長老は、なるんとした肩の幅に合わせて足を広げ、両手を腰の後ろに回して、艶のある白い長毛を見せつけるようにして胸を張った。
見せつけられたにゃんごろーは、そのもふぁもふぁの誘惑に抗えなかった。思わずというように長老に歩み寄り、もっふぁりとした白毛にお手々を絡ませる。わしゃわしゃとお手々をかき混ぜながら、にゃんごろーは長老を見つめた。
白毛の誘惑に惑わされても、発着場の通訳で抱いた疑問のことは、忘れていない。ちゃんと覚えている。それに、長老がこのポーズをとるのは、何か重大な発表があるときだと知っていた。
にゃんごろーはお手々を動かしながらも、黙って長老のお言葉を待っていた。
如何にもこれから大事な話があると言わんばかりの長老の態度と、真面目なお顔でその話を待ちつつも、長老の長い胸毛と戯れている子ネコー。そのアンバランスさが、可愛くもおかしい。
そんなネコーたちを見守るマグじーじは、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
長老の隣に立つマグじーじからは、にゃんごろーがテコテコと近寄ってきて長老の胸毛にお手々を伸ばす仕草や、長老を信頼しきってお言葉を待つ、キラキラのお目目が見上げてくる様、そのすべてを鑑賞することが出来た。まさに絶景だった。そのあまりの可愛さに、大声で叫んで回りたいのを堪えているのだ。
にゃんごろーの背後にいるカザンからは、にゃんごろーのお顔を見ることは出来なかったけれど、マグじーじとは違うアングルから子ネコーの愛らしさを堪能していた。まろみを帯びた子ネコーの背中が長老へと近づいていき、尻尾を揺らしながらお胸の毛にお手々を伸ばしていくにゃんごろー。カザンは目尻をほんのりと緩ませながら、小さなもふもふの行動を優しく見守っていた。
クロウは、床に頭をつけたままだった。まだ発作が継続中――なのかと思いきや、そう言うわけでもなさそうだ。プルプルは止まり、「スーハー」と深呼吸して、息を整えている。よく見ると、指で耳に栓をしていた。ネコーたちのやり取りを聞いていては、いつまでもこのままだと気づいたのだろう。ふたりの会話を聞こえないようにすることで、発作からの回復を試みているのだ。
回復行動継続中だったおかげで、クロウは現場を目撃せずに済んだ。
目撃していたら、さっきよりもひどい発作に襲われて、深く深く撃沈する羽目になったことだろう。
そして、長老は――。
「うむ。良く気付いたな。にゃんごろーよ」
長老は、にゃんごろーのわしゃわしゃ攻撃にも動じることなく、重々しい口調でそう告げた。にゃんごろーのこの行動は、長老にしてみれば、特に珍しいことでもないのだ。
無邪気に長老を見上げていたにゃんごろーは、長老のお言葉を聞いて、「は!」と何かに気付いたお顔をした。長老のお胸の毛をわしゃわしゃしていたお手々の動きもぴたりと止まった。
「魔法の修行は、もう始まっておる! つまり、長老は、にゃんごろーを試したのじゃ!」
うっかりを誤魔化す時には、「にゃんごろーを試していた」ことにするのは、長老の十八番だった。朝食時の「お見通し発覚事件」の時に続き、本日二度目である。この調子だと、今日は「お試しにゃんごろー」発動回数が、過去最高を記録してしまうかもしれなかった。
だが、にゃんごろーは今回もすんなり素直に誤魔化されてくれた。
は! は!――と長老を見上げ。
ピン! ピン!――と尻尾が伸びた。
「正解が分かるか? にゃんごろーよ?」
「…………! まっちぇ! いみゃ、かんぎゃえる! ちょーろー、まら、いっちゃらめらからね!」
「うむ。これも、修行じゃ。待っていてやるから、よく考えてみるがよい」
「う、うん! えっちょ、えっちょ……。ここは、きゃくのーこれ、はっりゃくりょーれ……。このおへやのおにゃまえは、ちいしゃなおふねのへやれ、ちゃまごの“しゅ”れしょ? ちょ、ゆーこちょは……」
にゃんごろーは、長老のお胸からお手々を離すと、白が混じった明るい茶色のお手々でもふもふと空中をかき混ぜながら、これまで聞いたことを思い出しつつ考える。目先のことに気を取られ、するっと聞き流しているようでいて、ちゃっかりちゃんと覚えていたようだ。
「はい! わかっちゃ!」
「うむ。では、答えてみるがよい」
もふグルもふグルしていた子ネコーのお手々が止まった。
左のお手々は下げて、右のお手々はもふビシはいッと上げる。
にゃんごろ-は、挙手のポーズで元気に声を張り上げた。
長老に促されて、にゃんごろーは張り切って答えを述べていく。
「えっちょね! きゃくのーこは、ちゃまごがおやしゅみなしゃいをしゅるちょころ! しょれれー、はっりゃくりょーは、ちょーろーがいってちゃやちゅ! ちょんれっちぇ、もろっちぇくるちょころ! きゃくのーこと、はっりゃくりょー、りょーほーあわしぇて、たまごのしゅ!」
「うむ! その通りじゃ! よく分かったの!」
「うむうむ、大したものじゃ。ワシもびっくりしたぞ、にゃんごろー」
「ああ。にゃんごろーは、賢いな」
「えへへー」
答えは見事に大正解だった。
長老だけでなく、マグじーじとカザンにも褒められて、にゃんごろーは嬉しそうに笑った。
喜んでいるにゃんごろーを見下ろして、長老も満足そうに笑っている。
これまでのウダグダは、スッキリさっぱりと忘れてしまったようだ。
――うむうむ。見学会の滑り出しは、なかなか順調なようじゃの。
ホクホク顔の長老は、誰にもツッコまれないのをいいことに、胸中でそんなことを呟くのだった。