ようやく訪れた見せ場に張りきるマグじーじだったが、有頂天でいられる時間はとても短かった。大変残念なことに、マグじーじは子ネコー相手の説明が、あまり上手ではないようだ。
「まず、このお部屋について説明しようかの。ここはな、卵船の格納庫にして、発着場でもあるのじゃ!」
「きゃく……のー……きょ……? はっちゃる……りょー……?」
長老の真似をした……というわけではないかもしれないが、ババンと胸を張り、子ネコーからの「おおー」という感嘆の声を待つマグじーじだったが、返ってきたのは拙くも不思議そうな声だった。
格納庫も発着場も、にゃんごろーには少々難しすぎたようだ。
どちらも、子ネコーが初めて聞く言葉だった。
「それ、なあに?」というお顔で見上げてくる子ネコーの、やる気エネルギーがパワーダウンした気がして、マグじーじは焦った。どちらも普段、何気なく使っている言葉だ。何気なく使っている言葉すぎて、子ネコー向けの説明が咄嗟に思い浮かばなかった。マグじーじは、専門家相手に説明するのは上手なのだが、子ども相手の見学会やら説明会やらは、これまで経験したことがなかった。難しい専門用語は使わないようにしよう程度のことは、当然マグじーじも考えていた。けれど、一般人でも普通に分かるはずの『格納庫』と『発着場』が通じないとは、予想外だったのだ。
どちらも、普段何気なく使っている言葉だ。そんなに、難しい言葉ではない。でも、だからこそ。
見上げてくる子ネコーの瞳が無邪気すぎて、マグじーじは分からなくなってしまった。どこまで噛み砕けばいいのか、分からなくなってしまった。上手い説明が、何も思い浮かばない。
突発的なアクシデントに弱いというのも、敗因の一つだった。
だが、長く生きてきたおかげで、マグじーじは自分の弱点をよく理解していた。だから、上手い言い回しが見つからずに焦りつつも、自らの敗因を冷静に分析してもいた。
分析の結果、マグじーじは一つの決断を下した。
不本意ではあるが、長老を頼ることにしたのだ。
せっかくの見せ場を自ら放棄するのはとても残念だったが、それよりも優先しなくてはならないことがある。
これ以上、にゃんごろーのやる気を損ねてはならない。きちんと子ネコーを楽しませてあげなくてはならない。それが、何よりも大切なことなのだ。
それでも、長老に丸投げをしたわけではない――という体だけは保とうとした。にゃんごろーに、いいところを見せたいという希望を、完全に捨て去ることは出来ない。まだ、それなりの体面は保っておきたいのだ。
「ルドルよ。にゃんごろーへの通訳を頼む!」
「うむ、仕方がないのう」
「ちゅー……にゃく?」
長老には子ネコー的に難しい言葉の通訳を頼んだだけで、司会進行役はあくまで自分だという体を貫こうとするマグじーじに、長老は仕方なさそうに頷いた。こちらも、仕方なさそうな体を装っているだけで、実際には頼られて満更でもなさそうだ。
通訳も初めて聞く単語のようで、コテッと首を傾げているにゃんごろーに向かって、長老はお胸の長い毛を撫でながら説明を始めた。
「通訳というのは、あれじゃ。マグは魔法の専門家じゃからな。子ネコーには難しい、専門の言葉を使うのじゃ。通訳は、その難しい言葉を、にゃんごろーにも分かるように簡単に説明することじゃ」
「ほほぅ。むじゅかしーこちょばを、にゃんごろーにもわきゃるよーに……。マグりーりは、むじゅかしーこちょを、いっぴゃいしっちぇるんらねぇ。しゅごいねぇ。しょれに、ちょーろーも、むじゅかしーこちょばが、わきゃるんら。うーん、ふちゃりちょも、しゅごい!」
いたずら長老にしては珍しく、ちゃんとした説明だった。長老だって、たまにはちゃんとする時もあるのだ。
