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第65話 勘違い発表会

 羽付き卵船が見えなくなって、お船のお腹に空いたお口が閉じた後も、子ネコーは興奮さめやらず、長老の白くて長い胸の毛を掴んで、ガッシガッシに揺さぶりまくっていた。


「ちょーろー! ちょーろー! いみゃの、みちゃあ!? しゅごかっちゃねぇえええ!? にゃんごろー、びっくりぃいいいいいい!!」

「わ、分かった! 分かったから、そんなに揺さぶるでない!」

「らってぇ! しゅごしゅぎてぇええ!! あああああああ!! はっ! ほっ! ちょあっ! にゃっ、にゃにゃにゃにゃにゃっ! にょっ!」


 長老に諫められたくらいで昂ぶりが静まるはずもなく、にゃんごろーは一際大きく長老を揺さぶってから、長老を解放し、代わりに今度は踊り始めた。

 掛け声に合わせて、短いお手々をもふもふシュシュッと突き出すと、クルクル回転、ピタッと決めポーズ。それでも、まだまだ治まらず、その場で「にゃ~~っ」と地団太ビートを刻んでから、「にゃにゃっ」と華麗に子ネコー回転ジャンプを決め、両手を挙げての着地ポーズで、朝の子ネコーショーは終りを告げた。

 突然踊り出した子ネコーの邪魔にならないように、少し距離を置いて子ネコーを取り囲んでいた他のメンバーは、パチパチと拍手を贈る。

 長老だけは、マグじーじの足元に座り込んで、やれやれとお胸の毛を撫でていた。


「はぁああー……。びっくり、りっくりぃ! しゅごかっちゃねぇえええ!」


 昂ぶりを踊りにしたことで、少しは気持ちが落ち着いたのだろう。子ネコーは、柵の向こう側、閉じてしまったお船のお口へとお顔を向けて、熱を逃がすように大きく息を吐き出した。閉じてしまったお口は、今は、ただの壁でしかない。それでも、壁を見つめるにゃんごろーの瞳には、まだまだ逃がし切れなかった熱が籠っている。

 にゃんごろーにはまだ、お空の向こうへ消えていった卵船の雄姿が見えているのかもしれない。

 長老は、卵船発進ショーに大はしゃぎしているにゃんごろーを満足そうに見つめてから、「よっこらしょ」と立ち上がった。それから、隣に立っているマグじーじと視線を交わし、ふたりそろってニヤリと笑い合う。

 少々、予定とは違ってしまったが、お船見学の第一弾は、一応の成功を収めたようだ。


 お船見学の第一弾。


 そう、マグじーじと長老は、卵船の格納庫兼発着場であるこのお部屋から、お船見学会を始めるつもりだった。

 本来ならば、見学開始の挨拶をして、まずはお部屋の説明をして、それから卵船のことを説明して、そして――。


 満を持して。


 ミルゥのお見送りを兼ねた、卵船発進ショーをお披露目するはずだったのだ。

 けれど、子ネコーが眠り込んでしまったため、色々諸々サクッとカットしての、慌ただしい発進になってしまった。

 お部屋を移動している間に目を覚ますかもと、ミルゥが抱っこしてここまで連れて来てくれたのだけれど、ぐっすり眠りこけている子ネコーは、少しも目を覚ます気配がなく。気持ちよく眠っている子ネコーを起こすのはかわいそうだからと、ミルゥはカザンかクロウににゃんごろーを託して出発しようとした。けれど――。


『大好きなミルゥのお見送りを出来なかったとあっては、にゃんごろーが起きたら、がっかりしてしまうわい! そうなったら、せっかくのお船見学会が、しょんぼり見学会になってしまうかもしれん! それに、やっぱりじゃ! 卵船発進ショーを! にゃんごろーに! どうしても! 見せたいのじゃ!!』


 という理由で、長老が無理やり、揺さぶり起こしたのだ。

 おかげで、にゃんごろーは無事ミルゥを見送ることが出来たし、少々慌ただしくはなったが、卵船発進ショーにも間に合った。

 長老とマグじーじの予定とは違ってしまったが、子ネコーは大喜びだった。それだけで、お船見学第一弾は、まずまずの成果を上げたと言えるだろう。

 少なくとも、長老とマグじーじは、その結果に大満足していた。


 とはいえ、やっぱり。

 マグじーじとしては、ちゃんといろいろ説明もしたい。

 順番が逆になってしまったが、子ネコーが少し落ち着いたところを見計らって、卵船の説明を始めようと、マグじーじはタイミングを伺っていた。

 名残を惜しむように壁を見つめていたにゃんごろーが、「ほへぇ」とため息をついてから、振り返った。「今か!」とマグじーじは勇んだが、にゃんごろーは、輝くお顔を長老だけに向けた。

