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第85話 魔法のカーテン

 両方のお手々を壁に当てて。

 お目目を閉じて。

 にゃんごろーは深呼吸を繰り返しながら、さっきマグじーじが見せてくれた魔法を頭の中で何度も再現していた。

 出来る子ネコーとして、今度こそ。

 初めての魔法を、一度で成功させてみたかった。


 マグじーじの魔法を脳内で何度も再現したことで、魔法のイメージは固まってきた。

 分かってしまえば、簡単なことだった。


 何も知らなければ、そこはただの壁だった。

 でも、今は知っている。

 そこに通路が隠されているのだと、知っている。


 だからこそ、浮かぶイメージ。


 にゃんごろーの頭の中に、真っ白いカーテンが現れた。

 魔法のカーテンだ。

 入り口を隠すための、魔法のカーテン。

 通路は、そこにある。

 なのに、壁に魔法のカーテンがかかっていて、通路を隠してしまっているのだ。


 そんなイメージが、浮かんでいた。


 それは、お手々で開くカーテンではない。

 魔法の力を使わなければ、開くことが出来ないカーテンだ。

 そこにカーテンがあるのだと分かってしまえば、開くことは簡単だ。

 まだ子ネコーとはいえ、魔法生物ネコーであるにゃんごろーにとっては、そんなに難しいことではなかった。それに、本ネコーは自覚していないが、にゃんごろーは子ネコーの中では魔法の筋がいい方なのだ。これまでの失敗だって、魔法自体は発動している。ただ力の加減を間違えてしまっただけなのだ。そこにさえ気をつければ、にゃんごろーは割とできる方の子ネコーなのだ。

 長老は、もちろん。そのことに気づいているし、認めてもいる。けれど、そのことはにゃんごろーには内緒だった。一つ一つの魔法の出来は褒めても、「にゃんごろーは魔法の筋がいい」だとか、「にゃんごろーは魔法が上手な子ネコーだ」なんて言ったりはしない。そんなことをしたら、にゃんごろーが調子にのってしまうことが分かり切っていたからだ。

 調子にのり過ぎると大失敗をすることが多い――――と、長老はよーくわかっているのだ。主に、自分の経験から。


 ともあれ。


 そんなにゃんごろーにとって、ここまで魔法のイメージが固まっていれば、後は簡単だった。

 魔法のカーテンを開くくらいは、造作もない。

 けれど、その開き方が問題なのだ。

 力任せに「ジャッ」と開いては、カーテンが痛んでしまうかもしれない。

 だから、そんな野蛮なことはしてはならない。

 力まずに、優しく丁寧に開かなくてはならないのだ。

 程よい力加減で「シャーッ」と軽やかにカーテンを開く様を、にゃんごろーは思い浮かべた。

 頭の中に思い描いた魔法のカーテンを、何度も開けてみる。

 本当に魔法を使うわけではなく、頭の中で想像しているだけとはいえ、練習は大事だ。

 練習を重ねながら、子ネコーは大事な気付きを得ていた。


『そうか。本番の前に、こうやって頭の中で、本当にうまくいくのか、試してみればいいんだ。頭の中で、練習してみればいいんだ』


 練習を繰り返しながらのことなので、それはもっと漠然としたものだったけれど、あえて言葉にするのなら、大体こんな感じだった。

 今日は一度魔法を失敗しているせいもあってか、にゃんごろーは慎重だった。

 脳内カーテンを何度も開いて、成功のイメージを固めていく。


 そして、ついに。


 これならいけそうだ、と確信した。

 にゃんごろーは、閉じていたお目目を開いた。


「にゃぁあん…………シャーッ……とにゃ……」


 呪文のような鳴き声のような、少々おまぬけにも聞こえる声と共に、壁が光った。

 マグじーじの時とは、違う光り方だった。

 入り口があった場所全体が、白くポンヤリと光って、それから。

 シャーッとカーテンを開くように、光が波打ちながら左右に分かれていく。

 あの不思議な通路がお顔を見せた。

 光のカーテンは、お顔の端っこで畳まれたように折り重なり、それからフッと掻き消えた。

 青くて白い不思議な通路が、まるで「私、最初からここにいましたよ」みたいなお顔で、そこにいる。「さあ、中へどうぞ?」と、にゃんごろーたちを招いてくれているようでもあった。

 にゃんごろーの魔法は、大成功だった。


「れ、れきちゃ! ちょーろー! みちゃ!? にゃんごろー、いっきゃいれ、りょーるにれきちゃよ!」


 にゃんごろーは満面の笑みと共に長老を振り返った。喜びのあまり、両手を「にゃーっ」と上げながら、長老のお腹へ突進する。

 長老は、もふぽよんとそれを受け止めた。


「うむ。今のは、見事じゃった。よくやったのぅ、にゃんごろーよ」

「にぇへへぇ」


 長老に頭を撫でられて、にゃんごろーは嬉しそうに、誇らしそうに笑った。

 一度で魔法を成功させて、それを長老に褒めてもらえたことで、自信がついたようだ。……この自信が、後々の大失敗に繋がったりもするのだが、それはまだほんの少しだけ先の話だ。


 戯れるネコーたちを見つめながら、マグじーじはツルリと頭を撫でつつ苦笑いを浮かべていた。憧れとほろ苦さが含まれた言葉が、ポロリとお口から零れ落ちる。


「やれやれ。本当に一度で成功させてしまうとはのぅ。しかも、無意識にアレンジまで加えておるし……。子ネコーとはいえ、さすがは魔法生物ネコーじゃのぅ」


 聞こえてしまったクロウとカザンは、思わず顔を見合わせたが、何も言わずに大人しく後ろに控えていた。

 何はともあれ、次はいよいよ、隠された魔法の通路の見学だ。

 ここに入るのは、クロウとカザンも初めてなのだ。


 ワクワクと胸をときめかせているのは、どうやら子ネコーだけではないようだった。


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