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第14話 リングからの脱出

 私はブラスターガンの銃口をロイ・ミュラーに向けた。

 奴はガラスに持たれて座り込んでいる。


「死刑を執行する前に、あんたに聞きたいことがある」

「何かね?」

「お前はさっき、我々の世界と同じ星々は要らない……そう言ったな?」

「ああ……確かに言った」

「どういう意味だ?」


 ロイ・ミュラーは少し体を起こし、私を見据えながら答えた。


「言葉通りだな」

「違う宇宙から来た。そんなくだらない、お伽噺のようなことか?」

「そうだ。……ふっ。それを知ったところで、この世界の住人は何も出来やしまい。ヴァーネット教団の壮大な計画は、天の川銀河全域で……もう既に始まっているのだから」


 銀河の再生ってやつか。

 ロイ・ミュラーは口角を上げ、更に続けた。 


「出来ないと思っているのかね? ならばその目で確かめてみるといい。ジェシカ……私と一緒に来る気はないか?」

「決まり文句だな。冗談じゃない。誰があんたとなんか手を組むか」

「だろうな。野良猫と亡霊はなかなか手懐けられるものではないからな」


 そう言うと懐から小さなカードを取り出し、指でそれをそっと撫でた。


「ならば解放しよう。お前も、そしてあの亡霊も」


 ガラスの向こうから、オーンっという遠吠えを甲高くしたような声が聞こえた。真空の宇宙では音が伝わらないはずだ。しかし、確かにガラスの外から声が聞こえている。その時、ルーシェから通信が入った。


『ジェシカ艦長! あいつがまた動き出しました! このままだと……攻撃は僕が防ぎます! ジェシカ艦長もコイルさんも早くそこから逃げてください!』


 甲高い声の主は、やはりあの亡霊か。


「あと一つ、お前に教えてやろう。 ヴァーネット教団を率いているのは、お前がよく知る人物だよ」

「……誰だ?」

「セイビアーズチルドレンで、お前よりも高得点を取り続けた、あの少年だよ」


――高得点を取れるコツ? 僕が教えてあげるよ。僕の言うとおりにしてごらんよ。

――あははっ! 君、何言ってんの? 君が消していたのは地球にいる人間達だよ!

――君のせいで何人もの人間が死んだ! このモニターを見てごらんよ! ほら!

――人がたくさん死んでる! 全部君のせいさ! おめでとう! 僕の負けだよ!

――こんな点数、僕には取れない! さすがにここまでは出来ないよ! 


 あいつか。名前は思い出せないが、顔は思い出せる。

 何も知らない私に高出力広域レーザーを解放させ、地球にいる人々をより多く殺させた。それが世界大戦になるきっかけだ。私に掛けられた呪いだ。そうか。あいつがヴァーネット教団って組織のボスか。ヴァーネット……確かルーシェはヴァーネット社という謎の組織が造った戦艦。何か関係があるのだろうか。

 私はロイ・ミュラーの頭部にブラスターガンの照準を合わせた。


「教えてくれてありがとう」

「礼には及ばん。彼の存在を知ったところで、お前には何も出来ぬからな」

「その礼じゃない。ターゲットに照準を合わせて消えろと念じる。人殺しの簡単さを教えてくれたのはお前だ」


 私はロイ・ミュラーの引きつった顔に向けて言い放った。


「消えろ」


 エネルギー弾はロイ・ミュラーの頭部を貫通し、後ろのガラスにヒビが入る。


「簡単だよ。あの頃みたいに私を誉めてよ……ロイ・ミュラー……」


 死んだに決まってる。しかし私は奴の心臓をめがけてもう一発放った。

 貫通したエネルギー弾が、後ろにあるガラスを粉々に砕いた。

 すぐに防護シャッターが下り、外の風景はモニター映像に切り替わった。


 振り返ると、コイルがクリフの傷口に手を当てていた。


「コイル。もう無理だよ。人間は電磁ロックやエンジンとは違う」

「死んじゃった人は治せない! だけど! この人は死んじゃいけない人だったんだよ!」

「……そうだな」


 私は胸に付けていた星のバッジを外し、クリフの胸に置いた。

 確かに、私を月の施設へ連れて行ったのはこの男だ。

 でも、誰がこの男を責められる? この男が死ぬ必要がどこにあった?