 長老は、閉じたお口とは反対側の通路に、マグじーじと並んで立っていた。

 けれど、にゃんごろーは、長老だけにお顔を向けた。

 マグじーじも小柄な方だが、そうは言ってもネコーよりは大きい。長老のお顔は、マグじーじの腰骨の辺りにある。隣に並んで立っているのに、慎重が違いすぎて、にゃんごろーからは長老のお顔しか見えていないのだ。

 残念そうにしているマグじーじには気づかないまま、にゃんごろーは弾む声で長老に話しかける。


「もりかりゃもみえちぇいちゃ、あのちゃまご! おふねのおふね、らったんらね! にゃんごろー、しらなかっちゃー!」


 にゃんごろーは、長老に向かって「にゃ!」と両方のお手々を上げた。

 森にいた頃にも、卵船が空を飛んで行くところは、見たことがあった。お船のある方を見上げていると、時折見かけるのだ。

 お船のある辺りから、空へ飛んで行ったり、空から戻ってきたりする羽の生えた卵たち。

 だが、その卵が、空を飛ぶ小型船だとは、思っていなかったようだ。


「あ、れも! ちょーろーは、しっちぇちゃんれしょー? もー! ろーして、いままれ、らまってちゃの!? にゃんごろー、しゅっかり、らまされちゃっちゃ!」

「にゅふふふふ! そりゃ、もちろん! にゃんごろーをびっくりさせるためじゃ!」

「うん! りっくりしちゃ! にゃんごろー、ちぇっきりぃ、おふねのちかくに、おっきにゃトリしゃんの“しゅ”がありゅんらとおもっちぇちゃー……」

「むふふ。まあ、この広いお部屋は『小さい卵のお部屋』とも『卵の巣』とも呼ばれているからな。あながち、間違いでもないわい」


 説明会に入るタイミングを伺いつつも、マグじーじは、すっかり頬を緩ませていた。

 どうやら、にゃんごろーは卵船を本物の鳥の卵と勘違いしていたようだ。

 子ネコーらしい無邪気な勘違いにほっこりして、マグじーじは相手にしてもらえなかった落ち込みから、無事にぐいんと回復した。ほこほこした顔で、にゃんごろーを見下ろしている。ピンと立ち上がった三角お耳がよく見えた。

 子ネコーを真ん中に、通路の反対側に立っているカザンも、涼やかさは損なわないまま、微笑まし気に子ネコーを見下ろしていた。隣に並ぶクロウの方は、微笑ましさが若干まぶされた苦笑いを浮かべている。


 ここまでは、子どもにはありがちな、よくある勘違いだ。

 だが、にゃんごろーの勘違いは、それだけには終わらなかったようだ。

 にゃんごろーは、キラキラとしたお顔で、勘違い発表会を続けていく。


「きのはやいちゃまごも、いりゅもんらなーって、じゅっと、おもっちぇちゃんらよねー」

「……気の早い、卵?」


 何やら不思議なことを言いだした子ネコーに、長老が怪訝そうな顔になった。

 さすがの長老にも、にゃんごろーが何を言っているのか、お見通せなかったようだ。


「しょー! はやく、おしょらをとびちゃくちぇー、うまれりゅまえきゃら、はねをはやしちぇ、おしょらへおしゃんぽにいくなんて、きのはやいちゃまごらなーって!」

「なるほど! そういうことかいな!」


 合点がいった、とばかりに長老がポフンと手を叩いた。

 マグじーじとカザンは、「にゃんごろーは感性が豊かだな」などと感心しながら頷いている。

 クロウは、堪らずに吹き出して、柵にもたれかかるようにして笑い出した。


「れも、よく、きゃんらえちゃらー。ちゃまごよりも、おっきにゃトリしゃんが、ちきゃくをちょんれるちょころは、みちゃこちょ、にゃかっちゃもんねぇ。にゃんごろー、にゃっとく!」


 みんなの様子に気付いているのか、いないのか。

 短い腕を、もふんと組んで、うんうんとひとり頷くにゃんごろー。


「しぇかいには、まらまら、にゃんごろーのしらにゃいこちょが、たくしゃん、あるんらねぇ……」

「ぶっ、くはっ……ふはははは!」

「…………んにゃ?」


 にゃんごろーが、しみじみと世界の広さに想いを馳せると、クロウが耐え切れないというように柵にもたれかかり、そのままズルズルと床に滑り落ちていき、しゃがみ込んで震えだした。

 どうやら、子ネコーの勘違い諸々が、完全にツボに入ってしまったようだ。

 長老の方を向いていたにゃんごろーが振り返ると、俯いて震えているクロウのつむじが見えた。

 まさか、それが自分のせいだとは思いもよらないにゃんごろーは、「クロウは何をそんなに笑っているのだろう?」と、不思議そうにお目目をパチパチさせるのだった。



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