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第46話 シュトローと魔法

「しょれれはー、きゃんぱーい!」


 乾杯の音頭と共に、にゃんごろーは両手で大事に持っていたイチゴミルクの箱を頭上に掲げた。

 唱和の声と共に、いくつものピンクの箱と、長老の黄色い箱が持ち上がる。

 掲げたイチゴミルクをキラキラと見上げていたにゃんごろーは、乾杯が終わると同時に、いそいそと胸の前まで箱を下ろして、さっそく……というお顔のまま固まった。しばらく、そのままのお顔で手の中の箱を見つめた後、不思議そうに首を傾げる。

 それから、手を上げたり下げたり、くるっと回したりしながら、しげしげと箱を見つめ回す。「ん? ん? ん?」という、心の声が聞こえてくるかのようだった。


「こりぇは、ろーやって、のむものにゃの……?」


 手の中の箱を見つめながら呟くと、頭の上から笑い声が落ちてきた。

 くふくふと笑いがながら、ミルゥがにゃんごろーのイチゴミルクの箱に指を伸ばして、教えてくれた。


「く、くふ。箱のここに、ビニールに包まれた細長い棒があるでしょ」

「うん。ありゅ」

「これはね、ストローって言うんだ」

「シュトロー」

「そう。そのストローを袋から取り出して、この箱の、ここ。この銀色の丸い部分、ここにストローを挿すの」

「シュトローを、ぎんいりょのまりゅに、さしゅ」

「そう。で、ストローを口にくわえて、中のイチゴミルクを吸い上げるんだよ。ちゅ~ってね」

「ほほぅ。にゃるほりょ……。シュトローをさしちぇ、パクッてしちぇ、ちゅ~れ、ごっきゅん。うん、わかっちゃ!」


 ミルゥに教わった通りにしてみようと、にゃんごろーは魔法の力を使い、両手で大事に持っていたイチゴミルクを片手で持つと、空いたお手々の爪の先で、ストローの入ったビニールをカリカリしてみた。

 すると、箱に貼り付いていたビニール袋が剥がれて、床へと落ちていく。


「は、はわ…………あ、しょだ!」


 慌てて、短いお手々をジタジタ動かすにゃんごろーだったけれど、ミルゥが助けの手を差し出す前に、ちゃんと解決策を思いついた。

 クレヨンの時のように、魔法を使えばいいのだと――。

 早速、空いている方のお手々の先をクイクイッと動かすと、ストローの入ったビニールがふわりと浮き上がり、にゃんごろーの手の中に納まる。

 ニャフッと満足そうに笑っていると、ミルゥの感心した声が聞こえてきた。


「えー? すごいねぇ、にゃんごろー。そんなこと、出来るんだ」

「えへへ」


 ミルゥに褒められて、嬉しそうに笑み崩れるにゃんごろー。

 だが、問題は、その後だった。

 ストローの袋を剥がしたはいいが、この後。片手だけで、どうやって中のストローを取り出せばいいのかが分からない。イチゴミルク本体を手放して、両手を使うという考えは、にゃんごろーには端から存在しなかった。

 それに、魔法を使うにも、袋の中から中身を取り出すというのは、にゃんごろーには少し高度な魔法だったのだ。

 こういう時は……と、チラリと長老に視線を走らせる。

 長老のやり方を真似すれば、何とかなるかもしれない。


 だが、しかし!


 長老は、隣に座っているマグじーじに箱を差し出し、ストローを差し込んでもらっているところだった。

 てっきり、魔法の力で何とかするのだと思っていたにゃんごろーが、びっくり真ん丸お目目で見つめていると、長老は子ネコーの視線に気づいたようだ。にゃんごろーの方を見て、ニヤリと笑いながら、こう言った。


「まあ、魔法を使って出来ないこともないんじゃがの。こういう細かい魔法は、長老、苦手じゃし。やってもらった方が、早いんじゃ」

「あー……、おー……」


 にゃんごろーは複雑なお顔で、手の中のストローと長老を交互に見つめる。

 長老の魔法を盗み見て、それを真似してやろうと思っていたのに、なんだか拍子抜けで、期待外れだった。

 長老もああ言っているのだし、にゃんごろーも誰かに手伝ってもらえばいいのだが、一人で最後までやり遂げたいという思いを捨てきれない。

 難しいお顔でストローの袋を見つめていたら、ミルゥが上から声をかけてきた。


「にゃんごろー。わたしにやらせて?」

「ミルゥしゃん…………。うん、いいよ」


 にゃんごろーは、にぱっと笑って躊躇いなく、ストローの袋をミルゥへ差し出した。

 やってあげると言われていたら、子ネコーの意地が邪魔をして、自分で頑張ると答えていたかもしれない。でも、やらせてとお願いされてしまっては、断れない。

 大好きなミルゥにお願いされてしまっては、にゃんごろーには断ることなんて出来ないのだ。

 にゃんごろーからストローの袋を受け取ったミルゥは、にゃんごろーの目の前で、長い指を使ってストローを袋から取り出してくれた。

 それは、まるで、魔法のようだった。

 実のところを言えば、ミルゥは特に指先が器用というわけではない。どちらかと言えば、不器用な方だ。

 けれど。

 少なくとも、にゃんごろーにとっては。

 それは、まるで指先の魔法のようだった。


「はい、どーぞ」

「はわ。ありあちょ」


 ミルゥは、取り出したストローを、にゃんごろーのイチゴミルクの箱に差し入れてくれた。

 その流れるような指の動きに感動しながら、にゃんごろーはお礼を言った。

 ミルゥは満足そうに笑うと、にゃんごろーのストローを差してやるために床へと置いた、自分の分の箱を取り上げて、にゃんごろーの目の前まで持ち上げる。

 にゃんごろーに見せてあげようと、意図して、そうしたわけではない。

 膝の上に、にゃんごろーを載せた状態だと、ちょうどその位置に手が来るのだ。

 ミルゥは、にゃんごろーとは違う方法でストローを取り出した。袋を箱から剝がしたりしなかった。箱に袋が貼り付いた状態で、中のストローだけを取り出したのだ。


 ――しょ、しょんなほうほうぎゃ!?


 子ネコーの真ん丸お目目から、ポロポロとウロコが零れ落ちていく。

 この方法なら、にゃんごろーでも、一人でストローを取り出せるかもしれない、と思った。


 次こそは、ちゃんと一人で飲めるようになろう、と子ネコーは密かに決意するのだった。

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