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第53話 長老の得意料理

 子ネコ―と長老による「秘密のお見通し」が終了後、ほどなくして。

 身支度を済ませたじーじたちが、順番にネコー部屋へと訪れた。

 同じフロアで寝泊まりしている者同士ということで、ネコー部屋で合流してから、みんなでそろって朝ごはんを食べに向かう手はずとなっていたのだ。


 次々と集まってくるじーたち相手にも、子ネコーの大暴露大会が始まるかと思われたが、どうやら子ネコーは、いよいよ近づいてきた朝ごはんへの期待で頭も胸もいっぱいになってしまったようで、朝の隠し事イベントは一旦、終了したようだ。

 空っぽなのはお腹の中身だけで、ぐーぐー鳴り響くお腹の音に合わせて、「朝ごはんは、何だろな」のお歌を歌い始める始末。


「ぐーぐー、きゅるるるるん♪ おにゃかが、にゃーるよ、きゅるるるーん♪ きょーのごひゃんは、にゃんらろにゃ♪ お~にゃか~が、へっちゃ~よ、ぐーぐー、きゅるるるる~ん♪」


 歌い終わると同時に、盛大にお腹が鳴り響いて、切なげにお腹を撫でまわしながら「はぅうぅ~」とため息をつくにゃんごろー。

 それを見たじーじたちは、大笑いをして、それから。

 まだ、少し早いけれど、ネコーたちの朝ごはん会場である、和室へ向かおうかと言い出した。


 なので、朝ごはんまでは、まだまだ余裕がある。

 けれど、エレベーターを待っている間も、乗り込んだ後も。

 長老によるエレベーターの使い方講習会は行われなかった。

 長老も朝ごはんが楽しみで、楽しみ過ぎて、それどころではなかったからだ。



 さてさて。

 ネコーたちが和室を覗き込むと、中にはすでに先客がいた。

 ミルゥとカザンとクロウの三人だ。

 にゃんごろーたちが先を越されたことにびっくりしながら挨拶を告げると。

 ミルゥは元気いっぱいの笑顔で、カザンはいつも通りの涼し気な表情にほんの少しの笑みを浮かべて、そしてクロウはまだ眠そうに、それぞれ挨拶を返してきた。

ミルゥとカザンは早く子ネコーに会いたくて待ちきれずに早起きをしてしまった組で、クロウはそんなミルゥにたたき起こされて、ここまで引きずって来られた組だ。

新しいメンバーがいるけれど、席順は、昨日と一緒のようだった。

 ミルゥとカザンは、昨日と同じ席に座っている。長机の奥にカザン。一つ空けて、ミルゥ。そして、その隣にクロウ。

 にゃんごろーは迷いなく、カザンとミルゥの間の席へ向かった。

 座布団が三枚重ねられた、にゃんごろー専用の特等席だ。

 長机の向かい側には、長老とじーじたちが並んで座った。こちらも、奥からトマじーじ、長老、マグじーじ、ナナばーばと、昨日と全く同じ並びだ。


「きょーおの、ごっひゃんは、にゃっにっかにゃー♪」

「何かなって、たまに和国の料理が混じるくらいで、朝のメニューなんて、大体いつも似たか寄ったかだろ?」


 席に座るなり子ネコーが歌いだすと、欠伸を噛み殺しながらクロウがちょっかいをかけてきた。


「ええー? しょーにゃの?」

「ああ。パンに卵にスープにサラダ。で、デザートが付くくらいだろ? まあ、定番ってヤツだな」

「んんー、れも、れもぉ。まいにち、ちゃまごがたべらりぇるにゃんて、ゆめみちゃいりゃにゃーい? しゅごい、ごちしょうらよ!」


 指を数えながらお船の定番朝食メニューの説明をするクロウを見つめて、にゃんごろーはキランとお目目を輝かせ、ジュルリと涎を吸い上げる。

 当然のように話に割って入ってくるかと思われたミルゥは、なぜか大人しくしていた。会話に加わるよりも、今は子ネコー鑑賞に徹することに決めたようだ。その視線は、にゃんごろーだけに注がれている。にゃんごろーの発言は一つも取りこぼさずに聞いているが、クロウの言葉を聞いているのかどうかは怪しかった。こちらはこちらで、今にも涎を零しそうだ。


「これが、ご馳走って、おまえ……。森にいた時は、いっつも何を食べてたんだよ?」

「んんー? えっとねー」


 クロウにしてみれば、いつも通りのなんて事のないメニューなのに、いい食いつきを見せる子ネコーに呆れて尋ねてみれば、子ネコーは指折り数える……ことは出来ないので、肉球のお手々をもふっと上げ下げしながら、子ネコーの森メニューを挙げていく。


