感動醒めやらぬ子ネコーのマグじーじ称賛会が、まだまだたけなわなうちに。
称賛会を仕掛けておきながら早速飽きてしまった長老は、近くの円盤へと向かった。円盤の上には、ミルゥが乗って行ったのと同じサイズの卵船がお休みしている。
長老は円盤の手前で立ち止まった。
この上に登ろうというのだろうか?
人間の大人なら、なんてことはない高さだが、長老には少し難しそうだ。
卵のベッドでもある円盤は、人間の大人の脛の真ん中辺りまであるのだ。長老は身長が人間の腰の辺りまでしかない。円盤は、にゃんごろーよりは長いが人間よりは短い長老の足の半分くらいの高さだ。若いネコーならば、それほど問題なく上れそうだが、長老はお年の上に丸みのある体つきをしている。さすがに、ヒョイというわけにはいかそうだ。
だが、何の問題もなかった。
ここは魔法のお船で、長老は魔法生物ネコーだからだ。
「ニャニャッとな」
長老は呪文なのか微妙な掛け声と共に、白くてもふぁッとしたお手々をサッと横に振った。
すると、円盤の脇から、足場に使うのに良さそうなミニ円盤が、にょるーんと出てきた。色はベッドと同じ白だ。
長老は満足そうに笑うと、足場を使って颯爽と卵のベッドに上った。それから、振り向いて、にゃんごろーを手招く。
「にゃんごろーよ、来るがいい。もっと近くで、卵船を見せてやろう」
「にゃ!?…………はーい♪」
その一声で、にゃんごろーの興味のすべてが、マグじーじから長老へと切り替わった。
にゃんごろーはマグじーじのことをスッカラカンと忘れて、いそいそと長老がいる円盤へと向かう。
置いてけぼりにされたマグじーじは、寂しそうにその背中を見送っていたけれど、すぐに気を取り直した。今回の見学会の主役はにゃんごろーであって、自分ではないということを思い出したからだ。自分がいい気分になることよりも、にゃんごろーを楽しませてあげることの方がずっと大事なのだ。
それに、ネコーたちのやり取りは、見ているだけ聞いているだけで癒される。気を取り直したマグじーじは、でれんとしたお顔でにゃんごろーを見守る。
にゃんごろーは、ミニ円盤に気づいて、その手前で立ち止まっていた。ミニ円盤をしげしげと眺めながら長老に尋ねている。
「ちょーろー。これ、にゃーに? しゃっきは、にゃかっちゃよね?」
「むふふ。それは、足場。踏み台じゃ。普段は卵のベッドの中に隠れておる。ベッドに上るために、長老が魔法で引き出したのじゃ!」
「まひょーれ、ひきらしちゃ、ふみらい……」
にゃんごろーがキラキラと長老を見上げた。その目が「実演して見せろ」と言っている。もちろん、長老は初めからそのつもりだ。
「そこから動かずに、見ておれ」
「はい!」
にゃんごろーは、ワクワクとミニ円盤を見つめた。子ネコーの心情を現すかのように、明るい茶色の尻尾が踊っている。尻尾は「待ちきれない! 早くしろ! 楽しみだ!」と訴えていた。
「それ、にょほっとな」
「おー……。うごいちゃー……」
長老がサッと手を振ると、ミニ円盤はにょるんと本体に引っ込んでいった。
感心しているにゃんごろーに向かって、長老はニヤリと笑った。
「にゃんごろーよ。もう一度、出して入れるから、よく見ておくのだぞ? 次は、にゃんごろーの番じゃからな。そのつもりで、よーく見ておれ」
「え? にゃんごろーも、やっちぇいいにょ?」
「なんじゃ? 魔法の修行は諦めたのか?」
「ううん! あきらめちぇない! しゅぎょー、しゅる! やりちゃい!」
「うむ。では、よく見ておれ」
「はい!」
「行くぞい! ほいっ、ほいっと」
掛け声に合わせて長老が手を振る。
サッ、にょるん。サッ、にょるん。
ミニ円盤が顔を出して、すぐにまた引っ込んでいった。
「ふぅーむ……」
にゃんごろーは、ミニ円盤が引っ込んでいったところを見つめながら、腕組みをして体を左右に揺らした。しばらくして、子ネコー振り子がピタリと動きを止めた。
「うん。らいたい、わかっちゃ! やっちぇみりゅ!」
「うむ。では、やってみるがいい! 長老が見ていてやるからの!」
「はい!」
にゃんごろーは長老に向かって元気にお返事をすると、ミニ円盤が引き込まれていった場所に向かって、「むん!」と両手を突き出した。
「んぅー、にゃ!――――ひゃ!?」
少々気合が入り過ぎてしまったようで、ミニ円盤が「にょっ!」と勢いよく飛び出してきた。驚いたにゃんごろーも悲鳴を上げて飛び退く。
「り、りっくりしちゃ……」
「初めての魔法を使う時には、もっと落ち着いて丁寧にやらんかい。飛び出す範囲が決められていたからよかったものの、自由自在に動くヤツじゃったら、踏み台に踏み倒されてけがをしておるところじゃぞ?」
「あーうー。ごみぇんにゃしゃーい」
どうやらミニ円盤は、あらかじめ動ける範囲が制限されているようだ。おかげで、大参事にはならずに済んだが、長老に窘められて失敗子ネコーはしょんぼりと項垂れた。お耳もぺしょんと萎れている。
長老は、しょぼくれているにゃんごろーを見下ろして、ニャフッと笑った。
魔法の修行の一環として窘めはしたものの、本気で怒っているわけではないのだ。
長老は、円盤の機能を熟知していたし、にゃんごろーがやりそうな失敗も大体見当がついていた。
これくらいの失敗は、もとより織り込み済みなのだ。
「まあ、仕組みは理解できたようだな。ほれ、もう一度やってみぃ! 閉まってから、引き出すのじゃ! 今度は、ちゃんと気を付けるのじゃぞ?」
「……………………はい!」
再挑戦の機会を与えられて、しょぼくれにゃんごろーは元気を取り戻した。
パァアアッとお顔を輝かせて、いいお返事を響かせると、今度は真剣なお顔になる。「今度は、慎重に」的なことをゴニョゴニョと呟きながら、両手をゆらりと前に翳し、気の抜けた呪文のような掛け声のような何かを口から落っことす。
「にゃるぅうん……」
呪文もしくは掛け声通りの気の抜けた動きで、ミニ円盤が顔を出した。卵ベッドの中で気持ちよく寝ていたところを起こされて「呼んだぁ?」とばかりに、ダルダル気だるげに顔を出した……そんな動きだった。
「れきちゃー! ちょーろー、みちゃ!? こんりょは、ちゃんんろ、れきちゃよ!」
「うむ。今度は成功したな。なかなか、よい動きじゃ。気に入った。長老も今度から、そんな感じで出したり入れたりするとしようかの」
「ちょーろー、にゃんごろーの、みゃねっきょしゅるの?」
「うむ。真似っ子じゃ」
「ちょーろー、にゃんごろーのみゃねっきょー♪ みょー、しょーららいにゃー、ちょーろーはー♪ にゃふっふー♪」
気だるげなミニ円盤出し入れ魔法は、人間的には微妙に思える動きだったが、長老は気にったようだ。余程気に入ったのか、にゃんごろーの真似っ子宣言までしている。
子ネコーには、それがまた嬉しかったようだ。
にゃんごろーは歌いながら、にゃんにゃこと飛び跳ねて喜びを表すのだった。