動いている円盤(長老曰く、卵のベッド)にぶつかったら、にゃんごろーなんてぺしゃんこにされてしまう――。
そう長老に脅されて、恐怖でプルプル状態な子ネコーだったが、ぺっしゃんこのペラペラ子ネコーを想像している内に、何かを思いついたようだ。プルプルを一旦引っ込め、期待を込めた瞳で、長老に向かってこんなことを尋ねた。
「ぺしゃんこになっちゃあちょ、もういちろ、ふくりゃましちぇもりゃえれびゃ、まちゃ、ごひゃんをちゃべれるよーに、にゃる……?」
どうやら子ネコーは、長老の脅しの意味を、正しく理解していなかったようだ。
食いしん坊な子ネコーは、「ぺしゃんこになる」イコール「ごはんが食べられなくなる」と考えて、単純に美味しいものが食べられなくなってしまうことを恐れていたのだ。
その上で、ぺしゃんこになった体に、もう一度空気を入れて膨らませれば、またごはんを食べられるようになるのかと長老に問うているのだが、もちろんそんなわけがない。そういうことではない。
長老の解説がなくとも、子ネコーの拙い質問を聞いただけで、子ネコーの食いしん坊な発想を理解してしまったのだろう。クロウの体が、ヒクッと動いた。今度は何とか発作を起こさずに耐えたようだが、腹筋にはかなりの負荷がかかっているのが見て取れた。
「…………にゃんごろーよ」
「なあに、ちょーろー」
「ぺしゃんこになったら、もう元には戻らんぞ」
「え!?」
「ぺしゃんこにされたら、お空に行ってしまうわい。つまり、二度と美味しいものは食べられないということじゃ」
「……………………!!!!」
お空に行ってしまうとは、お亡くなりになるということだ。
まさか、そんなに深刻な事態になるとは思っていなかった子ネコーは、弾かれたように体を震わせた。都合のいい期待は瞳から消え失せ、「ヒョォオオオ」というお顔で長老を見上げている。プルプルも早速、復活していた。
にゃんごろーは「ヒョォオオオ」のお顔のまま、所定の位置に収まって動きを止めたベッドへと視線を向ける。移動が終わったため、ベッドからもラインからも光は消えていた。
「うぎょいちぇいりゅ、ちょころ、しょばれ、みちぇみちゃかっりゃけりょ……。にゃんごろーは、ここきゃらみりゅらけりぇ、いい……。ちゃらの、ひかっちぇうぎょく、みゃるい、いちゃりゃとおもっちぇいりゃにょに……。しょんにゃに、きょわいみょのらっりゃにゃんりぇ……」
光って動く丸い板の恐ろしさを知り、プルプルが止まらないにゃんごろー。恐怖のあまりか、発声魔法の乱れもいつも以上に激しい。
それを聞いたクロウもまた、腹筋に力を込めつつ、プルプルと震えていた。
「うむ。じゃから、あれが動くときは、専門のクルー以外は通路から出てはいかんことになっておる。クルーたちも、光っているものには絶対に近づいたりはせん。そういう決まりごとになっておるのじゃ」
「う、うううう、うん。らいりなこちょ、らね……。にゃんごろー、れっちゃいに、にゃきゃには、はいらにゃいように、しゅる……」
長老が“卵の巣”内でのルールを説明すると、子ネコーは心の底からルールの大事さに納得したようで、高速で何度も頷いた。巣内には絶対に入ったりしないという決意まで固めている。
卵船のベッドである円盤が動いている時は危険だというのは間違いないし、円盤ないし床のラインが光っている時は傍に近寄ってはならないというルールを教えるのは、とても大切なことだ。子ネコーの身の安全を守るために、必要な教育ではある。
しかし、それにしても少々脅し過ぎなのでは?――と、現場にいる人間たちは思った。子ネコーのあまりの怖がりように、格納庫兼発着場での見学はここで終わりか――とも思った。
だが、そう考えたのは、人間たちだけだったようだ。
子ネコーを怖がらせた張本ネコーである長老は、柵に設けられている出入り口を開けると、いそいそと“巣”の中に入っていった。
