長老に深々と頭を下げて、巨人さんびっくり事件について謝罪を始めたと思ったら、今度はひれ伏してしまったにゃんごろーに、ネコー以外の見学会メンバーは何事かと驚いた。一見、涼しげに見えるカザンも僅かに目を見開いている。
驚きながらも動向を見守っていると、子ネコーは拙いながらも見事な申し開きの口上……らしきものを述べ始めた。
「ははーっ! ごみぇんにゃしゃい! ろうか! にゃにちょじょ! ちゃみゃごにのしぇちぇくりゃしゃい! しぇめちぇ、にゃきゃを、みりゅらけりぇも! ろうか! にゃにちょぞー! ははーっ! ははーっ!」
ひれ伏しポーズで、微妙に芝居がかかり切らないセリフを拙くも一生懸命に読み上げるにゃんごろー。
繰り返される子ネコーの「どうか、なにとぞ、ははーっ」を、長老はニマニマしながら見下ろしている。
しばらく子ネコー劇場を楽しんだ後、緒ろうは腕組みをして、ふんぞり返りながらこう言った。
「顔を上げい!」
「はいっ!」
言われた通りに、にゃんごろーがお顔を上げた。
ひれ伏しポーズのまま、お顔だけをぴょこんと上げた。
ここが大事なシーンだとばかりにキリリとお顔を引き締めているが、瞳は期待に輝いている。
この茶番により、卵の扉が開かれることになると信じているからだ。
長老の魂胆なんてお見通しなんだから――などと子ネコーが思っていることは、そのお顔を見なくても分かった。
背後から茶番劇を見守る見学会人間組は、にゃんごろーの忙しなく動く尻尾の動きと、小さな体をさらに小さく丸めたその全身から立ち昇る期待のオーラで、そうと察した。
それで、人間組は理解した。
これは、ふたりの間で伝わるお約束、いつもの茶番というヤツなのだな、と。
となれば、この茶番はもうすぐ終わるのだろう、と予測した。
散々焦らしてからもったいぶって子ネコーを喜ばせるつもりなのだろう、ということは、最初から分かっていた。それでも、朝食時の子ネコー大泣き事件があったばかりのため、人間組は少しハラハラしていたのだ。加減を間違えて、また子ネコーが大泣きしてしまうのではと心配していた。けれど、それも。これで、ようやく丸く収まりそうだ。
そう思ったのに――――。
長老はニンマリと笑って、さらに引っ張った。
「うむ。良い心がけじゃ。じゃが、卵の中は、また今度じゃ」
「…………ええ!? しょ、しょんなぁー……」
長老のツレナイセリフを聞いて、にゃんごろーはガバリと身を起こした。
長老は、いたずらなお顔で笑っている。でも、にゃんごろーには、それがよく見えなかった。お目目の中にジワリと熱いものが滲んできてしまったからだ。
てっきり、これで許してもらえると思ったのに、そうじゃなかった。
卵船見学続行のお許しは、もらえなかった。
子ネコーの頭がフルフル震え、ひよーんと飛び出たおひげも小刻みに揺れ出した。
にゃんごろーのお顔は、決壊寸前だった。お目目に熱いものが盛り上がってきて、涙の大嵐に襲われる寸前だ。
長老は、そんな子ネコーに向かって「にょほほ」と笑ってから、思いもよらなかったことを言った。
「卵船に乗るのは、にゃしろーが戻ってきてからのお楽しみに取っておこうと思っての」
「…………え?」
嵐は直前で進路を変更した。
おねだりしたものとは違うけれど、今、とても素敵な考えが聞こえた気がして、にゃんごろーはお目目をパチパチした。一足先に来ていた嵐の前触れが一粒、ポロリと零れ落ちる。
それで、嵐の脅威は完全に消え去った。
卵船に乗せてもらえない悲しみは、もうどこかへ吹き飛んでいた。
それくらい、素敵な考えだった。
「一つくらいは、にゃしろーと一緒に初体験……『初めて、わー!』が出来るものを残しておいてもいいじゃろう。それに、ふたりの方が、もっと楽しいと思うぞ? 卵船の見学を、ふたりで一緒に『初めて、わー!』ってした後に、初めて同志、子ネコー同士のお話が出来るじゃろ? その方が、素敵じゃと思わんか?」
「……………………おみょう! にゃんごろーも、しょのほーがいい! しょれにゃら、いみゃは、ぎゃみゃんしゅる! にゃしろーといっしょに、『はりめちぇ、わー!』ってしゅるほーがいいみょん!」
長老が優しく笑いながら素敵な計画の続きを話すと、にゃんごろーは立ち上がって、長老のお腹に飛びついた。長老の白くて長い毛を滅茶苦茶にかき混ぜ、その場でステップを踏みながら喜びを伝える。
長老は、喜びに荒ぶるにゃんごろーに時たま足を踏まれながらも「そうじゃろ、そうじゃろ」と笑っている。
どうやら、これで本当に一件落着のようだ。
どうなることかとハラハラしながら様子を見守っていた人間組も、今度こそ本当に胸を撫でおろした。
撫でおろして、それから――――。
一人は、「ところで……」と首を捻り。
もう一人は、「なるほど、そういうことだったのか」と納得し。
最後の一人は、「まったく、しょうのないヤツめ……」と呟きながら、ツルリと光る頭を撫でるのだった。