幻の卵妄想で、まったりゆるゆる気分になってしまった見学会御一行様は、ふわふわした雰囲気のまま卵船を一周して、青猫マークの搭乗口まで戻ってきた。
このままでは、見学会の続行が危ぶまれるところだったが、心配はいらなかった。
幻妄想がはかどり過ぎて、口の中に溢れてくる涎をジュルジュルゴックンするのに忙しかった長老が、いち早く立ち直ったのだ。
見学会を遂行せねばという使命を思い出した……わけではなさそうだった。きっと、ちょうど妄想が一段落したところだったのだろう。
長老は青猫マークの前でピタリと足を止めると、にゃんごろーに呼びかけた。
「にゃんごろーよ」
「にゃんにゃんにゃ…………ほえ?」
卵の実を美味しく育てるための魔法の歌を考えていたのか、何やら小さく口ずさみながら長老の尻尾をリズミカルに振り回していたにゃんごろーは、長老に激突する寸前でギリギリ立ち止まった。
頭の中では、まだ歌が流れているのか、尻尾回しを続行したまま長老を見上げている。
「卵のお船を一回りしてみて、何か気づいたことはないか?」
「きるいちゃこちょ……?」
長老から質問されて、にゃんごろーはお手々を止めて、首を右に傾げた。
「んー……。んー……」
それから、今度は左へ傾げ、もう一度右に傾げ。
長老の尻尾から手を離して、もふッと腕組み。
右へ左へと、メトロ子ネコーノームになって考え込む。
やがて、メトロ子ネコーノームは、ただの子ネコーに戻った。
にゃんごろーは右手を上げて元気よく答え、それから尋ねた。
「わかんにゃい! ろんなこちょ?」
「うーむ、にゃんごろーには、ちょっと難しかったかのぅ。仕方がない。それでは、ヒントをやるとしよう。卵船に乗ってお空を飛んだとしたらじゃ。お外の景色を見てみたくならんかのー?」
「うん! みちゃい! ちきゃくれ、くみょ、みちぇみちゃい!」
「うむ。雲か。雲の中に入って、雲の中から雲を見るというのも、卵船のだいご味じゃの。それだけじゃないぞ? お空の高い所から見る、森や海や街の様子も、格別じゃぞ?」
「しょーなの? みちゃ~い! にゃんごろーも、みちゃい!」
「そのために、足りないものがあるんじゃないのかのー? にゃんごろーに、分かるかのー?」
「ちゃりにゃいもにょ…………?」
まだ見ぬ景色への期待に瞳を輝かせ、ぴょんぴょこ飛び跳ねる子ネコー。
長老は、少々意地の悪い笑みを浮かべながら、にゃんごろーにもう一度質問した。
にゃんごろーは、小さくお口を開けたまま、卵のお船を見上げて、右へ左へと視線を走らせ、「はっ」とお目目を見開いて、お耳をピンと立てた。
「わかっちゃ! まろ! まろがにゃい!」
「うむ、そうじゃ。卵船には、窓がないんじゃ」
「え? りゃあ、おふにゃかりゃ、おしょと、みれにゃいの? ちょーろー、にゃんごろーに、うしょちゅいたにょ?」
にゃーんとショックを受けたお顔で、にゃんごろーは抗議するように長老の尻尾をグイッと引っ張った。
散々、期待を煽るようなことを言っておきながら、『窓がないからお外の景色は見れません』なんて、あまりにひどすぎる。膨らみに膨らんだ期待をぺしょんと潰されて、にゃんごろーのお目目に涙が滲む。
「にょっほっほん♪ 嘘なんぞ、ついてないわい。マグよ、頼む」
「う、うむ。にゃんごろー、今から、魔法の窓を見せてあげような」
「まひょーのまろ?」
「そうじゃ。ムラサキよ、窓の準備を!」
「はーい♪」
長老は半泣きのにゃんごろーを見下ろしながら楽しそうに笑った。マグじーじが、そんなにゃんごろーの頭を宥めるように撫でてくれる。
グスンと鼻をすすり上げている内に、何やらトントンと事態が進んで行き、天井からムラサキの楽しそうな声が降って来た。
「それでは、みなさーん♪ 右手……いや、左手……? えーと……んん。お口があった方の壁を、ご覧くださーい♪」
若干の不具合と共に、仕事中とは思えない楽しそうなアナウンスが流れてくる。
どういうことだろうと首を捻りながらも、にゃんごろーはアナウンスの通りに、素直にお口側の壁に視線を向けた。
「はーい♪ それではぁ、窓、展開しまーす♪ 3・2・1…………じゃーん♪」
「………………うわぁー……」
ムラサキの軽やかな合図に合わせて、濃いグレーの壁一面に、海と空と砂浜と森が映し出された。ミルゥを乗せた卵船が出発した時、お口が開いた時に見えたのと同じ景色だ。
子ネコーから歓声が上がる。
涙は、すっかり乾いていた。
潮風が流れ込んで来ていないことから、お口が開いたわけではないことは分かった。
濃いグレーの壁が、ムラサキの合図で透明な窓ガラスに変わってしまったかのようだった。
「むっふっふ。びっくりしたか?」
「うん! りっくりしちゃ!」
「これも、お船の魔法じゃ。外からは中が見えないのに、中からは外が見えるようになっておるのじゃ」
「うむ。外からは、いつも通り、お船の外壁が見えるだけじゃ。見た目は、何も変わっておらん。お船の中にだけ窓が出来た……みたいな感じかの」
壁が窓になったことに驚く子ネコーを見下ろして、仕掛け人である長老とマグじーじは満足そうにニンマリと笑った。子ネコーの視線は窓に釘付けなのに、自慢そうに胸を反らしながら、順番に子ネコーへの解説役を務める。
「しゅごーい! まひょーれ、まろににゃっちゃり、きゃべににゃっちゃり、しゅるんら!」
「そうじゃ。窓になったり、壁になったりじゃ」
「しょれもしゅごいけりょ、にゃんごろー、こんにゃにおっきいまりょ、はりめちぇみちゃ……。しゅごいねぇ……。おふねは、しゅごいんらねぇ……」
最初のびっくりが治まってくると、その魔法技術の凄さや窓の大きさに、ただただ圧倒される。
子ネコーは「ほわぁ」と感心しきりのお顔で、いつまでもいつまでも、大きな大きな魔法の窓を見つめ続けるのだった。