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第88話 魔法の息吹

 さて。

 長老による魔法の通路に関する子ネコー向けルールの説明と、その後突発的に起こった子ネコーとクロウの戯れが無事終了して。

 見学会一行は、いよいよ今度こそ。

 魔法の通路へ突入することとなった…………のだが。


 突入の前に、マグじーじから最後の説明事項があった。


 まずは、隊列について指導された。

 マグじーじの指揮の元、みんなは言われた通りに並んで行く。

 先頭はマグじーじで、殿は長老。マグじーじの後には、クロウとカザンが横並びで続き、にゃんごろーは二人と長老の間に挟まれることになった。

 指示通りに並び終えると、長老はにゃんごろーの尻尾を両手で掴んだ。にゃんごろーは、不思議そうなお顔で振り返る。どうしてそんなことをするのかと尋ねる前に、マグじーじが注意事項の説明を始めた。にゃんごろーは開きかけたお口のまま、また前に向き直る。


「慣れていないと、魔法酔いをするかもしれんからの。具合が悪くなったら、我慢せずにすぐに言うようにな。それと、迷子にならんように、気を付けるんじゃぞ?」

「はい!」

「はい」

「はい」


 見学者三にんは、それぞれ返事をしながら頷いた。

 にゃんごろーの知りたかったことの答えは、マグじーじの説明の中にあった。にゃんごろーは「長老が尻尾を握ったのは迷子防止のためか!」と納得したが、すぐに「でも待てよ?」と首を傾げる。一つ、腑に落ちないことがあったのだ。にゃんごろーは、お顔だけをグリッと後ろに向けて、今度こそ長老へ尋ねた。


「ちょーろー」

「なんじゃらほい?」

「ろーして、にゃんごろーのしっぴょらけ、ちゅかんれるの?」

「そりゃ、クロウとカザンには、尻尾がないからの」

「あー……。しょーゆーこちょか……」


 その通りだがそうじゃないお答えに、子ネコーは素直に納得して、お顔を前に戻した。

 マグじーじとカザンは、そういうところが可愛らしいと目尻を緩ませ、クロウは何かを言いかけて口を開いたが、結局乾いた空気だけを零して、温い笑みを浮かべた。

 マグじーじは、あえて名指しはしなかったが、魔法酔いの注意喚起は魔法の使い手ではないクロウとカザンに向けたもので、迷子注意の呼びかけは主ににゃんごろーに向けられたものだ。口には出さなかったが、説明している時のマグじーじの目線は、はっきりとそう言っていた。

 常に落ち着いた物腰のカザンはもちろんのこと、一見やんちゃそうに見えるクロウとて、れっきとした青猫号のクルーだ。本来入ってはならないとされる場所で、指示なく勝手に動き回ったりはしない。それに、何も言われなくても、まだ中に入る前から、二人はちゃんと分っていた。あの青くて白い不可思議な通路の中でマグじーじの背中を見失ったら、大変マズいことになると。

 マグじーじが迷子の心配をしているのは、にゃんごろーだけだった。

 魔法の通路と相性がよく、好奇心旺盛な子ネコー。通路との相性がいいだけに、目を離したら、好奇心の赴くままにひとりで勝手にどこかに入り込んでしまう可能性がある。

 マグじーじは、特に名指しはしなかったが、みんなそのことを分かっていた。マグじーじの目線の意味に気づいていた。当の本ネコーである、にゃんごろーただひとりを除いて。

 長老に尻尾をギュッとされたことで、子ネコーは危うくその事実に気づきかけたが、長老の適当な説明で、あっさりと誤魔化されてくれた。

 尻尾のことは忘れたお顔で前に向き直り、にゃんごろーはワクワクとマグじーじの号令を待っている。

 キラキラと見上げてくる子ネコーに顔を綻ばせながら、マグじーじは子ネコーの期待に応えた。長老のように、子ネコーの反応を楽しむためだけに、最後の最後で焦らしたりはしない。


「では、行くぞ! みな、ちゃんとワシについてくるのじゃぞ!」

「おー!」

「承知しました」

「はい」

「勝手に走り出したら、尻尾がちぎれてしまうかもしれんからのー。気をつけるんじゃぞー」


 やたら張りきるマグじーじの突入合図に、威勢の良い掛け声で答えるにゃんごろー。続いてカザンが畏まって頷いた。茶番めいたやり取りに、内心では苦笑いを浮かべつつ、クロウも表面上は畏まって返事をした。

 最後に、長老が余計なことを付け足したが、にゃんごろーの耳には届かなかった。すでに列が動き出していたからだ。子ネコーの意識のすべては、前方にのみ注がれていた。

 マグじーじは、すでに通路の中に入っている。子ネコーの短い足を考慮して、ゆっくりゆっくりと、後ろを振り向きながら進んでいた。クロウとカザンが並んでその後に続き、いよいよにゃんごろーの番がやって来る。


 ダークグレーの床と仄かに光る白い床の境目で、にゃんごろーは一度立ち止まった。

 自分の足元を見ながら、ゆっくりそろりと一歩を踏み出す。長老に捕まれている尻尾の先を除いた全身を魔法の通路の中に収めると、にゃんごろーは煌めくお顔で両手を上げて歓喜した。


「ふぉぉぉお。にゃんらか、シュワシュワしゅるぅうううう。まひょーれ、いっぴゃいにゃかんりぃぃぃい。しゅごーぃい。きもちーぃい♪」


 通路の中には、魔法の気配が充満していた。

 とてつもなく濃厚な魔法の息吹。

 マグじーじは、慣れないと魔法酔いを起こして具合が悪くなることもあると言っていた。実際、クロウは纏わりつくような濃密さに、息苦しさを感じていた。なのに、子ネコーにとってその濃密さは、シュワシュワと心地よく感じるもののようだ。

 まだ、一歩足を踏み入れただけだというのに、にゃんごろーは今にも踊り出しそうなほどにテンションを上げている。

 ある意味、これも魔法酔いと言えるかもしれない。


「ふ・おぉ・おぉ♪ ふ・わぁ・わぁ♪ ふ・わぉう♪」


 すっかり魔法の息吹に酔いしれたにゃんごろーは、その場で本当に踊り始めてしまった。

 体の底から勝手に溢れ出てくる感嘆の叫びを歌いながら、腰を左右に振っている。とてもリズミカルだ。

 尻尾の先を掴む長老のお手々も、踊りに強制参加させられていた。揺れる尻尾の勢いを殺し切れずに、小さく左右に動いている。こちらは、ややリズミカルだ。

 子ネコーが前に進んでくれないせいで、長老は通路の外にひとり取り残されてしまっていた。先頭のマグじーじが、立ち止まって子ネコーダンスの鑑賞を楽しんでいるため、置いて行かれる心配だけはない。

 とはいえ、このまま放っておいては、いつまでも子ネコー祭が終わりそうもない。

 長老は、掴んでいる子ネコーの尻尾をグイッと遠慮なく引っ張った。


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