目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話 ヴァーネット教団の野望

 どうやら例の夢は見ずに済んだらしい。

 目が覚めるとそこは、さっき居た部屋をただ大きくしたような殺風景な場所だった。目の前は全面ガラス張りで、先ほど見ていた光景と同じだ。

 私はコックピットのような椅子に座らされ、その周りには何かの装置らしきものが置いてある。そこから無数のコードが伸びていて、目の前にはいくつもの浮遊モニターが展開している。モニター内にはP・O・Sと書かれたロゴと重なるようにクジラの絵が表示されていた。これはルーシェの艦で表示されるものと同じだな。

 ロイ・ミュラーは私の前に立ち、蔑んだような目を向けた。


「彼が手荒な真似をして悪かったね。しかし君は今後、彼の玩具になるだろうから後で思う存分慰めてもらいなさい」

「何を偉そうに。それで、私に何をさせる気だ?」


 その時、ガラスの向こうにあの戦艦が横切った。まるで水族館にいる巨大な魚を見ているかのようだ。よく見ると確かにルーシェとは違う感じがする。船体の至る所に分厚い鉄板が帯状に張り付けてあり、それを乱雑に杭で止めてある為に拘束具のように見える。


「君にあれを動かしてもらいたいのだよ」

「もう動いてるじゃないか」

「あれは言わば宇宙を彷徨さまよ亡霊ファントム。我々はあの戦艦に秘められた力が欲しいのだ。たった五隻でアルタイル星系を血の海にした、その力をね」


 たしかに、人を埃のように吹き飛ばす力があるとルーシェ言っていた。臆病でリニアカノンも撃てないルーシェからは想像もできないが。

 ロイ・ミュラーは私の頭に、あのスーツケースの中身を被せた。これは音楽を聴くための物ではなく、あの戦艦を操る物だったのか。私に運ばせれば別々に手配する手間も無く、一石二鳥になる。あのテンガロンハット野郎……。

 しかしこの装置はともかく、私にそんな能力があるとは思えないのだが。

 そしてロイ・ミュラーは両手を宙に広げた。


「我々、《ヴァーネット教団》の本当の計画は、今まさに始まろうとしている!」


 ヴァーネット教団? 計画? 一体何を言っている⁉

 ロイ・ミュラーが装置のスイッチを入れた瞬間、私の頭の中に衝撃が走った。


「うわぁぁ!」

「辛いかね? 苦しいかね? あの亡霊とファントム・オーバーテイク・システムで一体化すれば、じきにそれも治まるだろう。その後のことは保証しないがね」


 ロイ・ミュラーは苦しむ私を一瞥し、巨大なガラスの前に立った。


「ジェシカ。これは慈悲なのだよ。神が旧天の川銀河系に下す鉄槌なのだ」

「旧天の川銀河系に鉄槌だと? 何の裁きだ? 何が始まる?」

「銀河における全ての星の再生だよ。リーファ王にもそれを告げ、しかるべき惑星に住民の移住を勧めたのだが、一蹴されたよ。邪教だの、カルトだの、妄想だの言われてね。神の言葉を聞き入れ、素直に我々の用意した箱舟の乗れば良かったものを……。隷属れいぞくに落ちるのはお気に召さなかったようだ」


 全ての星の再生? 

 銀河系にある全ての星となると、約二千億以上になる。再生とは何を指すものなのかは理解できないが、こいつが狂ってることは確かだろう。


「我々の世界と同じ星々は……要らぬのだよ。さあジェシカ、奴と繋がりたまえ」


 くそっ! 頭をかき回されて、私の方も気が狂いそうだ!

