ネコー的な魔法の気づきにより、すっかり元気を取り戻したにゃんごろーは、トコトコッと前に進み出て、長老の隣に並んだ。
光っていないラインの反対側に並んだ。
マグじーじも、さりげなく前に進み、にゃんごろーを挟むようにして並んだ。
三人横並びで魔法についての話に花を咲かせながら、卵のお休みスペースへと歩いて行く。
その後ろを、カザンとクロウが並んで追いかけていた。並んではいるが、こちらには会話はない。カザンはネコーたちを鑑賞している方が楽しいようだし、クロウには、その邪魔をしてまで話したいことはなかった。
事件が起きたのは、卵船お休みスペースに辿り着いた時だった。
卵船の影から、巨大な影がヌッと姿を現したのだ。
人間たちからしても大きなその影は、にゃんごろーからしたら巨大な岩の魔獣が突然現れたかのように見えた。
「ひょええええええええ!?!?」
にゃんごろーは奇声を上げて、後ろに向かって一目散に駆け出した。
目を瞑って走り出したため、後ろを歩いていたクロウの足にぶつかって、何事かと立ち止まった長老の背中に向かって跳ね返り、
ぽいーん――ていん――ぺしょっ。
――――と床に倒れ込んだ。
ぺしょりと床の上にうつ伏せた子ネコーは、泣き出したりはしなかった。
無言のまま、本物の猫のように四つん這いに立ち上がると、昆虫のようにシャカシャカと素早い動きで前に進む。
進んだ先にあったのは、今度はカザンの足だった。
だが、今度はぶつかったりはしなかった。
代わりに、にゃんごろーはカザンの足にしがみついた。ついでに尻尾も巻き付けた。もう二度と離さない、と言わんばかりだ。
カザンの足にしがみつきガクブルと震えながら、にゃんごろーは巨大な影に向かって懇願した。
「にゃ、にゃにゃにゃにゃんごろーは、ちゃべるのはしゅきらけろ、ちゃべられりゅのは、しゅきらにゃいかりゃ! ちゃべるにゃら、ちょーろーきゃらいにしちぇええええ!」
「…………にゃんごろーよ。自分が助かりたくて、長老を差し出そうとしておるな?」
「ちょーろーは、みょー、おいしーみょにょ、いっぴゃい、いりょいりょ、ちゃべちぇきちゃけりょ! にゃんごろーは、まりゃ! これかりゃのこネコーらきゃら! にゃんごろーは、ちゃべにゃいれ! ちょーろーらけれ、まんりょくしちぇくらしゃい!」
「こーの子ネコーは! なんという言い草じゃ! 長老だって、まだまだ、これからのネコーじゃい! それにじゃ! 長老みたいな年寄りネコーよりも、にゃんごろーみたいな子ネコーの方が、美味しいじゃろう!?」
「ひ、ひぃいいいい! しょんにゃこちょ、にゃいみょん! しょれに、にゃんごろーは、まら、ちーしゃいし! ちょーろーのほーが、ちゃべるちょころ、いっぴゃいありゅれしょ!」
「量より質じゃ!」
「にゃんごろーは、みょーすきょし、しょられてきゃらのほーぎゃ、いいちょおみょう!」
「みょ!? そられてから?…………ああ、育ててからか。うむ。それは、確かに一理あるのー」
子ネコーに「食べないで」と懇願された巨大な影が答える前に、長老と子ネコーの醜い争いが流れるように始まってしまった。
けれど、にゃんごろーが「自分はもっと育ててから食べた方がいい。だから、今は勘弁してほしい」的な発言をすると、長老はなぜか納得して黙り込んでしまった。
ネコーたちの攻防に思わず聞き入ってしまっていた、その場にいた他の面々は、攻防が途切れたことで我に返り、それぞれ活動を再開した。
「こりゃ! ランドルフよ! にゃんごろーを怖がらせるとは何事じゃ!」
「す、すみません! 長老さんに、一言ご挨拶をと思って、つい!」
マグじーじは、すかさず巨大な影を𠮟りつけた。
巨大な影は、身を縮めながらマグじーじに頭を下げ始める。
「うむ。長老殿をやり込めてしまうとは。にゃんごろーは、中々に弁が立つのだな」
「くっは! くはははは! ランドルフさんっ! ちびネコーに、ま、魔獣かなんかと間違われっ……! ふっ、ふはっ! ふははは!」
カザンは、結果的に長老を黙らせてしまったにゃんごろーの手腕を褒め称えた。
クロウは、完全に引っ込んだかと思われた“端っこマスター”が復活し、カザンの足にしがみついているにゃんごろーの隣にしゃがみ込んで笑い転げる。
「にょ!?」
お目目をギュギュっと閉じて額をカザンの足に擦り付けていたにゃんごろーは、お耳の傍に落ちてきた笑い声に驚いて、ぱっちりお目目を覗かせた。
声のする方へお顔を向けると、クロウが可笑しくて堪らないという風に笑っている。
それで、にゃんごろーは気がついた。
お船の中に恐ろしい魔獣が現れたにしては、にゃんごろー以外、誰も慌てていないということに。
お目目を数回パチパチしてから、にゃんごろーは恐る恐る、強大な影がいた方を振り返る。
振り返って、巨大なその姿をしっかりと目に映して、バッチリチリに理解した。
自分が、とんでもない大勘違いをしていたのだということを――。