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第86話 お船のルール

「さて、じゃ。次はいよいよ、魔法の通路の見学なわけじゃが。その前に、にゃんごろーに伝えておかねばならないことがある。お船の大事なルールについてじゃ」


 カーテン魔法を大成功させたにゃんごろーを褒め称え、散々頭を撫でくりしてから、長老はにゃんごろーをちょいと脇に寄せて、お口を開いた通路の前に通せん坊をするように立ちふさがった。

 にゃんごろーは「えー? またあ?」というお顔をしたけれど、抗議の声を上げるのは我慢した。見学自体はさせてもらえるようだったし、魔法の通路を使う上で何かルールがあるというのなら、ちゃんと話聞いて言われた通りにしなければならない。 ――――と、頭ではなく腹で考えたからだ。

 ちゃんと話を聞かないで何か粗相をしてしまったら、にゃんごろーはルールを守らない子ネコーだと思われてしまうかもしれない。そのせいで、もしもお船を追い出されることになったら一大事だ。お船での美味しいごはん生活が終わりを告げることになってしまう。それだけは、何としても避けなくてはならなかった。

 にゃんごろーは、もふもふキリリと真剣なお顔で長老を見上げた。

 お船での、美味しいごはん生活を守るために。


 そんなにゃんごろーの背後では。

 クロウがうっかり「またか!?」と叫びそうになっていた。

 どうやらクロウは、普段は入れない不思議な通路を探検できることを、にゃんごろーに負けず劣らず楽しみにしていたようだ。

 クロウの抗議の叫びは、ギリギリ口から飛び出す寸前で、大量の空気と共に飲み下された。子ネコーのにゃんごろーですら、何も言わずに大人しく話を聞く姿勢を見せているのだ。クルーであり、年長者でもある自分が、みっともないところを見せるわけにはいかなかった。

 それに、そんなに楽しみにしていたのか……などと思われるのも恥ずかしい。実際、楽しみにしていたからこそ、そうと知られるのは恥ずかしい。

 幸いにも、ネコーたちとマグじーじには気づかれなかったようだ。だが、隣に並んで立つカザンからはチラリと視線を送られて、少々気まずい思いをすることになった。カザンは感情を表に出さないタイプなので、視線にどんな意味が込められていたのかはクロウには分からなかったが、叫びそうになったことに気づかれたというだけで、十分に気まずかった。

 咳払いで軽く誤魔化して、クロウは何事もなかったかのように、通路の前で仁王立ちをしている長老へと顔を向けた。

 期待に水を差されたことは置いておいて、子ネコーだからと甘やかさずに、ちゃんとルールを守らせるつもりがあるのだな、と分かって、後から安心してもいた。

 やり方を覚えてしまった子ネコーが、ちゃんと言うことを聞くのだろうか、とは思ったが、そこは長老の説得手腕によるところだ。

 長老が何と言って説得するのか興味が湧いてきて、クロウは不思議な通路への興味は一旦引っ込めて、静かに耳を傾けた。


「魔法の通路の入り口は、ここだけではないのじゃ。お船のあっちこっちに散らばっておる。大体は場所が決まっておるのじゃが、中には気まぐれにお散歩に出かけてしまう入り口もあるのじゃ」

「いりぎゅちら、おしゃんぽに……?」


 ほほぅ……と、にゃんごろーは興味深げに身を乗り出した。お船のルールや美味しいごはんとは関係なく、長老の話に興味が出てきたようだ。

 船内を移動する入り口については、クロウとカザンの二人も初耳だった。クロウも子ネコー同様に「へぇ?」と身を乗り出し、カザンも「ほぅ?」と軽く目を見張った。

 気まぐれにお散歩……ということは、出現ポイントのパターンが定まっていない、もしくは、解明されていないということだろうか?

