出来るのに、やってはならない、その理由。
聞いたことがあるかもしれないけれど、まったく記憶にはない、その理由。
それが、ネコー流・長老流に、どのように語られるのか。
ちょっとワクワクしてきたクロウだったが、期待していたネコー劇場は、あっさり一言で簡潔に終わった。
「ここはの、魔法整備班がお仕事に使う大事な場所なのじゃ!」
長老は、仁王立ちで重々しくこう言った。
まあ、そうだな――――と思いながら、クロウは続きを待った。
それで?――――と続きを待った。
それだけで、にゃんごろーが納得するとは思えない。それに、クロウとしても、もう少し詳しい理由が聞きたかった。長老が今言ったことは、クロウも知っていることだ。だから、その先が聞きたかった。
聞きたかったのだが。
長老は、それきり口を閉ざしてしまった。
どうやら、理由の説明はこれで終わりのようだ。
予想が外れて面食らっていたら、子ネコーの声が聞こえてきた。
「あー……おしろちょに……。しょれにゃら、じゃましちゃら、いけにゃいねぇ……」
にゃんごろーは、もふっと腕を組んで、うんうんと頷いている。
どうやら、にゃんごろーの方は、今の説明で本当に心から納得できたようだ。
拍子抜けというか、何というか。
子ネコーが納得していることが納得できなくて、クロウはうっかり叫びそうになった。
(いや、おまえもそれで納得するのかよ!?)
子どもの頃のクロウが今と同じ説明をされても、絶対に納得しなかったはずだ。その自信がある。
だが、諸々に納得できていないのは、クロウだけのようだった。話がこれで終わってしまいそうな気配を感じて、迷った挙句、クロウはにゃんごろーに聞いてみることにした。まあるい頭のお耳とお耳の間の辺りを、トントンと指の先で突きながら、にゃんごろーを呼んでみる。
「なあ、ちびネコー」
「ん? にゃあに?」
にゃんごろーは、くるりと振り向いてクロウを見上げてきた。
なかなかの感触だな、と思いながら、クロウはしゃがんでにゃんごろーと目線を合わせ、話しかける。
どうして、今の説明で納得できたんだ?――――と、ド直球に聞くのは躊躇われたため、ほんの少しだけ言葉を選んでみた。
「やけに素直に納得したもんだな?」
「うん。らって、おしごちょは、だいじれしょ?」
「まあ、そうなんだけどよ……」
クロウの質問に、にゃんごろーは当然でしょ、というお顔で答えた。
それは確かにそうなのだが。
青猫号で働くクルーとして、クロウとて、そこに異を唱えるつもりはないのだが。
クロウとしては、子ネコーの割には物分かりが良すぎるその理由を聞きたかったのだが、言葉の選び方を間違えたようだ。
さて、望む答えを得るためには何と聞いたらいいものか、と考えていたら。子ネコーはそれをどう捉えたのか、クロウにビッと肉球の先を突きつけて、説教でもするような調子で得々と語り始めた。
「おしごちょはー、ごはんをたべるちゃめにひちゅよーにゃ、だいりなこちょれしょ? みんにゃのごはんを、まもりゅためにも、おしごちょのじゃまは、しちゃら、らめ!」
聞き分けのない弟に言い聞かせるような子ネコーの態度は癪に障ったが、なるほどと思った。
長老とにゃんごろーの間には、食い気をベースにした下地が出来ていたのだ。『お仕事はごはんを食べるために必要な大事なこと』という暗黙の了解があったのだ。
表面的には、『お仕事の邪魔をしてはいけない』と、普通に物分かりよく納得したかのように見えたが、やはりその納得の陰には子ネコーの類まれなる食い意地が潜んでいたのだ。
疑問が一つ消えて、クロウはひとまず満足した。
だが、子ネコーはまだ満足していないようで、ビシビシッと肉球を突きつけながら“説教”を続けている。
「もー、クリョーはー、おふねれ、はちゃらいちぇるのに、しょんにゃこちょもわからにゃいにゃんて、しらららにゃいんらからー!」
「いや、別に仕事が大事じゃないって言ってるわけじゃねーよ。ちびネコーの割には、物分かりがいいなと思ったっていうか……。てゆーか、しらららにゃいって、なんだよ……。いや、仕方がないって言いたいんだろうけど」
どうやら。
にゃんごろーは、クロウが仕事の大事さを分かっていない残念なクルーだと勘違いをしたようだ。目線を合わせたことが裏目に出たのかもしれない。それでもまだ、クロウの方が若干、視点が高いのだが、上から目線で「仕方がないヤツだな」なんて言われてしまった。対等どころか、格下だと思われているのかもしれない。
出来の悪い弟を嗜める兄のような顔で見つめてくるにゃんごろーに、クロウは顔をしかめた。
聞き方がまずかったかと後ろ頭を掻きながら、それでも一応、訂正を入れつつ言語の乱れを指摘したのだが……。
それをまたどう捉えたのか、にゃんごろーは「むふん」と胸を張った。
「ふふーん。にゃんごろーは、れきりゅ、こねこーらから! クリョーも、みにゃらっちぇも、いいよ?」
クロウとしては前半の言い分が本題だったのだが、子ネコーは後半部分のみを都合よく拾って、褒め称えられていると思ったようだ。「見習ってもいいよ」だなんて、完全に調子に乗っている。
いい気になっている子ネコーを半眼で軽く睨みつけつつも、クロウは否定したりせずに、今度はちゃんと褒めてやることにした。
子ネコー相手に真面目に反論して諍いになるのもおとなげないし、自分が子供だった頃に比べれば、確かに出来る方かもしれないと感心したのも確かだったからだ。
「そうだな。子ネコーにしては、出来る方だよな。見直したぞ、ちびネコー?」
「むふふん♪」
ちゃんと褒めたというには含みがあるが、にゃんごろーは満足そうに胸を反らしてふんぞり返った。
クロウは、苦笑しつつも、そっと指の先を伸ばして、子ネコーの頭の天辺をクルクルと撫で回してから立ち上がる。その視線は、三度開かれた不思議な通路へと注がれている。隠し切れない好奇心が、視線の端から顔を覗かせていた。そこには、疑念の欠片も見当たらない。
『魔法の通路は、なぜ魔法整備班以外、立ち入り禁止なのか?』
――――という、クルーとして知っていた方がいいであろう疑問については、まだ解消されていないのだが。
一つの疑問が晴れた爽快感から、なのかどうなのか。
クロウときたら、肝心な疑問については、『疑問に思ったこと』すら、綺麗さっぱり忘れてしまったようだった。