「今はもう、光っていないし、止まっているから安全じゃ! 中に入って、近くで見学するぞ! さあ、行くぞ! にゃんごろーよ!」
「にょ!?」
長老は“巣”の中から、「ほれほれ」とにゃんごろーを手招いた。「にょ!?」のお顔で固まっているにゃんごろーを、肉球のお手々で、もふっと手招いている。
「長老と一緒なら、大丈夫じゃ。ベッドが動く時には、ムラサキが教えてくれるし、光っているものの傍に誰もいないことを確認してから動かすようになっとるからの。ひとりで勝手に動き回ったりせず、ちゃんと長老の言うことを聞いていれば、大丈夫じゃ」
「う。しょ、しょっか……。ちょーろが、しょーゆーにゃら……」
自信満々の長老が、ポフンともふもふのお腹を叩いて安全を請け負った。
にゃんごろーは、頷きはしたものの、尻尾を自分の体に巻き付けて不安そうに視線を彷徨わせている。“巣”の中に入った長老は平然としているが、にゃんごろーのプルプルは、まだ治まっていなかった。さっきに比べればマシになったが、治まってはいなかった。
長老への信頼よりも、ペラペラにゃんごろーの恐怖の方が、わずかに勝ったのだ。
なかなか手強い子ネコーの臆病さ加減に、さすがの長老も、少々脅し過ぎたかと反省した。けれど、卵船見学続行を諦めたわけではない。
長老にはまだ、子ネコーを誘い込むための奥の手が残っていた。
「ミルゥだって、この中へ入って、卵船に乗り込んだじゃろう?」
「……あ! しょーいえば、しょらった!」
にゃんごろーのトマトの女神様ミルゥの名を出すと、にゃんごろーのプルプルは、あっさり止まった。
長老の予想通り、効果てき面だった。
それでうまくいったら、なんだかミルゥに負けたようで悔しいから、出来れば使いたくない手段だった。でも、残念ながら、予想通りに効果はてき面だった。
躊躇いなく“巣”の中へ入り、円盤の上の卵船に駆けていったミルゥを思い出して、にゃんごろーは顔を綻ばせた。卵船の中に引っ込む直前に、振り向いて手を振ってくれたミルぅの笑顔が蘇ってくる。危うく、幻想のミルゥに向かって手を振り返してしまうところだった。
「にゃんごろーよ?」
「はい!」
なんだかポワポワし始めたにゃんごろーに気付いて長老が声をかけると、にゃんごろーは幻想を打ち消して、背筋を伸ばしてお返事をした。
“巣”内に向けられた瞳に、もう恐怖の色は見えない。
光っていなければ大丈夫だと、長老は言った。
恐ろしいはずの円盤に向かって、ミルゥは躊躇いなく駆けて行った。そして、円盤の上の卵船へと乗り込んで、卵船のドアが閉まって、それから。
天井から、ムラサキの声が降って来たのだ。ムラサキは、ラインから離れろと言っていたはずだ。チカチカ、ポゥッが始まったのは、その後すぐだ。
光っている時は危険。
光る時には、ムラサキが教えてくれる。
だから、つまり。
にゃんごろーは、すべてを理解した。
一つ大きく頷いてから、長老に向かって輝く瞳でこう言った。
「ひかっちぇなけれびゃ、あんじぇん! ちょーろーと、ムラシャキしゃんのいうこちょを、ちゃんときいちぇ、いうちょおりにしゅれば、らいりょーる! しょーゆーこちょ、なんらよね!」
「うむ。その通りじゃ」
今度こそ、長老の言いたいことを正しく理解できたようだ。
気持ちが落ち着いてきたからか、発声魔法の方も平常通りの微妙さ加減に戻っていた。
子ネコーの心変わりの決定打がミルゥだったことを、ちょっぴり寂しく思っていた長老だったけれど、すぐに機嫌を直した。
ドキドキのお顔で“巣”内に足を踏み入れた子ネコーが、こうしておけば一安心とばかりに、長老のもふぁもふぁ尻尾の先を握りしめたからだ。
――にゃんごろーには、まだまだ長老が必要なようじゃの。
にゃんごろーに頼られたことが嬉しくて。
長老は「にょほほ」と笑い声を響かせた。