 職場兼住居である青猫号に、そんな不思議が隠されていたとは知らなかった。魔法の使い手でなくても、気になる話だ。


「長老たちは、しばらくお船にご厄介になる予定じゃ。その間に、ひょっこりお散歩中の入り口さんをお見かけすることもあるじゃろう」

「おー……!」


 興味津々のクロウだったが、「不思議な入り口の気まぐれ散歩」については、それ以上は語られなかった。

 クロウは、「そこをもっと詳しく!」と伸ばしかけた手を、腕組みをすることで誤魔化した。カザンから、ほんの一瞬だけ視線を送られたような気がしたが、気のせいだと思うことにした。

 青猫号初心者の子ネコー向けの見学会に、子ネコー以上に夢中になっているなどと思われては、クルーとして立つ瀬がない。

 見学会の主役は、あくまでにゃんごろーであって、自分は見学会の見学者にすぎないのだ……とクロウは自分に言い聞かせた。

 そして、本日の主役の子ネコーはと言えば、クロウのように余計なことは考えずに、素直にお話に夢中になっていた。

 お耳をピンと立て、お目目はキラキラだ。

 お散歩中の入り口さんにお行き会い出来るなんて、素晴らしすぎる。ぜひ、ご挨拶をして、お呼ばれしなくてはならない、などと楽しい妄想を捗らせていた。お船生活の楽しみが、また一つ増えてしまったようだ。

 長老は、そんな子ネコーのキラキラ光線を体全体で受け止めて、ほこほこと満足そうに笑っていた。そうして、心行くまでキラキラを満喫してから、例のアレをやった。

 例のアレ、とは、つまりアレのことだ。

 子ネコーのキラキラに、水を差したのだ。


「だがしかしじゃ、にゃんごろーよ」

「うん?」

「もし、お見かけしてもじゃ。心の中で「こんにちは」を言うだけにして、決して中に入ってはいかんぞ!」

「えぇー!? ろーしてぇ!?」


 長老の仕打ちに、子ネコーは不満の声を上げた。

 それも、当然だろう。今しがた、子ネコーは入り口を開く魔法をマスターしたばかりなのだ。今後、お船の中で入り口をお見かけすることがあれば、「こんにちは」をするだけでなく、通路の中までお呼ばれしたいと考えるのは、当然のことだった。まだ通路に入ってもいない内から、ひとりで探検している妄想に浸って胸をときめかせていた子ネコーは「ぶー!」と両手を振り上げた。

 それを見下ろしながら、そりゃ当然こうなるよな――――とクロウは思った。

 この後、どうやって子ネコーを納得させるのだろうかと長老へ視線を移すと、長老は余裕のもふもふ顔をしていた。

 余裕のもふもふ顔のまま、長老はババーンと胸を張った。


「出来るからといって、なんでもやっていいわけではないのじゃ。たとえ出来ても、やってはならん事……というのが、あるのじゃ」


 まるで本物の長老のように威厳に満ちた声とお顔で(本物のネコーの長老なのだが)、長老は言った。


「なるほど。それを教えるために、使用してはならない魔法をあえて教えたということか……! さすがは長老殿。そのような深い考えがあったとは……」

「……………………」


 長老の長老発言を聞いて、カザンは深く感じ入っているようだが、クロウは半眼でフッと乾いた笑みを零した。芝居がかかった威厳顔に、とある疑念が浮かんできたのだ。


(――――つーか、これ。本当のところは、ただの行き当たりばったりの、辻褄合わせなだけ、なんじゃね?)


 というのが、これまでの長老の言動から導き出されたクロウの予測だった。

 長老が、いかにも長老然と振舞っているのが特に怪しかった。


 だが、真相はどうあれ。

 今、一番注目すべきは子ネコーの反応の方だ。

 辻褄合わせだろうが何だろうが、長老の言っていることは間違いではない。だが、それだけで子ネコーが納得するとは、とても思えない。


(これは、長老さんの手腕に、乞うご期待……だな)


 真相解明は、棚の上で。

 すっかり観客気分のクロウなのだった。


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