「コイル、行こう」


 私はコイルの手を握り、そこから去った。



 私達は近くに停めてあったエレバスに乗り、宇宙船停泊区画に到着した。

 そこには、関係者が乗り捨てていった高級な宇宙船が何隻か泊まっている。

 ちょうどいい。ここにある船で脱出するか。

 しかし、ここで待っているはずのフレイアがいない。


「コイル、フレイアは⁉」

「たしかあの船の陰に隠れてるように言ったんだけど……」

「遅かったな。フレイアならここだぜ?」


 そこにはフレイアの頭にブラスターガンを突きつけている、あのテンガロンハットの男がいた。奴は死んだはずじゃなかったのか⁉ 頭部を撃ち抜いた手応えは確かにあったはずだ!


「そんなに驚くなよ。お前がったのは俺そっくりのアンドロイドさ」

「……フレイアを人質に取って、何が目的?」


 テンガロンの男は気色の悪い、やらしい笑い顔を向けてくる。


「お前、自分の能力を知っているか?」

「何のことだ?」

「あの頃、俺はお前のファンでね。データベースに侵入してデータを全部盗み見たわけさ。身長体重、ありとあらゆるものをね。お前の身に着けていたものを嗅ぎながら……あぁ、俺も年頃だったからなぁ。ククッ」

「だから私の写真を持っていたのか。変態だな」


 テンガロンの男はフレイアの頭に、更に強く銃口を突きつけて叫んだ。


「だよなぁ! その変態のおかげで面白いことが判ったんだよ!」

「なんだ?」

「俺達があそこでやっていたあのゲーム。あれはP・O・Sを応用した遠隔攻撃システム。お前はそのシンクロ値が誰よりも高かった。高いってものじゃない。異常値だよ。攻撃をミスってトップを取れなかったのは、システムの方がその反応に追い付けなかったからさ」

「だからどうだっていうんだ?」

「俺はお前の能力が欲しいんだよ。フレイアと交換だ。銃を捨ててこっちへ来い」


 私はブラスターガンを捨て、両手を上げた。

 まあいい。頃合いを見計らって逃げればいいだけの話だ。    

 私は心配そうなコイルに声をかけた。


「私があの男の元へ行ったら、フレイアと一緒に宇宙船へ乗り込んでじっとしていろ」

「でもジェシカは?」

「心配するな。あんな男に、簡単に利用されてたまるか」


 その時、停泊区画のハッチが開いて一隻の宇宙船が飛び込んできた。

 私のポセイドン号と同型船。ライルの船だ!

 しかし操縦が未熟な為か、機体が何度か地面にバウンドして止まった。

 テンガロンの男は驚いたようにライルの船を見ている。チャンスだ。

 私はブラスターガンを拾って叫んだ。


「フレイア! 屈んで!」


 私は地面にダイブするようにしながらテンガロンハットの男の頭部を狙い、フレイアが屈むのを待つ。

 よし、今だ! 地面にヘッドスライディングする寸前に引き金を引く。

 狙いが甘かったか。弾はテンガロンの男の頬をかすめただけだった。しかし私は起き上がって駆け、よろよろと後退る男の腹をめがけて蹴りを放った。そして顔にブラスターガンを叩きつけて、相手を倒した。仰向けに倒れたテンガロンの男の右肩を踏み、銃口を突きつけた。


「フレイアお姫様と私のようなただの運び屋。取引にしちゃ、割が合わないだろ」

「あんな女より、お前の方が価値があるんだよ……。シンクロ率が高いってことは、あっちの方も……ふふふっ」


 私は黙って引き金を引いた。

 最後まで気色の悪い男だ。結局、こいつは顔も名前も思い出せなかったな。

 フレイアは手探りした後、私の腕に触れると優しく微笑む。


「ありがとう。インターステラ・トランスポーターさん」 

「礼を言うなら依頼を遂行した後だ。それより、そのインターステラ・トランスポーターさんていうのはやめてくれ。ジェシカでいいよ」


 そしてライルが私達の前まで来て、キャスケット帽を被り直しながら言った。


「ジェシカ。迎えに来たぜ」

「リーファ宙域は今戦闘中でしょ⁉ 何危ないことしてんのよ!」

「いや、だってほら。迎えに行くからってお前と約束したしさ」

「……まったく。けど、どうやってここまで来られた?」

「あのルーシェって奴が引き付けてくれたんだ。あいつ今、体を張ってリーファを守ってるんだ」


 そんな無茶なことを……。何が彼をそうさせるんだろう。

 守る義務も、何もないのに。

 私はみんなに言った。 


「とにかく、ここは離れよう。全員船に乗り込め!」


 私達はライルの船に乗り込み、リングを後にした。

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