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第41話 由緒正しきネコー語です。

 この部屋の中でただ一人だけ、『子ネコーにデレメロ軍団』団員ではない上に、ミルゥに無理やり連れてこられただけのクロウは、そろそろお暇させてもらおうと考えていた。

 保護者なだけに、そこまで子ネコーの一挙手一投足に夢中ではない長老と、子ネコーに注目しつつも周囲の確認をおろそかにしないカザンにだけ挨拶を告げ、腰を上げる。


「あー。じゃあ、俺はこの辺で、失礼します」

「おー、お疲れさん」

「ああ。お疲れ様」


 長老はちゃんとクロウの顔を見て挨拶を返してくれたが、カザンは子ネコーに釘付けのままだった。多少は呆れたが、さして気にすることもなく、クロウはその場からずらかろう……としたのだが、グイッと腕を強く引かれて尻餅をつく羽目になった。


「いって。…………なんだよ、ミルゥ?」

「クロウ、あんたさ。確か、明日は仕事、休みだったよね?」

「ああ? それが、なんだよ……って、いてて、痛いって!」


 犯人は、ミルゥだった。

 子ネコーを愛でながらも、ミルゥは掴んだクロウの手を離さなかった。逃がさないとばかりに、ギリギリと力を込める。振り払うことに失敗したクロウは、もしや休みを代わってくれと言われるのではないかと警戒しながらも、痛みを訴える。

 ミルゥの拘束が緩むことはなかったが、続く答えは予想とは違うものだった。


「クロウ。あんた、明日は、にゃんごろーのお船見学に参加しなさい。そして、カザンが必要以上ににゃんごろーと仲良くなったりしないように見張るのよ。もちろん、必要に応じて妨害すること。それから、後で見学会中のにゃんごろーの様子を逐一報告するのよ!」

「はぁ? なんで、俺がそんなこと……う、いてて、分かった! 分かったから、離せ!」


 ミルゥの横暴すぎる要望にクロウは抗議したが、承諾するまで離さないとばかりに掴んだ手に力を込められて、クロウは権力ならぬ握力に屈した。


「安心して、タダとは言わないから。報告の時に、甘いものとお茶くらいは奢ってあげる」

「お茶と菓子だけで、休暇を一日犠牲にするのかよ……。安いな、俺……」


 クロウのボヤキにミルゥは取り合わなかった。もう話は済んだとばかりに、にゃんごろーにかまい始める。


「ねえ、にゃんごろー。他にも絵を描いたんでしょ? 他のも、見せて?」

「うん! いーよ!」


 ミルゥからのお願いに、にゃんごろーが嬉しそうに答えると、カザンが率先してテーブルの上の湯呑を片付け始めた。トマじーじが、ダンボール製フレームスタンドの後ろに重ね置かれていた画用紙を取り上げて、テーブルの手前にいそいそと並べ始める。


「あー、ふたりちょも、ありあとー」

「構わない」

「なんの、なんの」


 子ネコーにお礼を言われて、二人のお手伝いは満足そうだった。

 帰るタイミングを逃してしまったクロウは、眉間にしわ寄せてため息をついている。長老が慰めるように、膝をぽふぽふと軽く叩いてやった。


「へー。上手に描けてるねー」

「うむ。特徴をよく捉えている」

「うふふ。見ているだけで、幸せになってくるわよね」

「子ネコー画伯の誕生だな」

「うむうむ。実にいい絵じゃ」

「食い意地が張ってる奴が描いた絵だってことが、ヒシヒシと伝わってくる絵だよなー」

「む! ちらうもん! にゃんごろーは、くいしんぼーらにゃいもん!」


 ズラリと並んだ美味しそうな絵を口々に褒められて、にゃんごろーは照れ笑いを浮かべたが、最後のクロウの感想には「む!」と拳を振り上げて反応した。事実とは相反するが、それは、にゃんごろーにとって譲れない主張なのだ。


「いや、どう見ても、食いしん坊な絵だろー」

「ちらうもん! にゃんごろーは、こうきしんが、おとーふにゃの!」

「好奇心がお豆腐……? ああ、好奇心が旺盛って言いたいのか。ふ、ふふ。お豆腐って、それこそ、食いしん坊発言だろー? それとも、ネコー語かなんかなのか?」

「うむ! 由緒正しきネコー語じゃ!」

「えー? そうなんだー! 今度から、わたしも使ってみよー」


 また、お豆腐が出てきたが、クロウは意外にも、あっという間に真相に辿り着いた。子ネコーをからかってニヤニヤしていたら、悪乗りした長老がドーンと太鼓判を押してきた。しかも、真相を知らないミルゥはそれを信じてしまったようで、使用宣言まで始める始末。「そんなわけあるか」とツッコミたかったが、空気を読んで自重した。自分以外の人間たちは、みんなそのワードを流行らせることに積極的である……という気配を感じたのだ。


『好奇心がお豆腐』


その言葉が由緒正しきネコー語として船内で流行りだしてしまったら、それはもしかして自分のせいなのだろうか、とクロウは顔を引きつらせたが、すぐに思いなおした。「にょっほっほ」と楽しそうな笑い声が、長老から聞こえてきたからだ。

 切っ掛けは自分にあるかもしれないが、決定づけたのは長老だ。しかも、そうなりそうなことを楽しんでいる節すらある。


(長老さんって、結構、いたずら好きなんだなー)


 そんなことを考えながら、この部屋に来てから何度目か分からないため息をつく、クロウ。

 ネコー部屋からずらかることは、とうの昔に諦めていた。



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