クロウは、通路の端っこでしゃがみ込んでいた。片手で柵を掴み、もう片方の手を床について、俯いて震えている。
にゃんごろーの勘違い告白が、ツボにはまってしまったようだ。クロウの笑いの発作は、当分治まりそうもない。
にゃんごろーは、お目目をパチパチしながら、不思議そうにクロウに尋ねた。
クロウの笑い発作の原因が自分にあるなんて、もちろん分かっていない。
「ろーして、クリョーは、しょんなに、わらっちぇいりゅの? にゃにか、おもしろいこちょ、あっちゃ?」
「ふっ、ふはっ、ふはは、お、おま……おま……。くっ、くはっ、くくく……」
「ふむ。これは、あれじゃ。箸が転げてもおかしい年ごろなのじゃろう」
おまえのせいだと言いたいのに、笑いすぎて言葉にならないようだ。
見かねた長老が、クロウに代わって適当なことを答えてくれた。マグじーじは、呆れた眼差しを長老へ向けたが、カザンは「なるほど」というように頷いている。
そして、にゃんごろーはというと――。
「ほほぅ……。クリョウは、はしっきょにころがりゅのが、ちゃのしいの?」
新たな勘違いを生み出したようだ。
キラリと瞳を輝かせ、「ふむ」と頷くと、通路の真ん中から、クロウのいる端っこへとテコテコと向かい、クロウの隣でしゃがみ込み、両方のお手々を床についた。
「あ、こら! そんなところで、寝っ転がってはいかんぞ! お行儀が悪いじゃろ!」
「えー? れもぉ。しょんなに、ちゃのしいにゃら、にゃんごろーも、ちゃめしちぇみちゃい!」
長老の『箸が転がってもおかしい年ごろ』という言葉を、『端っこで寝っ転がると楽しい気分になる』という意味だと思った子ネコーは、早速試してみようと通路の端へと向かったのだが、寝っ転がる前に、目敏く察した長老に窘められてしまった。
にゃんごろーは座り込んだまま、今すぐ試してみたいと両手を上げて抗議したけれど、長老は許さなかった。
「どうしてもやりたいなら、お部屋に戻ってからにしんしゃい!」
「えー? クリョーは、やっちぇるのに?」
「何を言っとるか。よく見てみぃ。クロウは座っているだけで、寝っ転がってはおらんじゃろう?」
「あ。ほんちょら。……ありぇ? それりゃあ、ろーして? クリョーは、こんにゃに、わらっちぇるの……?」
長老の言葉に一度は納得したものの、すぐに新たな疑問が湧き起こり、首を傾げるにゃんごろー。
話題のクロウは、長老と子ネコーの会話にツボを抉られて、息も絶え絶えだった。本音を言えば、床に倒れ伏して笑い転げたかったけれど、話の流れ的に、どうやらそれは許されないようだ。
子ネコーの教育のために、クロウは柵を掴んでいる手に力を込めて、必死に耐えた。既に、両膝は床についてしまっているが、それ以上床と友達にならないように、必死に耐えた。
なのに、長老と子ネコーは、そんなクロウに悪気なく追い打ちをかけていく。
いや、子ネコーには間違いなく悪気はないが、長老には若干のいたずら心があるかもしれなかった。
どちらにせよ、クロウはネコーたちによって追い詰められていた。
「うむ。つまり、あれじゃ。クロウは、端っこ上級者なのじゃ!」
「ほ、ほほぅ? はしっきょ、りょーきゅー、しゃ……?」
「そうじゃ! じゃから、端っこに座って、寝っ転がっている自分を想像するだけで、楽しくなって、笑い転げてしまうのじゃ!」
「にゃ、にゃるほりょ! しょーゆうこちょにゃんら! クリョー、しゅごいんらね! しゅわっちぇるらけれ、きょんにゃに、ちゃのしくにゃれるにゃんちぇ! うん! しゅごい! クリョー、しゅごい!」
「~~~~~っっっ! ~~~~~っっ!!」
子ネコーがお行儀の悪い行為をしないように窘めつつ、子ネコーの勘違いを積極的に推し進めていく方向の、長老の適当な説明。
にゃんごろーは、何の疑いもなくその説を受け入れ、素直に感心している。感心を遥かに通り越して、クロウを大絶賛している。
ネコーたちの面白可愛いやり取りに、カザンは珍しく、顔を綻ばせていた。よく見れば、目元や口元が緩んでいる……どころではなく、誰が見ても分かるほどに、優しく顔を緩ませている。大変、珍しいことだった。
マグじーじも、笑っていた。クロウほどではないけれど、大きく口を開けて、楽しそうに笑っている。
子ネコーの称賛を一身に浴びることになったクロウに至っては、もはや笑いすぎて窒息寸前の有様だった。
「おおー。しゅわっているらけなのに、こんにゃにまれ……。クリョーは、はしっきょマシュターなんらね! しゅごい!」
「ほっほっほっ! そうじゃのー! クロウは端っこマスターじゃ!」
「ほっほっ! 良い称号をもらえて、よかったのぅ。クロウよ」
「なるほど。クロウは、端っこマスターか」
勘違いを加速させ、にゃんごろーは震えるつむじに、称賛と尊敬のまなざしを贈る。ついでに、新たな称号まで捧げた。
長老が悪ノリすると、マグじーじもそれに便乗して、長老そっくりの笑い声を響かせた。
カザンも「ふむ」と涼やかな顔で頷いている。目元がほんのりと緩んでいるが、悪気があるのか天然なのかは、判別がつかなかった。
もはや、何を聞いても笑ってしまう状態のクロウに味方は一人もいない。ネコーたちだけでなく、人間たちにまで追撃を受け、柵を掴んでいた手が床に落ちていく。手に続いて、床につきそうになったクロウの頭を、にゃんごろーの両手が、はしっと支えた。
「あ! クリョー、らめらよ! マシュターにゃんらから、おぎょーぎわるいこちょしちゃ、らめれしょ! しっかりしちぇ! マシュターにゃんれしょ! ほりゃ! おきゃおをあげちぇ! みんにゃに、えらおを、みせないちょ! ね!」
端っこマスターなんだから、顔を上げて、みんなに笑顔を見せろと謎の激励を贈るにゃんごろーだが、クロウにとって、それは――。
トドメのダメ押し……でしかないのだった。