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第39話 大好きが弾けてる!

「てゆーか、なんでカザンまでここにいるのよ?」

「ん? 休暇中なのだから、別に構わないだろう?」

「そういうことじゃなくて!」


 胡坐を組んだ足の上に、にゃんごろーをちょこんと座らせてから、ミルゥはカザンをジトッと睨みつけた。

 質問の意味が分からない、とカザンが軽く首を傾げながら答えると、ミルゥは片手でパシパシ床を叩いた。


「ソランさんとも親しくしておきながら、なんで! ちゃっかり! にゃんごろーと長老さんのお部屋にまで、お邪魔してんのよ! ふたりとも仲良くなっちゃってるのよ! 本当にお邪魔なんだよ!」

「うん? ふたりは、友の身内なのだから、親しくしてもおかしくはないだろう?」

「そういうことじゃない!」

「…………いや、正論じゃね?」

「正論なんて、どうでもいい!」


 床をパシパシ連打しながら吠えたてるミルゥに困惑しながらも、カザンはそれを表情には出さず、ただただ子ネコーを見つめている。

 部屋の端に片付けられたテーブルで、長老からお茶を振舞われていたクロウが横から口を挟むと、ミルゥはパシィッとひときわ高く床を打ち付けて吠えた。

 それから、にゃんごろーの白が多めの腹毛をもふりながら、まくし立てる。


「いつの間にか、ちゃっかりとソランさんと仲良くなって! ほぼ独り占め状態で! 部屋にまで泊めちゃったりしてさあ! その上、さらに! にゃんごろーまで毒牙にかけようなんて! 図々しくない!? 厚かましくない!?」

「別に、毒牙にはかけていないと思うが……」

「やかましい!」

「横暴……」

「カザンはさぁ、ソランさんだけを可愛がっていなさいよ!?」


 カザンの反論には噛みついたが、クロウの呟きはスルーだった。

 ミルゥは、にゃんごろーを抱いたまま、ギッとカザンを睨みつける。

 子ネコーの腹を撫でまわす手は、一見荒々しいようでいて、実は適度に優しい。


「…………そう言われても、な。にゃんごろーは確かに可愛いが。ソランは別に、可愛くはないだろう? もう、いいおとなの男ネコーなのだし」

「はぁ!? なーにを言ってるの!? 年齢も性別も関係あるか!? ネコーはみんな、可愛いでしょう!? ネコーというだけで、可愛いでしょう!? 何をしていても可愛いし、何もしていなくても可愛いでしょ!?」

「まあ、それも正論ではあるが……」


 激情を迸らせるミルゥとは対照的に、カザンの声はいつも通り、どこまでも平坦だった。視線は、ミルゥの膝上の子ネコーに注がれたままだ。

 にゃんごろーは、話の中心ネコーのひとりでありながら、話の内容はよく分かっていないようで、きょとんとした顔をしている。お腹を撫でる手が、程よく優しい感じだからか、猛っているミルゥに怯えている気配もなく、大人しくされるがままになっていた。

 カザンの目じりが、ほんのりゆるゆると緩んでいく。


「てゆーか、さ。後輩ならともかく、対等な関係でさぁ。仲のいい同性のダチを可愛がるとか、普通はないだろ? それに、そもそも、だ。ソランさんは見た目的にも、可愛い系じゃなくて、綺麗でカッコいい系のネコーだろ?」

「…………くっ。それは、そうかもしれんけど! そういう問題じゃないんだよ! ネコーの圧倒的な可愛さの前には、正論なんて、正論なんてどうでもいいんだよ! そういうことじゃないんだよ!」


 お茶を飲み終わったクロウが、また話に入って来た。ネコーの可愛さに脳を侵されて半分理性を失いつつあるミルゥを見かねてのことかもしれないし、ただ単に思った通りのことを口に出しただけかもしれなかった。

 どちらにせよ、それはミルゥ鎮静化の役には立たなかった。

 ミルゥは、猛々しくも優しいタッチでにゃんごろーの腹毛を撫で繰り回しながら、ぶるんぶるんと頭を振っている。とても荒々しい。

 クロウは横目でそれを見ながら、ため息を一つ吐き出し、人差し指の先でテーブルの上をトントンと叩いた。


「ミルゥ、これを見ろよ」

「はぁ!? 何よ!? にゃんごろーと長老さん以外に、この部屋に見るべき価値のあるものなんて……って、え? そ、それ……」


 グワァッと心の牙をむき出しにして、それでも音に釣られたのか、ミルゥはテーブルにグリンと顔を向ける。獰猛な獣顔は、テーブルの上に飾られているあるものを見つけて、シュッと人間に戻った。

 ダンボールで作ったフレームスタンドの中に飾られた画用紙。

 そこには、人間の女の顔が、クレヨンで大きく描かれていた。

 赤毛で、緑の瞳の若い女が、笑っている。

 もしや。もしや、これは――――?

