リングから宇宙空間へ出ると、すぐにルーシェと
周りには二百メートル級の護衛艦らしき船が四隻。巨大戦艦同士の戦いを周りで見守っているような感じだ。戦いと言ってもルーシェは何も攻撃せず、ただ亡霊から放たれているリニアカノンやレーザーを体で受け止めているだけだ。
私は操縦席からライルに話しかけた。
「いい船だね。エンジンもいい調子だ」
「だろ? って俺の船ってこんなに速度が出るのかよ⁉」
「このタイプの無限潜航エンジンは、高回転ギルフレーム型だよ。目いっぱい回してやらないと加速しないんだ」
「へぇ~、詳しいんだな」
「え⁉ あ、いや、あの……し、親戚のおじさんが同じ船に乗っていたから……」
私は戦域から大きく距離を取って、ルーシェと通信をした。
「ルーシェ、大丈夫か⁉」
『はい、ジェシカ艦長。この程度の攻撃なら耐えられますけど、武装を全開放されたら防ぐ自信はありません。まだ本気を出してないって感じですね』
「ルーシェ、すまない……」
『あはっ。別にジェシカ艦長のせいではないですよ。僕が勝手にやってることです。まぁ疑似的に船体へ神経接続をしているので、痛いと言えば痛いですけど。こんなのは平気です』
言ってしまえば何の関係も無いリーファを守る為に、なぜそこまで体を張る必要があるんだ。お前は身を挺して、何を守ろうとしているんだ。
問題は、この先どうするかだ。このままルーシェと合流し、この宙域を離脱したところでリーファが攻撃を受けることになる。かといって、このまま安全にリーファへ降りることもできないし、それでは無意味だ。ルーシェには悪いが、奴と戦うことになるだろう。
それにしてもリーファの軍はどうしたんだ? 迎撃する為の戦艦などは一隻も上がってこない。私はフレイアにそのことを尋ねた。
「フレイア。この惑星を防衛する軍隊はあるんでしょ?」
「ええ。侵略を防ぐだけの軍隊は保有しています」
「じゃあなぜ宇宙へ上がってこない⁉」
その問いに、ライルが答えた。
「あのルーシェって奴が宇宙へ上がる前に、軍艦を止めたんだ。もし攻撃するのなら、僕はリーファを消しますって。そりゃもう山をひとつ、吹き飛ばすくらいの勢いでビームを空へ向けて撃ってさ」
ひょっとしてルーシェは……。
「ルーシェ。あんた、リーファの全ての命を救おうとしてるのか? 命という命、全て」
『はい。誰ひとり殺させません。リーファの有人艦で迎撃に向かえば、乗組員は必ず死にます。でも、僕がここで防いでいれば、誰も死ぬことはないでしょう。リーファにも被害が及ぶことはありません』
「そう言ってあんたは何も攻撃していないじゃないか! ずっとこのままというわけにも……」
『僕の意志でしている事です。だから僕の命が尽きるまで、全ての命を守ります。あなたが指示を出さない限り』
そうか。そういうことか。
艦長の命令なら聞くということか。変に軍艦ぶりやがって。
それなら私は許さない。そんなこと、私は断じて許さないぞ!
