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第77話 にゃるうん、とにゃ。

 感動醒めやらぬ子ネコーのマグじーじ称賛会が、まだまだたけなわなうちに。

 称賛会を仕掛けておきながら早速飽きてしまった長老は、近くの円盤へと向かった。円盤の上には、ミルゥが乗って行ったのと同じサイズの卵船がお休みしている。

 長老は円盤の手前で立ち止まった。

 この上に登ろうというのだろうか?

 人間の大人なら、なんてことはない高さだが、長老には少し難しそうだ。

 卵のベッドでもある円盤は、人間の大人の脛の真ん中辺りまであるのだ。長老は身長が人間の腰の辺りまでしかない。円盤は、にゃんごろーよりは長いが人間よりは短い長老の足の半分くらいの高さだ。若いネコーならば、それほど問題なく上れそうだが、長老はお年の上に丸みのある体つきをしている。さすがに、ヒョイというわけにはいかそうだ。

 だが、何の問題もなかった。

 ここは魔法のお船で、長老は魔法生物ネコーだからだ。


「ニャニャッとな」


 長老は呪文なのか微妙な掛け声と共に、白くてもふぁッとしたお手々をサッと横に振った。

 すると、円盤の脇から、足場に使うのに良さそうなミニ円盤が、にょるーんと出てきた。色はベッドと同じ白だ。

 長老は満足そうに笑うと、足場を使って颯爽と卵のベッドに上った。それから、振り向いて、にゃんごろーを手招く。


「にゃんごろーよ、来るがいい。もっと近くで、卵船を見せてやろう」

「にゃ!?…………はーい♪」


 その一声で、にゃんごろーの興味のすべてが、マグじーじから長老へと切り替わった。

 にゃんごろーはマグじーじのことをスッカラカンと忘れて、いそいそと長老がいる円盤へと向かう。

 置いてけぼりにされたマグじーじは、寂しそうにその背中を見送っていたけれど、すぐに気を取り直した。今回の見学会の主役はにゃんごろーであって、自分ではないということを思い出したからだ。自分がいい気分になることよりも、にゃんごろーを楽しませてあげることの方がずっと大事なのだ。

 それに、ネコーたちのやり取りは、見ているだけ聞いているだけで癒される。気を取り直したマグじーじは、でれんとしたお顔でにゃんごろーを見守る。

 にゃんごろーは、ミニ円盤に気づいて、その手前で立ち止まっていた。ミニ円盤をしげしげと眺めながら長老に尋ねている。


「ちょーろー。これ、にゃーに? しゃっきは、にゃかっちゃよね?」

「むふふ。それは、足場。踏み台じゃ。普段は卵のベッドの中に隠れておる。ベッドに上るために、長老が魔法で引き出したのじゃ!」

「まひょーれ、ひきらしちゃ、ふみらい……」


 にゃんごろーがキラキラと長老を見上げた。その目が「実演して見せろ」と言っている。もちろん、長老は初めからそのつもりだ。


「そこから動かずに、見ておれ」

「はい!」


 にゃんごろーは、ワクワクとミニ円盤を見つめた。子ネコーの心情を現すかのように、明るい茶色の尻尾が踊っている。尻尾は「待ちきれない! 早くしろ! 楽しみだ!」と訴えていた。


「それ、にょほっとな」

「おー……。うごいちゃー……」


 長老がサッと手を振ると、ミニ円盤はにょるんと本体に引っ込んでいった。

 感心しているにゃんごろーに向かって、長老はニヤリと笑った。


「にゃんごろーよ。もう一度、出して入れるから、よく見ておくのだぞ? 次は、にゃんごろーの番じゃからな。そのつもりで、よーく見ておれ」

「え? にゃんごろーも、やっちぇいいにょ?」

「なんじゃ? 魔法の修行は諦めたのか?」

「ううん! あきらめちぇない! しゅぎょー、しゅる! やりちゃい!」

「うむ。では、よく見ておれ」

「はい!」

「行くぞい! ほいっ、ほいっと」


 掛け声に合わせて長老が手を振る。

 サッ、にょるん。サッ、にょるん。

 ミニ円盤が顔を出して、すぐにまた引っ込んでいった。


「ふぅーむ……」


 にゃんごろーは、ミニ円盤が引っ込んでいったところを見つめながら、腕組みをして体を左右に揺らした。しばらくして、子ネコー振り子がピタリと動きを止めた。


「うん。らいたい、わかっちゃ! やっちぇみりゅ!」

「うむ。では、やってみるがいい! 長老が見ていてやるからの!」

「はい!」


 にゃんごろーは長老に向かって元気にお返事をすると、ミニ円盤が引き込まれていった場所に向かって、「むん!」と両手を突き出した。


「んぅー、にゃ!――――ひゃ!?」


 少々気合が入り過ぎてしまったようで、ミニ円盤が「にょっ!」と勢いよく飛び出してきた。驚いたにゃんごろーも悲鳴を上げて飛び退く。


「り、りっくりしちゃ……」

「初めての魔法を使う時には、もっと落ち着いて丁寧にやらんかい。飛び出す範囲が決められていたからよかったものの、自由自在に動くヤツじゃったら、踏み台に踏み倒されてけがをしておるところじゃぞ?」

「あーうー。ごみぇんにゃしゃーい」


 どうやらミニ円盤は、あらかじめ動ける範囲が制限されているようだ。おかげで、大参事にはならずに済んだが、長老に窘められて失敗子ネコーはしょんぼりと項垂れた。お耳もぺしょんと萎れている。

 長老は、しょぼくれているにゃんごろーを見下ろして、ニャフッと笑った。

 魔法の修行の一環として窘めはしたものの、本気で怒っているわけではないのだ。

 長老は、円盤の機能を熟知していたし、にゃんごろーがやりそうな失敗も大体見当がついていた。

 これくらいの失敗は、もとより織り込み済みなのだ。


「まあ、仕組みは理解できたようだな。ほれ、もう一度やってみぃ! 閉まってから、引き出すのじゃ! 今度は、ちゃんと気を付けるのじゃぞ?」

「……………………はい!」


 再挑戦の機会を与えられて、しょぼくれにゃんごろーは元気を取り戻した。

 パァアアッとお顔を輝かせて、いいお返事を響かせると、今度は真剣なお顔になる。「今度は、慎重に」的なことをゴニョゴニョと呟きながら、両手をゆらりと前に翳し、気の抜けた呪文のような掛け声のような何かを口から落っことす。


「にゃるぅうん……」


 呪文もしくは掛け声通りの気の抜けた動きで、ミニ円盤が顔を出した。卵ベッドの中で気持ちよく寝ていたところを起こされて「呼んだぁ?」とばかりに、ダルダル気だるげに顔を出した……そんな動きだった。


「れきちゃー! ちょーろー、みちゃ!? こんりょは、ちゃんんろ、れきちゃよ!」

「うむ。今度は成功したな。なかなか、よい動きじゃ。気に入った。長老も今度から、そんな感じで出したり入れたりするとしようかの」

「ちょーろー、にゃんごろーの、みゃねっきょしゅるの?」

「うむ。真似っ子じゃ」

「ちょーろー、にゃんごろーのみゃねっきょー♪ みょー、しょーららいにゃー、ちょーろーはー♪ にゃふっふー♪」


 気だるげなミニ円盤出し入れ魔法は、人間的には微妙に思える動きだったが、長老は気にったようだ。余程気に入ったのか、にゃんごろーの真似っ子宣言までしている。

 子ネコーには、それがまた嬉しかったようだ。

 にゃんごろーは歌いながら、にゃんにゃこと飛び跳ねて喜びを表すのだった。


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