉強が出来てお友達もたくさんいる所らしいよ。良かったな』

「ありがとう! ねえ。おじちゃんは誰なの? おじちゃんはどうして私の名前を全部言うの?」

『ごめんな。俺のお婆ちゃんもジェシカって名前なんだよ。呼び捨てにするようで嫌だろ?』

「ふぅん……」

『いっぱい勉強して、賢くなるんだぞ。じゃあな』

「うん! わたしがんばるよ! おじちゃんバイバイ! あ、おじちゃんの名前は?」

『俺か? 俺は……』


 そうか、奴はあの時の……。

 今度は事の重大さに気づいて、発狂している記憶だ。


「あはははは! 神様! 神様! 私は! 私は! 神様助けて! どこに居るの! ねえ助けてよ!」

『ジェシカ! ジェシカ・リッケンバッカー! しっかりしろ! 救護班を回せ! どうせ容疑者ホシは全員逃げた。逮捕した所で地球は……。こんな場所と知っていれば……この子を……』


 あんたは悪くないよ。私の為にしてくれたことなんだろ? 

 騙されたんだよ、私達は。

 今度は扉の外で話す声が聞こえる。


『正気か⁉ あの子は一度記憶を消されてるんだぞ? もし次で失敗したら……』

『上からの命令書を読んだでしょ? あの記憶は残しておくなって。あの子は危険よ』

『危険? 保安局の失敗を隠す為だろ! 惑星文明不干渉の原則を適用した、失敗をよ!』

『私達ピースメイカーができることはここまでね。あの子には可哀そうだけど……』

『じゃあどうすりゃいいんだよ! どうすりゃよかったんだよ! あのまま地球で、あの子を放っておくべきだったのか⁉ 雑な扱いを受け、指名手配中の犯人に爆発物を運ばされてた。無邪気な顔してよ。役に立ってるからって、楽しそうな顔で俺にそう言ったんだ。そんな子を! 何とかしてやりたいって、思っちゃいけなかったのかよ!』

『落ち着きなさいよ。とにかく、私は地球の戦争が収まったら、そこで潜伏捜査をすることになったわ。ついでと言っちゃなんだけど、そこであの子の面倒を見てあげるから』


 あのシスターも捜査官だったのか。それで二人の顔に見覚えがあったって訳だな。

 面倒を見てあげる、か。私はその後も、保護施設を転々としたけどな。


 私はそこで目が覚めた。

 まだ嫌な気分は残るが、不思議とあの薬を飲まなくても平気な感じだ。

 正面を見ると全面ガラス張りで、その向こうは宇宙空間でリーファ星も見える。

 左右を軽く見ると、白い壁があり、ここは小さな個室のようだ。

 そして私の腕には愛用のブレスレットの代わりに、手錠が掛けられていた。

 そうか、私はまだリングに居るのか。


「おう、ジェシカ・リッケンバッカー。目が覚めたか」


 声のする左側をゆっくりと見る。

 すると少し離れた所で壁にもたれ掛って座る、顎鬚の保安官がいた。

 顔は紫色の痣がいくつもあり、目も腫れている。

 私は再び正面を向き、小さな声で言った。


「すまない。私の為に……」

「誰がお前の為だよ。勘違いするな。この件はただの仕事だよ。上からの命令でね。近くにいるならガサ入れに参加しろってよ」

「で、どうして私達ここに居るの?」

「あの白髪のジジイがな、準備が整うまでここで大人しくしてろってよ。何も俺まで連れてくることはねえのによ」


 準備とは一体何のことだろう。それよりコイルとフレイアの安否が気になる。

 顎鬚の保安官はそれについては落ち着いた口調で言った。


「屋敷に居た輩は俺の仲間が殲滅した。あの時点で残っていたのはテンガロン野郎と白髪ジジイだけさ。俺達を屋敷から連れ出す時、それどころじゃないって感じだったしな。ふたりを見つけ次第、俺の仲間が保護するだろう。大丈夫だ」


 顎鬚の捜査官は話を続けた。


「まあ丁度いいじゃないか。約束しただろ? コイルの話をするってさ。ふふっ、お前はあの時、デートで忙しそうだったからな」

「う、うるさい! ……で? 何の話?」

「あの子がただのアニマノイドじゃない、って事はお前も気づいてるよな?」


 私は頷き、黙って話を聞いた。


 コイル・ウィルヴァーン。第三世代アニマノイド。

 あの子の存在が一部に知られたのは、プロジェクト・セイビアーズサンダーが地球に向けて衛星兵器を放ち始めた頃だという。

 私達が放ったレーザー。それをことごとく避けた少女がいた。


「それがコイル?」

「ああ。プロジェクト・セイビアーズサンダーはアニマノイドを抹殺する為の計画名だ。結局、組織の全貌までは掴めなかったがな。でだ、お前達が放ったレーザーは全て地球上に居るアニマノイドに向けて放たれたものだ。もっとも、操作する者の索敵能力の低さによって、それ以外の人間にも当てまくったらしいけどな」