「ルーシェ。今すぐここへ来い」
『はい! ジェシカ艦長!』
ルーシェは無限潜航を開始し、十秒ほどで私達の船の横へ浮上した。亡霊はルーシェが浮上する位置をあらかじめ察知していたようで、すぐに船首をこちらに向けていた。いくら何でも反応が早すぎる。亜空間での敵の動きも分かるというのか。
ライルの船を格納し終わると、私はライルに言った。
「私達が敵を引き付けている間にリーファに戻って」
「まさかお前、これに乗って戦う気じゃ……」
私はその問いには答えず、その頬に軽くキスをした。
「……いい? このエンジンは目いっぱい回すんだ。思いきりだよ?」
「……って、おいジェシカ!」
私は急いでライルの船を降り、操舵室へ向かった。
コイルも黙って私の後を追う。
「コイル。別にお前は付いて来なくてもいいんだぞ?」
コイルは明るい声で言った。
「それって、ついて来るなってことじゃないでしょ? それに私もルーシェをほっとけないもん」
「そうだな。あの子には私達が付いていないとね」
『あの……もうしっかりと直接聞こえてますから……。そんなに頼りないですかね、僕』
私はキャプテンシートに座り、操舵室中央に浮かんでいる全方位モニターを睨んだ。
ライルの船はかなり戦域を迂回し、リーファの大気圏に入ったようだ。だけど私達がリーファを守らなければ、彼も……。
例の亡霊はこちらの様子を伺っている。護衛艦も同様に、亡霊の左右に二隻ずつピタリと付けている。今はリーファを攻撃するより、こちらを先に始末した方がいいと踏んだか。
「コイル。サーチャーズシートに座れ。ルーシェ、まず護衛艦のスペックを教えろ」
「はい。スナップハント社製イプシロン級護衛艦。全長二百メートル。武装は二十ミリ第四世代レイルカノン二門、十七ミリスピナーレーザー四基、光子魚雷二基、艦載機無し」
「あの亡霊は?」
『あの
ルーシェは口ごもったその時、あの亡霊がこちらに突進してきた。
こちらの船体に当たる寸前で九十度船首を右に向け、左にある長い翼を艦の鼻先へ薙ぐように当てた。艦は衝撃を受け、船首が少し左を向く。三百メートル級の戦艦のくせに、なんて速さだ!
「なんだ⁉ 格闘戦か? 戦艦でこんなのありなのか⁉」
『僕等は元々クジラなんですよ。あれが本来の戦い方です。さっきから彼は僕を舐めてるようですね。今の攻撃も、翼に高振動粒子を発生させれば……船体は完全に裂けていましたよ。事前にフィールドを張れば防ぐことはできますけど』
亡霊はぐるりと輪を描くようにしながら、また元の場所へと戻った。
たしかに、舐めてる感じではある。あんなのが本気を出したら……。
「ルーシェ。私達に勝ち目はあるのか?」
『わかりません。僕はまだ仲間同士で戦ったことが無いので……。ただ、惑星を破壊するだけの兵装は有しています』
戦う気が無いなら、勝ち目はないか。
ルーシェは私にそっと言った。
『ジェシカ艦長、P・O・Sを使ってみますか? それ以外に勝つ見込みはなさそうです』
「この艦のか? しかしどうやって」
『操舵室の座席にはP・O・Sのテスト用コンソールがあります。予備回線の為に信号の受け渡しは小さいですが、ドライバを改変すれば理論値で100%シンクロが可能です。けど……』
『けど……なんだ?』
「ヴァーネットフィールドという仮想空間でお互いの持つニューロンを再度形成して結合します。でもそれに耐えられなくなると実態である脳は崩壊し、お互いの命はないです』
「それがP・O・Sの正体か。面白い。やってみよう」
コイルは振り返って私の顔を見た後、悪戯っぽい笑いを浮かべながら言った。
「じゃ私もー」
「これは遊びじゃない。それに私に万が一のことがあったら……あんたひとりでも、ベルリウス星へ行け」
「え? ベルリウス星? それってどこの星?」
そうか。コイルにはまだ行き先を告げてなかったか。あのシスターでさえ。
コイルは正面を向いて私から視線を外し、怒ったように言った。
「私もう決めたんだよ。ジェシカと一緒にどこまでも行くって。だからルーシェ、私もピー何とかっていうのをやってよね? やらなかったら絶交だからね!」
『ぜ、絶交⁉ どうしましょうジェシカ艦長。絶交は僕、嫌です!』
そういう問題じゃないだろう? まったく、この子達は……。
しかし私やルーシェに万が一の事があったら、コイルだってベルリウス星へ向かう手段を失ってしまう。それどころか命も危ういだろう。クリフは天秤の支点であるベルリウス星にコイルを連れて行けと言った。あのシスターもそうだ。ヴァーネット教団とやらの野望を防ぐには、私がコイルをそこまで連れていく必要がる。
……そうだな。一蓮托生か。
「よし、ルーシェ。私とコイルをP・O・Sで繋げ」
『わかりました。今ちょうどドライバを改変し終わった所です。専用コンソールの中央にある、オレンジ色の光をしばらく見つめていてください』
目の前のパネルが左右に分かれ、コンソールがせり出してくる。
確かに中央にオレンジ色の光が見える。
『ひとつ警告しておきます。シンクロした相手の記憶は絶対に触れないようにしてください。たぶん僕の記憶は人間には耐えられないものだと思います。では行きますよ!』