そこは、不思議な通路だった。
天井と床は、仄かに白く光っている。
両脇の壁は、透き通るようでいて先が見えない、本物の空のような青。
通路の先を見通すことは、出来なかった。
見えるのは、人間の足でほんの数歩分まで。
天井と床の灯りは、入り口からほんの少し先までしか灯っていない。照らしていない。ほんのりぼんやりとした灯りの向こうに、どれくらい通路が続いているのかは、よく分からなかった。
にゃんごろーたちが前に進むと、ほんのりとした灯りも前に動いた。
にゃんごろーたちが止まれば、灯りも動きを止めた。
常に、にゃんごろーたちの周辺だけを、ほんのりぼんやり照らしているのだ。
だから、この通路がどこまで続いているのか、どこへ繋がっているのかは、分からない。
少なくとも、目で確認することは出来なかった。
長いのか短いのかも分からないこの通路には、不思議な力が満ちていた。魔法の力が満ちていた。
ここは、青猫号の中に隠された、魔法の通路なのだ。
そして、ここが。
次の見学の場所だった。
卵船の見学は、肝心なところを見せてもらえないまま終わった。
けれど、にゃんごろーはご機嫌だった。卵船内の見学延期は、そう遠くない未来に、にゃしろーと一緒に卵見学会を楽しむためだと分かったからだ。
その上、さらに、にゃんごろーは。
にゃしろーがお船の見学をするときの説明役――という大役まで授かってしまったのだ。
子ネコーは、やる気に満ち満ちていた。
やる気が漲りまくっていた。
そんな子ネコーに、長老とマグじーじは次の見学が始まることを告げた。
「次は、青猫号の特別な場所の一つを見せてやろう」
「うむ。青猫号のクルーでも、魔法整備班以外のものは入ったりできない特別な場所。カザンやクロウだって、入ったことがない場所じゃ」
「じゃが、今日は特別に見せてやろう」
特別な場所――と聞いて、子ネコーはお目目を輝かせた。同時に、いつか訪れる大役のために、しっかり聞いておかねばと張り切った。
――――のだが。
長老とマグじーじが、何やら偉そうに胸を張って説明した後に連れて行ってくれた場所は、卵のお休み処の奥にある壁の前だった。
一見したところ、何の変哲もないただの壁だ。
壁の向こうは、お外のはずだった。
ミルゥを乗せた卵船が飛び立って行ったのとは、反対側のお外。
案内してくれたのが長老だけだったなら、きっとまた揶揄われたのだと怒りのダンスを披露するところだったが、今回はマグじーじも一緒だ。マグじーじは長老のように、にゃんごろーを揶揄って遊んだりはしないはずだった。にゃんごろーは、そう信じていた。
それなのに。
これは一体どういうことかと、子ネコーはもふっと腕組みをして、右へ左へと首を倒す。
「ふーむ、にゃんごろーには、まだ分からんか。まあ、仕方がないかのぅ。お船の中全体に、魔法の力が満ちておるからのぅ」
「まだ、青猫号に来たばかりなのじゃから、仕方がなかろう。慣れてくれば、教わらんでも自分で見つけ出せるじゃろうて」
「まあのぅ。ネコーは、こういう魔法と相性がいいからのぅ…………」
首を捻りまくる子ネコーの頭上では、長老とマグじーじが青猫号と魔法とにゃんごろーについて、何やら話をしている。
にゃんごろーは、首を右に倒したまま、「どういうこと?」と長老を見上げた。
気づいた長老は、ニヤリと笑ってこう言った。
「なあに、直に分かるわい。ほれ、マグ。出番じゃぞ」
「分かっとる。では、にゃんごろーよ。ようく、見ておるのじゃぞ」
「……………………はぁい?」
にゃんごろーは傾げていた首を元に戻して、お目目をパチパチしながら、不思議そうにお返事をした。
マグじーじはフフッと笑うと、壁に片手を押し当てた。
白いブレスレットを嵌めた方の手。左の手だ。
マグじーじが、口の中で何やらブツブツと唱えると、壁がほわっと光った。壁に押し当てているマグじーじの手を中心に、白くほわっと光って、それから。
白くて青い不思議な通路が、姿を現したのだ。
「ほ、ほわぁああああ!?」
子ネコーは、奇声と歓声の中間のような声を上げた。
長老とマグじーじは、狙い通りの子ネコーの反応に満足し、顔を見合わせて笑い合う。
「えええええ!? こっちは、おしょちょら、にゃきゃっちゃの!?」
「むっふっふ。そうじゃ、こっち側は、本当はお外じゃ」
「うむ。空間に干渉する魔法で……」
「魔法のお船の魔法の通路なんじゃ。見ため通りとは違うのじゃ! お外ではなくて、お船の中の別の場所に繋がっておるのじゃ。不思議な感じにバババーンなのじゃ!」
「おぉおおおおおお!? しょーゆこちょにゃんら……!?」
マグじーじが専門的な説明をしようとしたのを遮って、長老はいつものごとく、身振り手振り付きで適当な説明をした。
長老の適当な説明で、にゃんごろーは“何か”を理解したようだ。
何をどう理解したのかは不明だが、納得のお顔で、うんうんと頷いている。
出番を奪われたマグじーじは寂しそうに顎をさすっていたが、すぐに機嫌を直した。
長老だけを見上げていたにゃんごろーが、マグじーじの方へとシュッと視線を移しておねだりをしてきたからだ。
「ねえねえ、マルりーり! もういっきゃい! もういっきゃい、みちゃい!」
「む? そうか、そうか。では、もう一回じゃ」
マグじーじがにやけながら通路の前に手を翳し、何やら呟くと、ぼんやり光る通路は消えて、元通りのダークグレーの壁が現れた。
「ふむふむ……。ほほぅ……」
にゃんごろーが壁に近寄ってきたので、長老とマグじーじは脇に避けつつ後ろに下がって、にゃんごろーに場所を明け渡した。壁の検分に集中しているにゃんごろーは、ふたりが場所を譲ってくれたことには気づいていなようだ。肉球のお手々でペタペタと壁を触っている。
さっきまで通路だったところと。そうじゃないところと。
壁の前を、もふもふ行ったり来たりしては、ペタペタと触って検分している。
「ふむ。なんとにゃく、ちぎゃいら、わかっちゃ! こっちのほーら、うにょーんってしちぇる!」
どうやら、にゃんごろーは違いが分かる子ネコーのようだ。
通路だった方の壁の前で、そう言いながら「うにょーん」と体をくねらせる。
本当に分かっているのか、というクロウの疑問は長老の声に搔き消された。
「うむ。見事じゃ!」
「にぇへへぇ……」
長老に褒められて、にゃんごろーはお耳の前に両手をあてて、照れながら嬉しそうに笑っている。
クロウは微妙な顔をしつつも、深く追求することを諦めた。
長老が太鼓判を押しているのだ。
ネコー的には、にゃんごろーの解釈で問題がないのだろう。
そう思うことにした。