「なぜ⁉ なぜそんな事をした!」

「アニマノイドの能力を恐れている集団がいたからだ。お前は幼くて知らなかっただろうが、当時地球ではアニマノイドの差別撤廃や政界への進出が盛んでな。今の様な差別が確立したのは戦争後の話さ」


 コイルはレーザーを事前に察知し、周りにいたアニマノイドをその危機から救った。もちろんアニマノイド達は銀河連邦保安局に捜査の依頼を何度も申請していた。しかし衛星レーザー兵器が地球製に擬装されていた為に、惑星文明不干渉の原則によって手を出すことが出来なかった。さっきの夢から推測するに、あえて手を出さなかったということだろう。


「惑星文明不干渉の原則に縛られない、俺達クラスSのピースメーカーが捜査に乗り出したその矢先さ。大型レーザー兵器が地球を襲った……」

「やめろ。もう聞きたくない……」

「だろうな。お前の記憶洗浄は完全なモノじゃないからな。すまない……」

「なぜお前が謝る?」

「そんなことはどうでもいい。辛くても聞いてくれ。コイルはその大型レーザーの攻撃さえ回避した。たった十一才のアニマノイドがだ」

「待って? 十一才? それでは私とコイルの年齢が合わない。当時私も、同じ年齢だったはずだ」

「俺の仲間がその事実を知り、コイルを保護してコールドスリープで……」


 その時、扉が開いてロイ・ミュラーが姿を現した。


「お待たせして申し訳なかった。モノが届くまでに時間が掛かったのでね。ほら、あれを見たまえ」


 ロイ・ミュラーはガラス窓の向こうの宇宙を指差した。

 正直ほっとした。そこにいたのは私の戦艦、ルーシェだったからだ。

 私はロイ・ミュラーに言った。


「あれを待っていたの? 馬鹿ね、あれは……」


 そう言いかけたその時、首のチョーカーにルーシェから通信が入った。


『ジェシカ艦長。僕と同型艦がリング近くにヴォルテックス・アウトしました。近くには護衛艦もいます。嫌な予感がしますね。あれが悪用されるなら大変な事になりますよ』


 あれはルーシェではないってことか。

 ルーシェの静かな声のトーンで危険度が窺えた。私は小声で答えた。


「残念だけど、悪用されそうね」

『あの艦からP・O・Sの反応と生体反応はありません。死んだ船だと思われますが、内部のワード鉱石からエネルギーを放出し続けています。機関は生きているようですね。とにかく、僕はセンサーポッドを宙域に残して無限潜航で身を隠します』

「そうしてくれ」


 ロイ・ミュラーは私の首筋を掴み、無理やり立たせた。


「さあジェシカ。そろそろ行こうか。捜査官、君も一緒に来るかね?」


 顎鬚の捜査官は苦しげにそれに答えた。


「いいや……ここでお前の悪事を見物させてもらうよ」 


 見ると顎鬚の捜査官の横腹が血で汚れ、床に少し血だまりが出来ていた。

 私はロイ・ミュラーが掴んだ手を振り解こうとしてもがいたが、後ろから腕で首を絞められた。クソッ! この手錠さえなければ。ブレスレットさえあれば、こんな手錠はすぐに外せるのに。


「放せ! こいつとの話がまだ終わってないんだ!」


 顎鬚の捜査官はそれに答えるように叫んだ。


「コイルは第一世代アニマノイドの能力を全て受け継いだ《ディメンション・バランサー》だ! 必ず守ってやれ!」


 ディメンション・バランサー? 次元の均衡を取る者?

 するとロイ・ミュラーの腕がかすかに震え、怯えたように言った。


「この宙域にディメンション・バランサーがいるわけがない! そうだとも! 奴等は我々がすべて排除した! 我々神の裁きによってだ! この銀河で……この宇宙では我々が神なのだ!」


 私は言葉を振り絞った。


「思い出したよ……貴様……プロジェクト……」


――ほら、ジェシカ。ここに丸を合わせて……。そうだ。その調子だ。


 確かにそうだ! こいつ、あの夢に出てくる男だ!


「今頃思い出しましたか? あの頃の君は素直でいい子だった。今回も君の能力を期待しているよ?」 

「放せ! 放せーっ!」


 どこからともなく黒テンガロンハットの男が現れ、私の目の前に立った。

 私は男の顔に唾を吹きかけた。男は私の唾を拭い、それを舐めながら言った。


「頼むから昔のジェシカに戻ってくれよ。の背中を追っていた、昔のジェシカちゃんによ!」


 男の拳が私のみぞおちにめり込んだ。

 気を失うのはいいさ。だけど、もうあの夢を見るのはごめんだからな。

 頼むよ、私。

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