長老の説明は、子ネコーの頭にストンと入ったようだ。意外と難しい言葉を知っていたり、簡単な言葉を知らなかったりと、知識にムラのあるにゃんごろーだが、長老はそのおおよそを把握しているのだ。その知識の源の大半は長老なのだから、当然と言えば当然だった。
通訳の意味を理解したにゃんごろーは、難しい言葉をたくさん知っているマグじーじも、それを通訳出来る長老も凄い、とふたりを褒め称えた。
にゃんごろーは、尊敬を込めた眼差しで、高さの違うふたりのお顔を交互に見つめる。
マグじーじの「通訳を頼む」作戦は、成功だったようだ。
子ネコーに褒められて、じーんと感動に浸っているマグじーじの隣で、長老は通訳を続けた。
只今の本題は、「格納庫」と「発着場」なのだ。
次の説明は、にゃんごろーと馴染みの良い、“適当”なものになった。
「格納庫というのはじ。んー、あれじゃ。要するに、卵の巣のようなものじゃ」
「きゃくのーきょは、ちゃまごのしゅ! おふねのしょばに、ありゅとおもってちゃ、ちゃまごのしゅは、おふねのなきゃにあっちゃ! んー、らいはっきぇん!」
「卵の巣は、小さいお船のお部屋とも呼ばれておる」
「にゃるほりょ! ちゃしかに! うん! にゃんごろー、よく、わかっちゃ! ちょーろー、ちゅーにゃく、りょーる!」
「むっふっふっ。そうじゃろ、そうじゃろー」
少々、脱線しかけたが、正しく理解できたようだ。覚えたばかりの言葉で、長老を褒め称えるという芸当までしてのけた。
子ネコーの成長と褒められたことの両方が嬉しくて、長老は満足そうに笑った。
「しょれれ、はっりゃりゃりょーは?」
「発着場じゃ。はっ・ちゃく・じょう。発着場は、あれじゃ。んー、卵の船が、みんなを乗せて、お空に向かって飛び立って行ったり、戻ってきたりする場所じゃ」
「んんー? ちゅまり、はっりゃくりょーも、“しゅ”っちぇこちょ?」
だが、続く発着場の通訳では躓いた。ちょうどよく適当な説明が思いつかなかったようで、普通の説明になった。
その説明を聞いて、にゃんごろーは、「はて?」と首を傾げた。馴染みのある適当な説明ではなかったから理解できなかった……というわけではない。
羽を生やした気の早い卵が、巣を飛び出してお空へ散歩に行っていたと勘違いしていた子ネコーにとって、それは当然の疑問だった。
卵は巣から飛び立ち、巣に戻ってくるのだと、にゃんごろーは思い込んでいた。
つまり、格納庫が卵の巣なら、発着場もまた卵の巣ということになる。
その通りだった。
この広いお部屋の通称は“卵の巣”で、この広いお部屋の役割は“格納庫兼発着場”だ。つまり、格納庫と発着場、二つ合わせて“卵の巣”なのだ。
長老はすぐに、自分のうっかりミスに気が付いた。
見切り発車で適当な説明をしてしまったがための、小さなうっかりミスだった。
格納庫が卵船の巣で、発着場は、卵船が飛び立ったり戻ってきたりするところ――ではなく。
『格納庫は卵船がお休みするところで、発着場は卵船が飛び立ったり戻ってきたりするところじゃ。二つを合わせて、“卵の巣”なのじゃ!』
――と、説明するべきだった。
とはいえ、大した間違いではないし、ここでちょちょっと訂正してやれば、それで済む話だ。
けれど、長老はそれをしたくなかった。
せっかく、いい流れで話が進んでいるのに、水を差したくない。ここで、うっかりミスを告白して、子ネコーから「えー!?」などと言われては、いい気分が台無しだ。
子ネコーからの「長老とマグじーじ、しゅごい」の称賛に、一つの傷もつけたくなかった。
正直に間違いを告げて、シレッと開き直るときもあるけれど、今は、そういう気分ではない。「しゅごい」を貫きたかった。
もしかしたら、それは。子ネコー以上に今日の見学会を楽しみにしていた、マグじーじのためかもしれなかった。
ともあれ、うまいこと子ネコーを誤魔化す、いい手はないものかと長老は考えを巡らせる。
そして、結局。
いつもの“手”を使うことにした。