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第82話 どのくらい明日?

 どういうことだと首を捻りつつ、自分以外の人間組の様子をチラリと窺って、まったく事情を把握していないのは自分だけなのだとクロウは悟った。

 カザンは事の顛末には驚いているが、にゃしろーという名前には覚えがあるようだった。おそらく、親友であるソランから聞いて知っているのだろう。

 マグじーじは、ネコーたちの様子に顔を緩めつつ、やれやれと頭を撫で回している。こちらはどうやらすべての事情に通じているようだ、とクロウは当たりをつけた。考えてみれば、マグじーじは見学会の主催者で、長老の親友でもあるのだ。当然と言えば当然だった。


「えーと、それで。にゃしろーっていうのは、誰なんだ?」


 事情を知っていそうな二人に、クロウは遠慮がちに尋ねた。

 二人とも、ネコーたちの鑑賞に忙しいようだったので、もしかしたら自分の質問は黙殺されるかもしれないと覚悟の上での質問だったが、答えはすぐさま返ってきた。

 それも、ちゃんと二人ともからだ。

 どうやら二人とも、ネコーに関する質問は聞き逃さないようだ。


「にゃしろーは、にゃんごろーの兄弟ネコーだ」

「うむ。ちょいと魔法的な不具合があってのぅ。今は魔女の奴のところで、治療もかねて預かってもらっているのじゃ。元々、あれじゃ。近い内に一度、森に戻して、一日二日様子を見てみようかと相談していたのじゃ。それが、魔女の奴に急ぎの仕事が何件か入ってしまってのぅ。保留になっていたのじゃ。その間に、ネコーの住処で火柱が上がって、ルドルとにゃんごろーが青猫号にやって来た……というわけなのじゃ。その魔女の仕事も、そろそろ一段落するようでの。にゃんごろーたちが青猫号にいる間に、にゃしろーに会わせてやれそうなのじゃよ」

「あー、なるほど……」

「にゃしろーも、森の住処がどうなっているのか気になるじゃろうしのー。せっかくじゃから、卵船に乗せて、ネコーの住処まで連れて行ってやろうかとルドルと相談しておったのじゃ」

「ああ、それはいい。ふたりとも、喜ぶだろう」


 マグじーじが、その時を想像して相好を崩すと、カザンも仄かに頬を緩ませた。

 そうなったら、きっと。にゃんごろーは、天にも昇る気持ちで空へ昇るのだろうなと思いつつも、クロウは魔法的な不具合についても気になった。

 その魔法的な不具合とやらは、長老では治せなかったのだろうか……という疑問が浮かんできたのだが、口から零れかけたその問いを、クロウは口から転げ出る一歩手前で飲み込んだ。

 人にもネコーにも、得手不得手というものがある。長老では治せないからこそ、適任である魔女に託したのだろうと、直前で思い至ったからだ。

 魔法の使い手ではないクロウは、魔女のことは詳しく知らない。知っているのは、魔法の素材や道具などを扱っていて、魔法整備班の取引先であるということくらいだ。マグじーじの口ぶりからして、マグじーじとは旧知の仲なのだろうなとクロウは推測した。おそらく、長老もそうなのだろうなと思った。


 そうこうしている内に、子ネコーの方も昂ぶりが治まってきたようだ。

 ステップを刻みまくるのを止めて、長老の腹毛にお手々を絡めたまま、長老のお顔を仰ぎ見て、大事な質問をした。


「しょれで、しょれで! いちゅ? いつ、にゃしろーにあえりゅの? どのくりゃい、あしちゃ?」

「うむ。まだ、はっきりとは分からん!」

「えー!?」


 どのくらい明日なのか、という子ネコーのもっともな質問に、長老は胸を張って「分からない」と答えた。

 当然のごとく、子ネコーは抗議の声を上げたが、長老は悪びれなく「にょほほ」と笑った。


「魔女は、お仕事で忙しいらしくてな。お仕事が片付いたら、にゃしろーをつれて来てくれる約束にはなっておる」

「うう、しょうかー。おしろちょかー……。しょれにゃら、しょーがにゃいねぇ……。おしろちょは、ごひゃんをちゃべるにょに、ひつよーにゃこちょらもんね……」


 長老が理由を説明すると、にゃんごろーは残念そうな顔をしつつも、ごねたりせずに引き下がった。とても、食いしん坊らしい理由で。

 やけに物分かりよく納得すると思ったら食べ物絡みか……と、クロウは感心しつつも呆れていた。カザンとマグじーじは、言うまでもなく、ただただ感心している。


「まあ、安心するがいい。長老たちがお船にいる内には、会えるはずじゃ!」

「ほんちょ~!? やっちゃぁー!」


 だが、それは落としてから上げる、長老のいつもやり口だったようだ。

 子ネコーは、またしてもあっさりと引っかかり、すぐに舞い上がった。

 長老は、小躍りして喜ぶ子ネコーをしばらく堪能してから、舞い踊る子ネコーに釘を刺した。これもまた、いつものやり口だ。


「うむ。じゃが、浮かれてばかりではいかんぞ?」

「えぇ~!? にゃんれぇ~!? きょんにゃの、うかれちゃうれしょ!」


 喜びに水を差された気分の子ネコーは「にゃうっ!」と両手を突き上げた。

 予想通りの反応を余裕で受け止めて、長老はニヤリと笑う。


「にゃしろーの青猫号案内は、にゃんごろーにお任せしようと思っておる」

「え!?」

「じゃから、浮かれてばかりおらんで、ちゃーんと長老たちの説明を聞いておくのじゃ!」

「は、はわわわわ! にゃんごろーが、にゃしろーに……。はわぁ……。ほわぁ……」


 長老とマグじーじと一緒に前に並んで、にゃしろーにお船のあれこれを説明している自分の姿を思い浮かべて、にゃんごろーは、ポワンとしたお顔になった。

 長老とマグじーじが、にゃんごろーにお船のことを教えてくれたように、今度はにゃんごろーもふたりに交じって、教える側に回るのだ。

 それはもう、想像するだけでポワポワだった。

 頭の中も毛並みも、ポワポワのポワだった。

 もうすぐ、にゃしろーに会えるというだけでも嬉しいのに、にゃんごろーがにゃしろーにお船のことを教えてあげるのだ。

 本好きなにゃしろーは、物知りな子ネコーだった。これまで、にゃんごろーがにゃしろーに教わることはあっても、にゃんごろーがにゃしろーに教えてあげることは、ほとんどなかった。

 そのにゃんごろーが、にゃしろーにお船のことを教えてあげる。

 それは、にゃんごろーにとっては、大快挙だった。


「わかっちゃ! まきゃしぇちぇ! ちゃんと、おひゃにゃし、きいちぇ、バッチリ、しぇちゅめーしゅるきゃら!」


 にゃんごろーは、ぽふんと胸を叩いて大役を請け負った。

 それから、「はっ!」と何かに気づいたお顔になり、こんなことを言いだした。


「しょーら! れんしゅーも、しちょきゃないちょ!」

「うむ。良い心がけじゃ。本番で上手に出来るように、励むといいぞ」

「むふん! まきゃしぇちょいちぇ!」


 成長を思わせる子ネコーの発言を長老が激励すると、子ネコーは胸を張った。

 まだ、自分のための見学会も終わらない内から、大張り切りの子ネコーなのだった。


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