「トマトかキューリちょー、ちょーろーがちゅかまえてきちゃ、おしゃかにゃ。しょれとー、ルーミのみ、らねー」

「え? 毎日、それなのか?」

「らいたい、しょー。ちゃまーに、おにきゅをわけちぇみょらえりゅ。もりれのきゃりが、うみゃくいっちゃちょきには、みんにゃれ、おにきゅをやいちぇちゃべるちょきもある! ちゃまーにらけろ! しょのときはー、ごちしょーににゃる!」


 トマトかキューリに長老が釣ってきたお魚、それと森のいたるところで採れるルーミの実が、にゃんごろーと長老の定番メニューだ。狩りが得意なネコーたちの戦果によってはお裾分けがあったりもする。大物を仕留められた時には、森のネコーたちみんなで焼肉パーティーを開催したりもする。

 話がお肉の件になると、子ネコーのお顔が輝き始め、両方のお手々がパッと上にあがった。

 けれど、クロウが次の質問をすると、お手々はしおーんと下に降りてきて、ピンと伸びていた背中は、まるーんと丸まった。


「へーえ。で、魚は、どんな風に食べるんだ?」

「んー、えっちょね……。ちょーろーのちょくいりょーりはー、やけしゅぎたおしゃかにゃ。パシャパシャ。せっかくのおしゃかにゃの、おいしーちょころが、れんぶろっかにいっちゃって、れんれん、おいしくにゃいの。ちょーろーは、もりのネコーのなかれ、いっとーまほーがりょーるにゃのに、おりょーりのまほーは、いっちょーヘチャにゃの」


 眉間にキュッと力を込めて、渋いお顔で長老の得意料理についての説明を始めるにゃんごろー。子ネコーが言うには、長老の得意料理は「焼きすぎてパサパサのお魚」ということらしい。

 思わぬ方向に話が転がって、クロウは何と相槌を打てばいいものかと悩んだ。だが、クロウの困惑を押しのけて、やり玉にあげられた長老が自ら参戦してきた。


「な、なにおう! にゃんごろーの方が、ひどかったじゃろ!」

「にゃ!? にゃ、にゃ、にゃんごろーは、まら、こねこーらし! こりぇから、もっちょりょーるににゃるもん!」


 バチバチと睨み合う長老と子ネコー。


「えーと、で、ちびネコーの魚料理は、どんな感じだったんだ?」


 ふたりを仲裁しようとして――――半分は純粋な好奇心から、クロウが尋ねた。

 長老がニヤニヤしながら何か言おうとするのを、にゃんごろーはキッと睨みつけて黙らせると、ふいっと視線を逸らして、もしょもしょと白状した。


「にゃんごろーのは……、しょとがわがコゲコゲれ、にゃかが、ニャマニャマらったの……。しょのちょきは、ちょうろーが、ニャマニャマをパシャパシャにしちぇくれちゃのをちゃべたの……。ちゃべれるちょころがへっちゃって、しゅごくかにゃしきゃった……。にゃんごろーには、おりょーりのまほーは、まら、はやしゅぎた……」


 外側が黒焦げで中身は生。長老が手を貸してくれたおかげで、中まで火を通すことは出来たけれど、それはいつも通りの「焼きすぎパサパサのお魚」で。しかも、黒焦げの部分を取り除くと、食べられるパサパサ部分は、ほんのちょっぴりで。

 長老には任せておけないとばかりに張りきった子ネコーの初料理魔法は、何とも残念な結果になってしまったのだ。

 その時の悲しみを思い出してしまって、じんわりと涙ぐむにゃんごろー。

 そんなにショックだったのかとクロウが苦笑いを浮かべると、隣に座っているミルゥと向かいに並ぶじじばばたちが、一斉に机の上に顔を伏せて、プルプルと震えだした。どうやら、子ネコーがあまりにも可哀そうで可愛らしくて悶絶しているようだ。

 長老は、お胸の毛を撫でまわしながら、友たちに呆れた視線を向けた。

 そう言えば、カザンはどうなのだろう――と、クロウは視線を横へ流した。すると、どうやらカザンは冷静さを保って……いるようでいて、そうでもなかった。パッと見には無表情にだが、よく見れば瞳に焦燥が漂っているし、子ネコーに伸ばしかけた手が小刻みに震えている。子ネコーを撫でようか撫でまいか、葛藤中のようだ。


 ――もしかして、今日は一日、このノリに付き合わされるのだろうか?


 そんな思いがふと胸を過り。

 クロウは一人、乾いた笑いをもらすのだった。


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