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第16話 P・O・S/シンクロナイズ<後編>

 なんだろう。まるで海の中にいるみたいな気分だ。

 泡の弾ける音。海流に漂う体。そうだ、これは完全に海の中だ。

 しばらくすると、何頭ものクジラの群れに混じって自分も泳いでいることに気づく。

 そして隣にいる大きなクジラに話しかけた。


『なんで大人達は違う生き物まで救うの?』

『なんでって、弱い者をいじめる奴は許せねえからだよ。まぁ……頭にくるってことだ』

『うん。弱い者いじめはいけないことだよね……』

『お前は身に染みて感じているだろうさ。あの白黒野郎どもに追っかけ回されて、尾に傷も残ってるしな。お前も大人になったら、自分より小さくて弱い者を守ってやれ。どんな遠くに居ても、必ず守ってやるんだぞ』


 クジラがここまでの会話をするわけがない。

 これはルーシェの記憶からイメージする、擬人的な感情か。

 頭の中が一瞬ジリっと電気が走ったような感覚になり、今度は少年達に囲まれている気分になった。


「お前、アニマノイドだろ? 服脱げよ。俺達人間と同じかどうか調べてやるからさ」

「や……やだ! こっちに来ないで!」


 これはコイルの記憶か。


「アニマノイドに人権なんてねーんだよ! おい、みんなで押さえつけて脱がそうぜ!」

「いや! 放して! 放してよ! あ! ……神様の光が来る! そこから離れないとみんな死んじゃう! 神様の光で!」

「裸を見るだけで死ぬわけねーだろ! なんだ、お前も肌は動物みたいに毛だらけじゃねーんだな。下着も脱がせてみるか。まあ最初からそのつもりだったけどな!」

「色々終わったらさ……また殺そうぜ? アニマノイドなんて野良猫と一緒なんだしさ。誰も文句言わねえよ」

「やめて! やめてよぉ! いやぁぁ! 神様ぁ!」    

「さっきから神様神様って、何言ってんだよお前……は……」


 少年達は空から照射されたレーザーに撃ち抜かれた。その体はあっという間に蒸発し、髪の毛一本たりとも残らない。そうか、これが月の裏側にいた私達の放った、セイビアーズサンダー。救世主のいかずちか。本来の目標であるアニマノイドのコイルを狙えず、人間を撃ち殺した。誰だか知らないけど感謝するよ……結果的にコイルを救ったんだから。神様の光、か。


「あぁ……神様。宇宙にいる神様が私を救ってくれたんだ。ありがとう……ありがとうございます」 



「ジェシカ艦長……ジェシカ艦長!」  


 その声で目を開けると、そこはブルー掛かった空間がどこまでも広がっている世界だった。その幻想的な空間で、私とコイル、そして見知らぬ少年の三人が裸で抱き合っている状態で宙に浮いている。


「僕の記憶を少し触りましたね? あれ以上は触らないでください。戦争の記憶がありますので」


 そう言って微笑んだ少年は、少し長めの金髪をふわふわと揺らした。鼻筋の通った、典型的な美少年タイプだ。コイルより少しだけ年上な感じだな。コイルは頬を赤く染め、ぼーっとした表情でその少年を見ている。

 私は体を離し、その少年に訊ねた。


「あんた、ルーシェか?」

「はい。あ、この姿は前の《コネクター》が描いたイメージですのでお気になさらずに。それより、前段階はこれで成功です。ここから徐々に意識を仮想空間から元の空間へ戻していきます」

「しかし……なんで私達は裸なんだ?」

「べ、別に僕が見たいからこうなったわけじゃないですよ? 視覚イメージを全て排除しているからです。光を目で受けて脳でイメージを構築しているわけではないので、ここでは本来あるべき姿しかお互いの情報は得られません」

「シンクロは成功したということだな?」

「一応は。一度シンクロしてしまえば、次からはもっと早く、安全にシンクロすることができます。あとは、ここからシンクロ率をどこまで上げられるか……ってコイルさん? どうしたんですか? 赤くなって」

「うるさいナー! こっち見ないでよ!」


 コイルは上と下を隠し、後ろを向いた。

 男の子に見られて恥ずかしいのは解るが、尻尾もめいっぱい上がってるし、それだとおしりが丸見えなんだけどね。

 ルーシェはきょとんとした顔で答えた。


「あ、はい。わかりました。もうすぐ元の空間に意識が戻ります。ふふっ、この過程で一千分の一秒ですよ。この会話も一千分の一秒の狭間にあります」


 一瞬だけ頭の中が急に重くなり、徐々にそれが軽くなる。

 私達は再び現実の世界へと戻った。

 ふたりがまだ近くに存在しているようで、少々気味が悪いが安心感もある妙な気分だ。


『とりあえずこの艦の情報を共有します。操作の役割は競合が起きないように、パーテーションで区切りました。僕が操舵担当でジェシカ艦長は兵器担当、コイルさんは通信とサーチです。お二人は僕の足りない器官を補ってくれる特殊な能力の持ち主。誰も代われません。全権はもちろんジェシカ艦長です』


