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第67話 それぞれの修行

 子ネコーの居眠りとクロウの笑発作により、グダグダに脱線したお船見学会は、長老の唐突な鶴の一声により、ようやくちゃんと開催できる運びとなった。


「にゃんごろーよ! これより、お船の見学会を始めるぞよ!」

「は、はい!」


 見学会を推し進めねばという使命に目覚めたわけでも、笑いすぎによる呼吸困難を起こしかけているクロウを哀れに思ったわけでもなく、単にクロウをいじってにゃんごろーで遊ぶことに飽きただけだなと、付き合いの長いマグじーじは見抜いていた。

 長老の呼びかけに、にゃんごろーは素直に反応した。

 ビシッと張りのある声で呼ばれて、にゃんごろーの背筋もピンとなる。良いお返事と共に立ち上がると、にゃんごろーは長老の方を向いて、もふピシはいっと片手を上げた。

 すると、背後でゴツンといい音が響いた。

 にゃんごろーの支えを失ったことで、クロウが床に頭を打ち付けてしまったのだ。


「にゃ!?」

「ひっ、ひっ、ひっ…………っ……っ」


 驚いたにゃんごろーが手を下ろして振り向くと、クロウが床に頭をつけたまま、引きつるような声をもらしながら震えている。慌てて、体の向きを変え、クロウに手を伸ばそうとしゃがみかけたところで、長老から制止の声が飛んできた。


「にゃんごろーよ! クロウのことは放っておくのじゃ!」

「え? れも……」


 クロウが床にゴツンしたのは自分のせいだという自覚はあるのだろう。にゃんごろーは、中途半端に腰を落としかけた姿勢のまま、焦り困ったお顔で長老を振り返る。

 ババンとクロウ放置宣言をした長老は、腰に手を当てたポーズで放置を促す発言を続ける。

 良い音を響かせてはいたけれど、ほぼうつ伏せ状態からのゴツンであったため、クロウの頭に問題はないと判断したのだろう。にゃんごろー以外にクロウを心配する者はいないようだった。


「にゃんごろーには、にゃんごろーの修行があるように、クロウには、クロウの修行があるのじゃ!」

「え? こりぇ、しゅぎょー……にゃの?」

「うむ! そうじゃ!」


 クロウ放置を決定した長老は、たった今思いついた適当なことを、重々しい調子でもっともらしく言い切った。にゃんごろーは、きょとんとしたお顔で、お目目をパチパチしながら長老を見上げる。それまでは、クロウと長老に半分ずつ意識を向けていたのだけれど、子ネコーの関心の比重は長老へと傾きつつあった。

 その証拠に、中腰だった子ネコーは、無意識のうちに腰を伸ばしていた。


「よいか、にゃんごろー。このお船は、魔法のお船じゃ!」

「う、うん! しっちぇる!」

「つまりじゃ! お船を見学し、お船でどんな魔法が使われているのか知ることもまた、魔法の修行なのじゃ!」

「は! しょ、しょーらったんら!」

「そうじゃ! 見学会は、遊びではないぞ! 学びなの場なのじゃ!」

「まにゃみのみゃ……!」

「魔法修業は、もう始まっておるのじゃ!」

「ふ、ふぉおおおおおおお!」


 お遊び気分でお船見学に臨むつもりだった子ネコーは、「オオオォ」と身を打ち震わせた。

 森へ帰らずにお船に残ったのは、魔法を修行するためだ。魔法修業をして、出来る子ネコーになるためだ。そう決意してから、まだ一日しか経っていないというのに、楽しいことがいっぱいでほとんど忘れかけていた、あの時の気持ち。修行を決意した時の気持ちを思い出して、子ネコーはもふもふの体を震わせた。

 魔法を修行して、出来る子ネコーになって、実験失敗により吹き飛んでしまった発明ネコー・ルシアのお家兼研究所立て直しをお手伝いすることが、にゃんごろーの目標だった。

 ササッと魔法修業を終えて。出来る子ネコーになって。再建を頑張っているみんなの前に颯爽と登場して。パパっと問題を解決する。

 それが、にゃんごろーの目標だった。

 そんな未来を、夢想した。

 そんな未来の自分を想像するだけで、小さな胸は踊りに踊った。

 あの時の、溢れかえるような膨大なエネルギーが全身を駆け巡り、パアッと体から飛び出していくような気持ちが蘇ってくる。


『見学会は、遊びではなくて、学びの場。もう、修行は始まっている』


 長老のセリフは、子ネコーのモフッと小さな体を打ち鳴らした。

子ネコーの体そのものが、一つの小さくも大きな鐘であり、子ネコーの毛先の一本一本が小さな鐘であるかのように、子ネコーのやる気は盛大に鳴り響いた。

望むところだ、とにゃんごろーは奮い立った。

 早朝の小さくて大きな冒険をした時とはまた別の高揚感が、胸の奥の方から湧き上がってきて止まらない。明るい茶色の子ネコー毛が逆立っていた。小さな鐘となったもふ毛の先から、子ネコーのやる気が、ちみちみ子ネコーとなって飛び立って行く。子ネコーから解き放たれたちみちみ子ネコーは、にゃんごろーの周りで、やる気ダンスを踊り出す。鐘の音に合わせて、たくさんのちみちみ子ネコーたちが踊っている。

あまりの張り切りように、そんな幻想が浮かんできそうだ。

それくらいに、漲っていた。

 にゃんごろーの脳内には、クロウのことはカケラも残っていなかった。

 自らに訪れるはずの輝かしい未来だけが広がっていた。


「うむ! それでは、マグよ。あとは、頼んだぞよ?」

「…………ん? お、おお! 任せるがよい!」


 にゃんごろーの気分を盛り上げるだけ盛り上げて、長老は続きをマグじーじに引き継いだ。見学会の主催はマグじーじだということを思い出して気を使ったのかもしれないし、単に説明が面倒くさくなっただけなのかもしれなかった。

 突然渡されたバトンに一瞬戸惑いつつも、マグじーじは、それを取り落としたりすることなく、ちゃんと受け取った。

 長老とは、長い付き合いだ。それだけに、長老の気まぐれに付き合わされることにも、慣れているのだ。

 突発的な脱線と長老の気まぐれによって外された司会進行役の梯子は、長老の手によってかけ直された。

 ネコーたちのやり取りにほっこり頬を緩ませつつも、蚊帳の外状態が寂しかったマグじーじは、俄然張り切った。

 にゃんごろーの視線が、長老から自分に移ったのを感じて、両手を腰にあててムンと胸を張る。


「で、では、これより! にゃんごろーのお船見学会を始める! お船の魔法のことで分からないことがあったら、遠慮せずに何でもワシに聞いてよいからな!」

「はい! きょーは、よろしる、おねりゃいしみゃしゅ!」


 今更ながらの開催宣言ではあったけれど、にゃんごろーは素直にそれに答えた。

 もふピシッと片手を上げて、キラキラとマグじーじを見上げている。にゃんごろーの気持ちを表すかのように、もふもふのお耳と尻尾もピーンと真っすぐに上を向いていた。

 今、にゃんごろーの関心は、マグじーじただ一人に向けられているのだ。

 それだけで、マグじーじは小躍りしたい気分だった。足が勝手にステップを刻んでしまいそうだ。これまでのグダグダ劇は、綺麗さっぱり洗い流されていた。


 ――今日は、素晴らしい一日になりそうじゃわい。


 もふキラピンっと自分を見つめてくるにゃんごろーを見下ろしながら、マグじーじは、そう確信し、満足そうに頷いた。


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