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第87話 ごはんのために大切なこと

 出来るのに、やってはならない、その理由。

 聞いたことがあるかもしれないけれど、まったく記憶にはない、その理由。

 それが、ネコー流・長老流に、どのように語られるのか。

 ちょっとワクワクしてきたクロウだったが、期待していたネコー劇場は、あっさり一言で簡潔に終わった。


「ここはの、魔法整備班がお仕事に使う大事な場所なのじゃ!」


 長老は、仁王立ちで重々しくこう言った。

 まあ、そうだな――――と思いながら、クロウは続きを待った。

 それで?――――と続きを待った。

 それだけで、にゃんごろーが納得するとは思えない。それに、クロウとしても、もう少し詳しい理由が聞きたかった。長老が今言ったことは、クロウも知っていることだ。だから、その先が聞きたかった。

 聞きたかったのだが。

 長老は、それきり口を閉ざしてしまった。

 どうやら、理由の説明はこれで終わりのようだ。

 予想が外れて面食らっていたら、子ネコーの声が聞こえてきた。


「あー……おしろちょに……。しょれにゃら、じゃましちゃら、いけにゃいねぇ……」


 にゃんごろーは、もふっと腕を組んで、うんうんと頷いている。

 どうやら、にゃんごろーの方は、今の説明で本当に心から納得できたようだ。

 拍子抜けというか、何というか。

 子ネコーが納得していることが納得できなくて、クロウはうっかり叫びそうになった。


(いや、おまえもそれで納得するのかよ!?)


 子どもの頃のクロウが今と同じ説明をされても、絶対に納得しなかったはずだ。その自信がある。

 だが、諸々に納得できていないのは、クロウだけのようだった。話がこれで終わってしまいそうな気配を感じて、迷った挙句、クロウはにゃんごろーに聞いてみることにした。まあるい頭のお耳とお耳の間の辺りを、トントンと指の先で突きながら、にゃんごろーを呼んでみる。


「なあ、ちびネコー」

「ん? にゃあに?」


 にゃんごろーは、くるりと振り向いてクロウを見上げてきた。

 なかなかの感触だな、と思いながら、クロウはしゃがんでにゃんごろーと目線を合わせ、話しかける。

 どうして、今の説明で納得できたんだ?――――と、ド直球に聞くのは躊躇われたため、ほんの少しだけ言葉を選んでみた。


「やけに素直に納得したもんだな?」

「うん。らって、おしごちょは、だいじれしょ?」

「まあ、そうなんだけどよ……」


 クロウの質問に、にゃんごろーは当然でしょ、というお顔で答えた。

 それは確かにそうなのだが。

 青猫号で働くクルーとして、クロウとて、そこに異を唱えるつもりはないのだが。

 クロウとしては、子ネコーの割には物分かりが良すぎるその理由を聞きたかったのだが、言葉の選び方を間違えたようだ。

 さて、望む答えを得るためには何と聞いたらいいものか、と考えていたら。子ネコーはそれをどう捉えたのか、クロウにビッと肉球の先を突きつけて、説教でもするような調子で得々と語り始めた。


「おしごちょはー、ごはんをたべるちゃめにひちゅよーにゃ、だいりなこちょれしょ? みんにゃのごはんを、まもりゅためにも、おしごちょのじゃまは、しちゃら、らめ!」


 聞き分けのない弟に言い聞かせるような子ネコーの態度は癪に障ったが、なるほどと思った。

 長老とにゃんごろーの間には、食い気をベースにした下地が出来ていたのだ。『お仕事はごはんを食べるために必要な大事なこと』という暗黙の了解があったのだ。

 表面的には、『お仕事の邪魔をしてはいけない』と、普通に物分かりよく納得したかのように見えたが、やはりその納得の陰には子ネコーの類まれなる食い意地が潜んでいたのだ。

 疑問が一つ消えて、クロウはひとまず満足した。

 だが、子ネコーはまだ満足していないようで、ビシビシッと肉球を突きつけながら“説教”を続けている。


「もー、クリョーはー、おふねれ、はちゃらいちぇるのに、しょんにゃこちょもわからにゃいにゃんて、しらららにゃいんらからー!」

「いや、別に仕事が大事じゃないって言ってるわけじゃねーよ。ちびネコーの割には、物分かりがいいなと思ったっていうか……。てゆーか、しらららにゃいって、なんだよ……。いや、仕方がないって言いたいんだろうけど」


 どうやら。

 にゃんごろーは、クロウが仕事の大事さを分かっていない残念なクルーだと勘違いをしたようだ。目線を合わせたことが裏目に出たのかもしれない。それでもまだ、クロウの方が若干、視点が高いのだが、上から目線で「仕方がないヤツだな」なんて言われてしまった。対等どころか、格下だと思われているのかもしれない。

 出来の悪い弟を嗜める兄のような顔で見つめてくるにゃんごろーに、クロウは顔をしかめた。

 聞き方がまずかったかと後ろ頭を掻きながら、それでも一応、訂正を入れつつ言語の乱れを指摘したのだが……。

 それをまたどう捉えたのか、にゃんごろーは「むふん」と胸を張った。


「ふふーん。にゃんごろーは、れきりゅ、こねこーらから! クリョーも、みにゃらっちぇも、いいよ?」


 クロウとしては前半の言い分が本題だったのだが、子ネコーは後半部分のみを都合よく拾って、褒め称えられていると思ったようだ。「見習ってもいいよ」だなんて、完全に調子に乗っている。

 いい気になっている子ネコーを半眼で軽く睨みつけつつも、クロウは否定したりせずに、今度はちゃんと褒めてやることにした。

 子ネコー相手に真面目に反論して諍いになるのもおとなげないし、自分が子供だった頃に比べれば、確かに出来る方かもしれないと感心したのも確かだったからだ。


「そうだな。子ネコーにしては、出来る方だよな。見直したぞ、ちびネコー?」

「むふふん♪」


 ちゃんと褒めたというには含みがあるが、にゃんごろーは満足そうに胸を反らしてふんぞり返った。

 クロウは、苦笑しつつも、そっと指の先を伸ばして、子ネコーの頭の天辺をクルクルと撫で回してから立ち上がる。その視線は、三度開かれた不思議な通路へと注がれている。隠し切れない好奇心が、視線の端から顔を覗かせていた。そこには、疑念の欠片も見当たらない。


『魔法の通路は、なぜ魔法整備班以外、立ち入り禁止なのか?』


 ――――という、クルーとして知っていた方がいいであろう疑問については、まだ解消されていないのだが。

 一つの疑問が晴れた爽快感から、なのかどうなのか。

 クロウときたら、肝心な疑問については、『疑問に思ったこと』すら、綺麗さっぱり忘れてしまったようだった。


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