違いの分かる子ネコーは、長老に褒められた後、何も言われずとも自分から後ろに下がって、ワクワクとマグじーじを見上げた。マグじーじが、魔法で入り口を開く時の邪魔にならないように、だ。どうやら、にゃんごろーは気遣いのできる子ネコーのようだ。
スッと身を引いた子ネコーのお目目には、キラキラとした期待だけでなく、やる気の炎もボワボワッと揺らめいていた。
さっき見せてもらった時は、これから何が起こるのかが気になりすぎて、入り口を開く魔法の仕組みにまでは気が回らなかった。なんとなくは分かるのだが、実践するのは難しそうだ。試してみたところで、大失敗に終わるだろうと自分でも予想できた。
でも、だからこそ。
今度こそ、ちゃんと魔法の仕組みを覚えて、にゃんごろーひとりでも秘密の入り口を開けるようになるのだと、子ネコーは意気込んでいた。真剣な眼差しからは、何一つ見逃さないぞ!――という決意が窺える。
「では、いくぞい」
「うむ。よく見ておれ」
「にゃい!」
子ネコーのやる気を好ましく見下ろしながら、後ろに下がっていたマグじーじが壁に進み出て手を当てた。長老に声をかけられて、元気にお返事をする子ネコー。やる気が漲り過ぎて、少し発音が怪しくなった。
それが、むしろツボにはまったようで、マグじーじは目じりに深い皺を刻みながらも、ギリギリ威厳を保てないこともないお顔で、先ほどと同じように何やら呪文らしきものを「うにゃむにゃ」と唱え始める。
壁に押し当てられたマグじーじの手。白いブレスレットをしている方の手だ。ブレスレットには、魔法の仕掛けが施されているようだった。どこかで同じものを見た気がする……とチラッと思った。ほんのチラッとだけ。マグじーじの魔法が発動する気配を感じて、にゃんごろーはすぐにそちらに集中した。
壁がポワッと光った。押し当てたマグじーじの手を中心に、広がるようにポワッと光った。
そうして、ユラっと揺らめいたかと思ったら、またあの不思議な通路が姿を現した。
「ふぅむ……」
今度は、歓声は上がらなかった。
二度目だから、というよりは。魔法の仕組みを解き明かすことに集中していたせいだ。子ネコーは、もふっとした顎の下に片方の肉球を押し当てて、何やら考え込んでいる。
右へ左へと頭を傾げ、それから。
子ネコーは、自信ありのお顔で「うん!」と大きく頷いた。
「らいたい、わかっちゃ! ちゅぎ! にゃんごろーも、やっちぇみりゅ! にゃんごろーは、れきるこネコーに、なりゅ!」
「うむ! やってみるがいい! じゃが、あれじゃ! さっきと同じ失敗を繰り返すでないぞ! 初めての魔法の時は、ゆっくり慎重に、じゃ!」
「うん! わかっちゃ! こんりょは、きをちゅけりゅ!」
にゃんごろーは勇んで、再び前に進み出た。
壁に両手をペタリと当てる。
このまま魔法を使っては、また力み過ぎ大失敗をしてしまうので、壁に肉球のお手々を押し当てたまま、ゆっくりと深呼吸を始めた。
長老が一声かけて気を付けるように促したおかげもあるとはいえ、確実に成長が窺える。長老に言われなくても、自分で気を付けるようになれば、出来る子ネコーに一歩近づけることだろう。
魔法を成功させるために、精神統一を図る子ネコー。
長老とマグじーじは、子ネコーが何か失敗してもすぐに対応できるように、にゃんごろーの両脇に立って、注意深く様子を見守っている。
その背後では――――。
クロウとカザンがひそひそと何やら話し合っていた。
声を潜めているのは、子ネコーの集中の妨げにならないように、だ。
「なあ? あの通路って、クルーの中でも、魔法整備班しか使っちゃいけないって言われているよな?」
「ああ。そういう決まりになっているな」
「まあ、マグさんは船の魔法関係の最高責任者だし、そのマグさんが許可を出しているなら、空猫クルーの俺たちがどうこう言う問題でもないのかもしれないけどさ。ちびネコーに使い方を教えてもいいのか?」
「うむ……」
クロウに問いかけられて、カザンは顎に手を当てて、軽く首を捻った。
クロウの言う通り、この魔法の通路は、魔法整備班に所属するクルーにしか使用を許されていない。正確には、魔法整備班でも一人前と認められなければ、一人では入ってはいけないことになっている。
その理由を、クロウは知らなかった。正確には、聞いたはずなのに覚えていなかった。理由がどうであれ、魔法の使い手ではないクロウには、そもそも入り口を開くことは出来ないからだ。自分には関係ないな、と聞き流してしまったのだ。
少し考えてから、カザンが口を開いた。
自分なりの予想を、クロウに語って聞かせる。
「さっき、長老殿も言っていたが、ネコーは青猫号で使用されている魔法、魔法整備班が管轄しているような魔法と相性がいいらしいからな」
「あー……船内魔法設備全般……てことか?」
「うむ。私も魔法に関しては専門外だからな。詳しくは知らないのだが、そう聞いたことがある」
「なるほど、それで?」
「にゃんごろーたちは、しばらく青猫号に滞在する予定のようだ」
「あー……。つまり、あれか。その内、ひとりで船の中をウロウロするようになったちびネコーが、勝手に入り口を見つけて迷い込んだりしないように、あらかじめ使い方を教えておこうってことか」
「うむ。おそらくは、だがな」
クロウは意外と察しがいいようで、カザンが最後まで言い終わる前に、カザンが言おうとしていたことを言い当てた。
とはいえ、事の真相を知るのは、長老とマグじーじの二人だけだ。
マグじーじは、にゃんごろーのことをかなり気に入っているようだし、もしかしたら私情に塗れまくった理由の可能性もあった。
なんだか気になって尋ねてみたいのだが、今はふたりとも、にゃんごろーの見守りに集中している。邪魔をすべきではない。
また後で、機会があったら聞いてみよう。
――――と。
頭の後ろで両手を組みながら、クロウは考えた。