 瞬間、その苦しみが解放され、目の前に幼い日の光景が広がった。

 そうだこの感覚。これをすることが、一番楽しかったんだ。

 あの時もそうやって、辛い苦しみから解放されたじゃないか。


 私、今まで何をしていたのかな。何を悩んでいたんだろう。

 そうだ、お髭のおじさんにここに連れてきてもらって……それから……。

 楽しい! ここすごく楽しい! 優しい友達がいっぱい。

 大人も誉めてくれる。美味しい食事もある。暖かくて柔らかいベッドも。

 楽しくて、優しくて、柔らかくて、安心して……私はずっとここに居たい!

 声が聞こえる。

 そうだ、言うとおりにしていれば、私はずっとここに居られるんだ。

 もう寂しい思いをしなくて済む。

 邪魔って言われることも、食事を取り上げられることもない!

 ここは私が居てもいい場所なんだ!


――簡単だよジェシカ。目標に丸を合わせて……。


 あの言葉が聞こえた。うん。私、やってみるよ。あの時と同じだもん。

 簡単だよ。


「消えろ」


 光の線がいっぱい。星に向かってる。綺麗。 


「あはっ! 私、やったよ! ねえ誉めてよ! あの子みたいに私を誉めて!」 


 おかしくてたまらない! ここに居られる! ずっとここに居られる! 

 ねえそうでしょ⁉ 

 ずっとずっと膝を抱えて、寂しさに耐えるなんて馬鹿みたい!

 これが私の望んでいたもの! 私は必要とされてる!

 そうだよ。人をたくさん殺せば私は生きていけるの!

 おかしくてたまらないよ! だからこの場所を取り上げないで!


 どうして? どうして邪魔をするの⁉

 どうしてあのクジラさんは光を消しちゃうの⁉


『ジェ……ジェシカさん……駄目です……亡霊に魂を渡しちゃ……』

「どうして意地悪するの⁉ あなた誰⁉ ちゃんとやらないと私の居場所が無くなっちゃう! お願いだから邪魔しないで!」

『僕とあなたはよく似ている……よく似ているから解りますよ』

「消えろ! 消えろ!」


 私はあのクジラを消す! 消す! 消して私の居場所を守るんだ!

 丸を合わせて消えろって思えば消えるんだ!

 また? なんで私の邪魔をするの? なんで光りを消しちゃうの?


『あの星に居る全ての命が消えて、僕達の生きている意味が解るのなら……僕は喜んであの星を消しましょう。でも本当にそれでいいのですか?』

「そんなの知らない! もう寂しいのは嫌なの! みんなにバイバイするのは嫌なの!」

『判りました。リーファに居る全ての命を消し去ります。あの少年の命もね』 

「あの少年?」 


――無理してんのな……お前。

――いつかこの船で、ラピッド・キャットって奴みたいにさ

――色々な所へ行ってみたいんだ。


 誰? 誰なの? この男の子……。嫌だ。そんなの嫌。

 この子が消えちゃうのは嫌だ!


「ジェシカー!」


 私はその声で我に返った。声のする方を見てみると、そこにはコイルがいた。

 私は慌ててルーシェに命じる。


「止めろ! 撃つな!」

『あはっ。僕がそんな事するわけがないでしょ? でも良かった、いつものジェシカ艦長に戻ったみたいですね!』


 ロイ・ミュラーを見ると、ルーシェの姿を見て驚いているようだ。


「馬鹿な! 同型艦が攻撃を防いだ、だと⁉ あの亡霊がもう一隻いたとは!」


 その時ブラスターの発射音がホールに響き、ロイ・ミュラーは肩を撃たれて吹き飛ばされた。


「残念だったな。お前の悪事はここまでだ」


 コイルの後ろには顎鬚の保安官が立っていて、ブラスターガンを構えていた。

 ロイ・ミュラーは苦しそうに言った。


「ただの捜査官の分際で……神の私に銃を向けるとは!」

「何が神だよ。この子のおかげで《天秤の傾き》が変わった。お前はもう、何も変えられやしない」

「アニマノイド……⁉ まさか! その子供がディメンション・バランサー!」


 コイルはゆっくりと私に近づき、腕についている手錠に手をかざした。錠が外れる音がかすかにする。そうか。私はコイルを守っていたわけじゃなかった。逆に守られていたのかもしれない。

