近くでよーく見てみると、卵船は完全なる卵型をしているわけではなかった。
短い羽根が付いていることから、ではない。それは、遠目にも分かる。
そこではなくて、純粋に形のことだ。
卵船は、横たわる卵の底の一部が切り取られたような形をしているのだ。
コロンコロンと転がらないようにするためだろうな、ということはにゃんごろーにも分かった。
「卵の尖っている方が前で、ずんぐりしている方が後ろじゃ」
「ほほぅ……」
無事、足場用のミニ円盤を出し入れする魔法をマスターした子ネコーが、意気揚々と卵船のベッドである大円盤に上ると、早速長老の説明が始まった。
まだ子ネコーのにゃんごろーには、足場も少々高さがあったため、両手も使って「にょっきょらしょ」と、動き自体はもたついていたが、気持ちだけは揚々だった。
ちゃあんと自力でベッドに上ってきた子ネコーの頭をポフポフ撫でてやってから、長老は、そのもふりとしたお手々を卵船の尖っている方とずんぐりしている方に、ビッ、ビッと向けて教えてくれた。
ミルゥを乗せた卵船が飛び立つところを見ていたので、何となく察してはいたが、改めての説明に、にゃんごろーは素直に耳を傾けている。
長老はにゃんごろーを伴って、ゆっくりと卵船の周りを歩き始める。どうやら、一周させてくれるようだ。
にゃんごろーは首が痛くなるほど見上げながら、長老の尻尾を掴んで後をついて行く。尻尾を掴んでいるのは、怖いからではない。長老に、そうしろと言われたからだ。「ほわぁ」と卵船を見上げているにゃんごろーが、躓いたりぶつかったりベッドから落ちたりしないように、という長老の配慮だった。長老は適当なようでいて、こういう配慮はちゃんと出来るのだ。
それは、見れば見るほど、卵だった。
羽が付いていることと底の形が安定していることに目を瞑れば、ではあったが。どちらにせよ、にゃんごろーにとっては、「そういう卵なんだろう」で方がつく問題だ。
正面には、青猫のマークが描かれていたが、それだって「そういう模様なんだ」の一言で終わる話だ。
「きょりんしゃんら、うっきゃり、ほんみょのの、ちゃまごとかんちらいして、コンコンって、やられちゃり、しにゃいのかにゃー……」
「んー? まあ、本物の卵じゃないからのう。巨人さんにコンコンされても、簡単に割れたりはしないはずじゃ。どっちにしろ、そんなに大きな巨人さんは今のところ見つかっておらんから、安心せい」
「おー……。きょりんしゃんは、まら、いにゃいのきゃー……」
巨大な卵を見上げながら、にゃんごろーはポンポロリンと子ネコーらしい感想をもらす。長老は、のんびりゆったりとそれに答えた。卵に気を取られすぎて、子ネコーの発声魔法は大分お留守になっていたが、長老は問題なく聞き取れているようだ。
見学会参加メンバー人間組は、ネコーたちの会話を聞きながら、揺れる尻尾の後について、ゆっくりと歩いている。
「こりぇが、ほんみょのの、ちゃまごにゃら……。じゅるり……。もりのみんにゃれ、みゃいにち、ちゃまごら、ちゃべられりゅねぇ……じゅる……」
「うーむ。いい考えじゃが、これが本物の卵なら、これより大きな親鳥がいるっちゅーことじゃからのー。森のみんなの方が、『パクリ、ごちそーさま』されてしまうかもしれんのー」
「ひ、ひぃっ!? にゃっぴゃり、いみゃのは、にゃしれ……!」
「にょほほ」
食い気と涎に塗れた子ネコーの希望は、長老のもっともな指摘によりあっさりと消えた。尻尾と毛並みを逆立たせ、プルプル震えだした子ネコーの気配を後ろに感じて、長老は楽しそうに笑っている。
「ちゃまごもー、キュウリとトマトみちゃいにー、はちゃけれ、とれちゃらいいにょににゃぁ……。しょーしちゃら、にゃんごろー、はりきっちぇ、おしぇわしゅるにょににゃぁー……」
「卵の生る木か、憧れじゃのぅ。卵農園を造ったら、毎日卵が食べ放題じゃのぅ」
「ろっきゃに、にゃいのきゃなぁ。こんろ、ショランに、みつけちぇきちぇって、ちゃのんれみよーかにゃぁ」
「おお、あいつは行商しながら世界中を旅してまわっておるからなぁ。どっかで、見つかるかもしれんなぁ。変な像よりも、よっぽどいいお土産じゃのぅ」
「ねー……」
ふわふわと見果てぬ夢を語り合う食いしん坊ネコーがふたり。
うっとりとしたお顔で夢を語り合うふたりの脳内からは、卵船の“船”の部分が何処かへ飛び立って行ってしまったようだ。
話に出てきたソランとは、魔法の道具を行商して世界中を旅してまわっている長老の孫ネコーのことだ。カザンの親友でもある。世界中の変な像を集めるのが趣味で、長老の家とカザンの部屋には、ソランが持ち帰った像がたくさん置いてあるのだ。
「ソランさん、大変なことを頼まれそうだなー」
「ふっ。心配あるまい。ソランのことだ。卵の形をした実のなる木の苗あたりで、お茶を濁しそうだな」
「ちびネコーのヤツ、あっさりと騙されて、張り切って世話に精を出しそうだな」
「見たことのない植物なら、ルドルの奴も騙されると思うぞ? あいつは、食い物が絡むと知性が子ネコー以下になるからな」
背後からついてくる見守り隊の間では、無理難題を押し付けられそうなソランが話題に上り、最終的にはマグじーじにより長老情報が明かされた。
「あー、はは……。長老さん、そうなんだ……」
「うむ……。まあ、ちゃんと食べられて、尚且つ味のいい実を選んでくるだろうし、最終的には問題なかろう……」
意外なようでいて、そうでもないような長老の新情報。
聞かされたクロウは、呆れたような納得したような微妙な顔で、乾いた笑いを零した。
カザンは、長老情報には特に触れず、ソランの友人としての立場からの予想を述べるにとどめている。
「…………そうじゃなぁ。卵じゃなくても、食べられる実が生りさえすれば、なんだかんだで、ふたりとも大喜びするんじゃろうなぁ……」
カザンの発言を受けて、マグじーじは苦笑いを浮かべながら話をまとめた。
見守り隊の脳裏に、卵型の実を収穫して、大喜びしているネコーふたりの姿が思い浮かぶ。本物の卵じゃなかったことへのガッカリは、美味しく食べられる実だと分かった瞬間に吹き飛ぶだろうことは、三人ともよく分かっていた。
「いい実が見つかるといいなぁ」
「そうだな」
「うむ」
どうやら、見守り隊の中では、ソランが幻の実を探しに行くことが確定してしまったようだ。
ネコーたちも人間も。
卵船をぐるりと一周して、青猫の絵が描かれた搭乗口の前に戻って来るまで。
それぞれが、それぞれの幻の実へと、思いを馳せるのだった。