 猛っていたミルゥの心の中に、優しさと嬉しさのさざ波が広がっていった。


「午後はこの部屋で、子ネコーのお絵描き教室が開催されてたらしいんだけどな。ほとんど食べ物の絵ばっかりで、人間で描いてもらえたのは、おまえだけらしいぞ? ミルゥ」

「これ、にゃん……」

「あー! にゃんごろーがかいちゃ、ミルゥしゃんのえー! なんか、しゅてきなこちょに、にゃにゃにゃにゃにゃ!?」


 何か言いかけたミルゥを遮るように、にゃんごろーのはしゃいだ声が響いた。

 ミルゥの膝から飛び降りると、フレームが飾られている人間用のテーブルへ、トトトと駆け寄り、テーブルの上にお手々の先っちょをもふっと載せる。

 フレームはちょうど、にゃんごろーの目線の先にあった。

 にゃんごろーがお昼寝をしている間に、にゃんごろーが描いた絵に魔法がかけられたようだった。

 お口を半開きにして「はわぁ」と見つめていたら、誰が魔法をかけてくれたのか、長老が教えてくれた。


「それはの、マグが作ってくれたのじゃ。それから、こっちはナナじゃな」

「あー! おリボンが、ちゅちゅみらみに、まきゃれて、きれいににゃって……。あうぅー。キュウリにトマトのおリボンれおめきゃししちゃ、みちゃい。しゅごい。しゅてき」

「包み紙を綺麗に開けた甲斐があったのー」

「うん。りょーひょーとも、にゃんごろーにょ、たきゃらもにょにしゅるぅ~。マリュりーりも、ニャニャらーらも、みんにゃ、ありあちょー……」


 ミルゥの絵が飾られたスタンドフレームの横には、クレヨンを包んでいた緑の包装紙が小さく綺麗に折りたたまれて、赤いリボンで結ばれていた。

 絵を飾ってくれたのはマグじーじで、キュウリ色の包装紙にトマト色のおリボンを結んでくれたのがナナばーばとのことだった。

 にゃんごろーは感激のあまり涙ぐみながら、二人にお礼を言った。こんなに子ネコーに喜んでもらえるとは思っていなかった二人は、上機嫌で子ネコーに微笑みを返す。

 にゃんごろーに置いてきぼりを食らった形のミルゥは、けれどそれに気づくことなく、しばらく呆然と画用紙の中で笑っている赤毛の女を眺めていた。

 じーじたちにお礼を言い終えたにゃんごろーが、ぐしゅりと鼻をすすり上げてから、ミルゥを振り返る。


「ミルゥしゃん、ミルゥしゃん」

「……………………」


 ふわぁと笑うにゃんごろーに、クイクイと手招かれて、ミルゥは声もなく子ネコーのいるテーブルへと、四つん這いの姿勢で吸い寄せられていく。手と膝に車輪でもついているのかというくらい、スムーズで素早い動きだった。


「えっとね。トマりーりに、おえきゃきしゅえっとをプレレントしちぇもらっちゃにょ。しょれれね、こりぇね。もりれ、たしゅけちぇもりゃっちゃちょきの、ミルゥしゃんをおみょいらしちぇ、かいちゃ、えにゃの。りょーるにかけちゃと、おもうんりゃけろ。……ろーきゃにゃ?」

「うん、うん! とっても上手に描けてるよ! 綺麗に可愛く描いてくれて、ありがとう! すごく嬉しい!」


 もじもじしながら、上目遣いで尋ねるにゃんごろーに、辛抱溜まらんとばかりにミルゥは飛び掛かった。そのまま、また激しく優しくもみくちゃにする。


「ミルゥ。ぬいぐるみじゃないんだから、加減しとけよ?」

「分かってるよー! そんなことー!」

「にゃはははは!」


 にゃんごろーの隣に座っていたクロウが、テーブルに頬杖をつきながら呆れたように言うと、ミルゥの叫び声が返ってきた。その手は、わしゃわしゃと忙しなく動いているが、されているにゃんごろーは楽しそうに笑っているので、言われるまでもなく力加減に問題はないのだろう。

 カザンへの憤りは、ミルゥの中からキレイサッパリ消え失せてしまったようだ。それはもう、最初からそんなものは存在していなかったとばかりに。

 こんな絵を見せられてしまっては、そうなるのも仕方がないことだ。いや、そうならざるを得ないだろう。


 だって――――。


 画用紙の中の笑顔のミルゥからは、大好きが溢れている。

 詰め込まれているのではない。

 にゃんごろーの大好きの気持ちが、弾け飛んでくるような、そんな素敵な笑顔なのだ。

 甘いソーダ水を、グラスに勢いよく注いだ時のように。

 シュワシュワ、パチパチと、大好きが弾けて飛んで、空気の中に溶け込んでいく。


「もーう、にゃんごろーってば! 大好き!」

「にゃふふふふ! うん! にゃんごろーも、ミルゥしゃん、らいしゅきー!」

「ああー! もう、どうしていいものやらー!」

「まだ、お船に来て二日目だというのに、なんだか妬けるのぅ……」


 ふたりの相思相愛っぷりに、長老が拗ねたように呟いた。

 まだまだ、子ネコーの一番は長老だと思っていたのに、思っていたよりも早く子ネコーが成長してしまいそうで、ちょっぴり複雑なようだ。

 クロウは苦笑いで、そんな長老に茶を注いでやった。ポットの中に用意されていた冷たいお茶だ。年寄り三人衆は、苦笑しつつもミルゥを羨ましそうに見ている。

 カザンだけは、にゃんごろーが幸せならばそれでいいとばかりに目元を緩ませ、ただひたすらに子ネコーを愛でていた。

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