 コイルは私に抱きつき、私もそれに応えた。


「フレイアは無事か?」

「うん。宇宙船がいっぱい止まってる所にいるよ。ジェシカも早く行こう」 

「ねえコイル。地球で私の船に付けられてた電磁ロック。外したのはあんたでしょ?」

「うん。よく分らないけど、ジェシカが邪魔そうにしてたから……」

「マルスの所でポセイドン号のエンジンを直したのも」

「うん。黙っててごめんね。でもね、ディメンション何とかって言われても私解らないんだ」 


 私はコイルをそっと抱きしめて言った。


「解らなくていいよ。私だって、何の事だかさっぱりだからさ」


 その時、再びブラスターガンの発射音が聞こえた。

 発射音を手繰ると、そこにはテンガロンハットの男が立っていた。

 顎鬚の捜査官が叫んだ。


「ジェシカ!」


 ブラスターガンを私に投げ、その体は後ろに倒れゆく。

 くそっ! 奴に撃たれたのか!

 顎鬚の捜査官の顔は何故か少し、笑っているように見えた。


――おじちゃんバイバイ! あ、おじちゃんの名前は?

――俺か? 俺は……。


 私はその名を叫んだ。


「クリフ!」


 彼の名はクリフ・スティングレイだ。

 床を滑ってきたブラスターガンを取り、コイルを抱えたままテンガロンハットの男に銃口を向け、引き金を引く。弾はテンガロンハットに命中し、頭をぶち抜いた。

 私とコイルは慌てて顎鬚の捜査官、クリフのもとへ走った。途中、ロイ・ミュラーが肩を押さえてガラスにもたれ掛かっていたが、そんなことはどうでもいい。

 私はクリフを抱えて声をかけた。


「クリフ。なぜ今まで何も言わなかった? あんたは私に……」

「ちっ、俺のことまで思い出しやがって。ラミュー星でカマをかけてみた時、もしかしたらと思っていたが……すまない」

「なぜお前が謝る⁉」

「お前を月へ連れて行ったのはこの俺だ……言えるわけがねえだろ。中途半端な記憶洗浄を受けさせたのも……俺だしな」

「もういい……済んだことだ」

「しかし、お前がコイルを連れ出すとは……夢にも思わなかったぜ。お前、あのシスターに……どこへ行けと言われた?」

「ベルリウス星だ」

「あいつめ……元相棒の俺にまで黙っていやがったのか。そこが《天秤の支点》だ。コイルを連れてそこへ急げ……」

「天秤の支点? いったい何のことだ⁉」

「行けば……解る」 


 そしてクリフは私の胸倉を掴んで言った。


「銀河連邦惑星保安法第二十一条第三項。惑星警備官の任命……。これにより、ジェシカ・リッケンバッカーを……ピースメーカー、特務惑星警備官に任命する。ただし、十分後には解任だ。その十分間で……法の下に……奴を裁け」


 クリフは胸のポケットから星のバッジを取り出し、言った。


「これに手を当てて……拝命しろ」


 私は言われた通りにバッジに手を当てた。


「なあ……ジェシカ……勉強して……少しは賢くなったか?」

「ああ……」

「あれから……友達は……たくさん出来たか?」

「あんたのおかげでな……ありがとう。クリフ」

「へっ……そいつは良かった。……もうお前は、寂しく……ないよな? もう危険なものを……運ぶ心配はねえからな」


 クリフは私の頭に手を乗せ、宙を見つめたような目で息を引き取った。

 コイルはロイ・ミュラーを指さして叫んだ。


「また……星が歪んだ! マルスお爺ちゃんの時みたいに! あの人のせいで!」


 私はバッジを胸に付け、ロイ・ミュラーに歩み寄った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?