 私は瞬時にこの艦の情報を理解した。

 この艦はヴァーネットフィールドを全方位に展開し、その中で活動する。ヴァーネットフィールドとはワード鉱石から発せられるふたつのヴァーネット粒子を密度の濃い状態で散布し続け、その力を借りて船を動かす。例の遠吠えの様な声も、さっきの素早い格闘攻撃もその粒子の力が生み出したものだ。無限潜航やヴォルテックス・ドライブはヴァーネット粒子を内部で圧縮し、そのエネルギー反応を利用する。大まかな仕組みは解ったが、これ以上情報を探ると頭が痛くなりそうだ。


「よし! ヴァーネットフィールド展開!」


 一瞬だけ艦内に鈍い音が響き、粒子が広がっていく感覚が体に伝わる。

 この広い宇宙全てに手が届くような気分だ。

 突然、コイルは驚いたように叫んだ。


「ジェシカ! あの大きい子の周りにいる船!」

「どうした?」

「人がいっぱい乗ってるけど……やっぱり魂が見えない、モノだよ。上手く言えないけど」

「トイレで見た、あの男と同じか?」

「うん……。あのロイ・ミュラーって人もそうだったよ」


 どういうことだ? 人であって人でない、ということか。


『でしょうね。さっき透過スキャンした時に何か変な感じがしましたから。僕も上手く言えないけど』

「ヴァーネット教団……違う世界から来た人間だから? っていうか、何がでしょうね、だよ。勝手に人の考えを覗くな」

『完全には覗けませんよ! 今のは何となくそう思ってるかなーっていう程度です!』


 いきなりコイルが立ち上がり、ルーシェに向かって叫んだ。


「私の考えは絶対に覗かないでよ⁉ いい⁉ 絶対だからね!」


 何を怒ってるんだ? 

 その時、また例の遠吠えが艦内まで響き、その後に野太い声が聞こえてきた。


『ルーシェ。久しぶりだな。六百年後にこんな所でお前に会えるとは思わなかったよ』


 ルーシェはその声に答えた。


『ビス。久しぶりですね。会話ができるなら聞いてください。もう戦いは終わりにしましょう。君がここで僕と戦う意味なんて無いんだから』

『確かにお前と戦う意味はない。だがな、俺は人を殺したくてたまらねえんだよ。もう一度、あの時のように人を殺したくて……ウズウズしてんだよ』


 コイルが目の前の浮遊モニターを見ながら叫んだ。


「大きい子の周りにいる船から何か撃つ感じがする! 筒みたいな感じの!」


 光子魚雷か⁉

 私は神経を集中し、空間を探った。

 確かに光子魚雷が八発、護衛艦から発射される瞬間だった。


「サーチレーザー用意!」


 艦から十六個の球体が射出され、辺りに漂うように配置される。

 私の目の前にはターゲットを表示する浮遊モニターが現れ、目視で全てのターゲットにマルチロックオンした。ルーシェとの共有データでは、敵の光子魚雷は亜光速で目標に向かって飛ぶ。その推進力を得る為に、射出した後に小型亜光速エンジンを点火する必要がある。その隙が破壊するチャンスだ。撃ち漏らして船体に当たれば、爆発どころの騒ぎではない。月くらいの衛星なら半壊するほどの威力だ。


「撃て!」


 私の掛け声で艦から十六本の光が球体に向かって発射され、その光が球体を通して目標へと向かう。

 レーザーは一瞬にして光子魚雷を破壊し、更に私は四隻の護衛艦をマルチロックオンしながらレーザーを当て続けた。

 亡霊の護衛艦は大爆発を起こし、この空間から消えた。


『ジェシカ艦長! 攻撃する時はヴァーネットフィールドをより濃く張ってください! 爆発の破片がこちらに向かってくるかもしれないので! 今回は僕がやりましたけど!』

「え……ああ、気をつけるよ。っていうか、そんなの最初に言ってくれ。戦艦での戦闘なんて初めてなんだから」

『それにしても……ジェシカ艦長、コイルさん。あなた達は一体何者ですか? 今の一連の流れでシンクロ率が87%を越えましたよ』

「ああ、昔これとよく似たをやったことがあるからな」

「私は昔ね、どこから神様の光が降ってくるか探せって言われてたから。危なそうな物を見つけるのは得意だよ!」


 その時、野太い声が再び聞こえた。


『ほう、やるじゃないか。そうかお前、ジェシカと繋がってP・O・Sを全解放したか。いい契約者を見つけたじゃないか、ルーシェ。だがお前にはもったいない。その女をよこせ』

『契約者だなんて冷たい言い方を……。元々あなたと繋がっていたコネクター、いえ、仲間はどうしたんですか?』

『ああ、俺が殺した。人間の能力は俺が取り込んでおいたがな』


 殺した、だと? こいつ、P・O・Sで繋がった人間を自分の手で殺したのか。


『ビス。P・O・Sの戦闘能力は君自身が一番よく知っているはず。コネクターが存在しない君に勝ち目はありません。もう止めましょう』

『止めるわけがないだろ? お前を倒せば、その女が手に入る。俺と同じように人殺しを楽しむような女がな』


 何を馬鹿な! 私は人殺しを楽しんだ事なんて一度もない!


『なあそうだろ? ジェシカ。俺はお前の記憶、全てに触れた。知ってるぜ? お前はあの時、もっと人殺しがしたいと願ったじゃないか』


 違う! 違う!

 強烈な目眩を感じ、私はあの嫌な薬を欲した。

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