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第73話 ネコーと魔法

 随分と広いお部屋もあったものだと、にゃんごろーは感心していた。

 初めてお船のお風呂に連れて行ってもらった時も、その広さと天井の高さにびっくりしたものだけれど、ここはそれ以上だ。

 人間の大人からしても、格納庫兼発着場はかなり広いお部屋なのだ。

 身長が、人間の大人の膝のあたりまでしかない子ネコーには、信じられないような空間だった。

 森にある長老のお家だって、ネコーの住処の中では大きい方なのだが、こことはとても比べ物にならない。一体、長老のお家のいくつ分なのだろうか?

 まだ五つまでしか数を数えられないにゃんごろーには、とにかくたくさんということしか分からなかった。


 滑らかな質感の濃いグレーの床。

 壁の方は、床よりも少し明るいグレーだった。模様が描かれているところや、パイプが走っているところ、棚が設けられているところもある。

 天井は、全体が明るく光っていた。

 お部屋全体に、魔法の力が満ちている。

 青猫号は、魔法船だ。

 船内の何処にいても、魔法の息吹を感じることが出来る。

 森とは違う、魔法の息吹。

 このお部屋に満ちる魔法の力は、にゃんごろーがこれまで連れて行ってもらった船内のどの場所よりも強かった。

 それを今、改めて感じていた。

 そうして思い返してみると、卵船が発進する一連の流れの最中は、ずっと大きな魔法の力が動いていた。魔法の力が流れていた。

 それを再現することは出来ないが、その時の魔法の動き・流れは、覚えている。

 ちゃんと覚えている。


 にゃんごろーは、死んでも離さないとばかりに握りしめていた長老の尻尾から手を離した。

 自信満々の長老に続いて、おっかなびっくり、光の消えたラインに沿って歩いていたけれど。

 今はもう、怖くない。怖くなかった。

 なぜならば――――。


「ん? どうしたんじゃ?」


 長老が立ち止まって、怪訝そうなお顔で振り返った。子ネコーの束縛から逃れ、自由を取り戻したはずの尻尾は、なんだか寂しげに物足りなげに揺れている。

 にゃんごろーは、両方のお手々を「にゃわっ」と上げて、長老に答えた。

 にゃんごろーが見つけた“答え”を、長老に伝えた。


「あのね! にゃんごろー、わかっちゃっら! ちゃまごちょ、ベッロが、うぎょくちょき! しょれちょ、しょれが、ろこをちょおるのかも! わかるっちぇ、わかっちゃ!」

「ふむ……」


 長老は、まじまじとにゃんごろーを見つめた。もさもさ動いていた尻尾が、ピタリと動きを止める。

 長老とマグじーじは、感心したお顔で、前と後ろからそれぞれにゃんごろーを見下ろした。

 クロウとカザンは、不思議そうにしている。

 なんだかんだとにゃんごろーのいろいろ拙い発言の内容を理解してきたクロウだったが、今回ばかりは、意味が分からなかったようだ。

 子ネコーが「卵船とベッドが動く時と、それが何処を通るのかが分かった」というようなことを言っていることは分かった。けれど、意味が分からない。

 長老とマグじーじ、魔法の使い手であるふたりだけが、にゃんごろーの言葉に込められた意味を理解していた。


「よく分かったの。そうじゃ。あの光は、魔法を使えない人間たちに、どれが動くのか、何処を通るのかをお知らせするためのものじゃ。じゃが、長老たちは別じゃ。魔法の力を感じることで、光なんぞなくても、それが分かるのじゃ」

「うん! しょれがわかっちゃら、みょう、きょわくなくにゃっちゃ!」


 お手々を上げたまま、にゃんごろーは嬉しそうに「にゃぱっ」と笑った。

 長老とマグじーじは、そんな子ネコーを見下ろして、満足そうにうんうんと頷いている。

 さんにんの後ろでは、クロウとカザンが小声でひそひそと囁き合っていた。ひそひそ声なのは、なんだかいい雰囲気を醸し出しているさんにんの邪魔をしないようにという配慮からだ。


「なあ? つまりは、光らなくても魔力の流れで、危険な場所を感知できることに気づいたってだけだろ? 危険を知る手段が一つ増えたってだけなんだよな? なんで、それだけで恐怖心が消えるんだ?」

「ふむ。それだけ、ネコーたちにとって、魔法の力が馴染みのある存在だということではないのか?」

「んん? なんだか分からんものだから怖かったけど、円盤が動く仕組みが分かったから、恐怖が薄れたってことか?」

「うむ。それもあるだろうが……。魔法生物であるネコーは、視力や聴力や嗅覚以上に、魔法を感知する能力に長けているのだろう。世の中には、暗闇で正確に獲物の居場所を察知する能力を持つ生き物もいるというからな」

「あー、なるほどー。魔法の力で動くものの動きを捉えることは、ネコーたちの得意分野ってことか。で、びっくりの連続で、そのことに気づいていなかったちびネコーが、ようやくそのことに気づいた、と」

「うむ。まあ、そんな感じかの。ベッドを動かしているのは、馴染みのある力だと認識できたっちゅーこと。それとじゃ。その仕組みも、なんとな~く理解できたんじゃろうな。理解は自信に繋がるし、過剰に恐れる必要はないと分かったんじゃろ」


 どうやら、いつの間にか声のボリュームが上がっていたようで、長老が話に交じってきた。

 話題の主であるにゃんごろーはというと、「そういうことだったのか」というように、ふむふむ頷いている。

 だが、反論がないところを見ると、子ネコー的にも大体そんなところのようだ。


「しかし、一度見ただけで、何となくとは言え仕組みを理解するとは、にゃんごろーは凄いな」

「いや、本当に分かったのか……?」

「うん! まねっきょは、まら、れきないけりょ。らいちゃい、わかっちゃよ!」


 カザンは長老の説明に素直に感心していたが、クロウは子ネコーの疑いの眼差しを向けた。

 疑われたのだとは思わなかったようで、にゃんごろーは両手を腰に当て、「にゃふん」と胸を張って「真似は出来ないが、理解はした」と答える。

 それから、にゃんごろーは短い手を大きく振り回しながら体を捻り、子ネコー的にその仕組みについて説明してくれた。


「えっちょね! きょーゆーきゃんりに、きょー!」


 得意満面で披露してくれた卵船発進までの魔法の仕組みは、「こういう感じに、こう!」という、ひどくざっくりとしたものだった。

 本当は分かっていないことを誤魔化そうとしたわけではないことは、クロウにも分かった。

 最後の「きょー!」に合わせて、子ネコーは大きくのけ反った。おかげで、後ろに立っていたクロウとちょうど目が合ったのだ。

 クロウを見上げる子ネコーの瞳は、キラキラと自信に満ち溢れていた。「どう? 分かった?」とクロウに語りかけている。

 残念ながら、どういうことかはさっぱり理解できなかった。


「ネコーたちは、感覚で生きてるからのー。ルドルに魔法のことを聞いても、いっつもこんな感じの返事じゃ」

「あー、なるほど……? これが、ネコー流の魔法の説明ということ……なのか?」


 なんだそりゃ、とクロウが内心思っていると、マグじーじが苦笑いを浮かべながらネコー豆知識を教えてくれた。分かったような分からないような説明に、クロウは一応頷いた。

 微妙に納得がいかないクロウだったが、長老とは長い付き合いのマグじーじにそう言われてしまっては頷くしかない。


 ネコーとは、そういう生き物なのだろう。

 いや、単に長老とにゃんごろーがそういうタイプ、というだけなのかもしれないよな?…………と思ったことは内緒だった。


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