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第89話 子ネコーの無邪気で無慈悲な一撃

「ふ…………わぁおぉおぉお!?!!??!?」


 いい気分で歌い踊っていたところを長老に邪魔されて、にゃんごろーはびっくり悲鳴を上げた。

 尻尾の先を思い切りグイッとされて、後ろに倒れそうになったのだ。

 なんとかバランスを取ろうと、あわわあわわと両手を振り回していたら、長老が片手で背中を支えてくれた。もう片方の手は、まだにゃんごろーの尻尾の先を握ったままだ。

 長老のおかげで転ばすに済んだにゃんごろーだが、「ほーぅ」と落ち着いた後、お口から出てきたのは、もちろん感謝の言葉ではない。

 そもそも、にゃんごろーが転びそうになったのは、長老が尻尾を引っ張ったせいだからだ。


「みょー! にゃにしゅるの! きゅーに、ひっぴゃっちゃら、あびゅにゃいれしょ! にゃんごろーが、ころんだりゃ、どーしゅるにょ!?」


 両方のお手々を「にゃおー!」と振り上げて、上半身をぐるっと捻って長老を叱るつけるにゃんごろー。

 だが、長老はそれには答えずに、平気なお顔で自分の言いたいことだけを言った。


「にゃんごろーよ。もう少し前へ進んでもらわんと、長老が中へ入れんじゃろうが」

「……………………ほえ?」


 にゃんごろーは「にゃんにゃお」と突き上げていたお手々をピタリと止めた。お口を開いたまま、長老のお顔を見つめる。その背後に、さっき見学してきたばかりの卵船が見えた。にゃんごろーは、足元へと目線を落とした。長老とにゃんごろーの足が見えた。

 ダークグレーの床の上にいる長老。

 仄かに白く光る床の上にいるにゃんごろー。

 ダークグレーと仄かに光る白の境目は、長老とにゃんごろーの足の間にあった。


「あ。ほんちょら。ごみぇんね、ちょーろー」


 長老の言う通りだった。

 にゃんごろーが通路へ入ってすぐの場所で踊り始めてしまったため、長老だけ卵のお部屋に取り残されてしまっていたのだ。

 そのことに気づいたにゃんごろーは、慌てて前に進んだ。長老に尻尾を引っ張られて転ばされそうになったことは、すっかり忘れてしまったようだ。長老からの「ごめんなさい」を要求することなく、自分はちゃんと「ごめんね」をして、長老の丸みのある体が問題なく通路に収まるように、前へと進む。


「いけにゃい、いけにゃい」


 小さな声で呟きながら、もふちょこと進むにゃんごろー。

 その目の前に、柱が現れた。

 手前に並んで二本、奥にもう一本。

 それは、先に通路へ入ったはずの三人の足だった。先導したマグじーじを頂点に三角形を描いている。三人全員のつま先が、にゃんごろーの方を向いていた。

 先に通路に入ったみんなは、長老の体が収まる丁度の位置で、にゃんごろーたちがいる方を向いて立ち止まっていた。にゃんごろーたちを置いて先に進んだりせず、ちゃんと待っていてくれたのだ。

 みんなをお待たせしてしまったことに気づいて、にゃんごろーは慌てた。


「はわわ! もしかしちぇ、みんにゃのこちょも、おまちゃせしちゃっちゃ!? ご、ごみぇんねぇ!」


 にゃんごろーは大慌てで、右へ左へ真ん中へと、ペコもふ頭を下げての謝罪を始める。長老の時よりも、本気の「ごめんなさい」だった。

 放っておいたらその内、「ははーっ」と土下座を始めそうな子ネコーを、マグじーじとカザンは笑って宥めた。もちろん、怒ってなんていない。怒るどころか、長老によって子ネコーダンスが強制終了させられてしまったことを残念に思っていた。

 二人からのお許しをもらって、にゃんごろーは「ほわっ」とお顔を綻ばせた。その視界の左端に、小刻みに震える柱が映った。そぉっと見上げると、クロウが口元に拳を当ててフルフルしながら俯いている。

 そう言えば、クロウからはお許しの言葉がなかった。

 そのことに気づいてしまったにゃんごろーは、「ひぃ!?」と全身の毛を逆立てた。

 つまり、クロウはまだ、にゃんごろーのことを怒っているのだ。きっと、それくらい魔法の通路の見学を楽しみにしていたのだ。だから、見学会の進行を邪魔したことを、まだまだ怒っているのだ。怒り心頭なのだ!――――と、にゃんごろーは思い込んだ。

 にゃんごろーは、クロウの足に飛びつき、縋りついた。弾みで、長老の手から尻尾がシュルンと逃げてしまう。長老は「あ」というお顔をした後、「まあ、いいか」とお胸の毛を撫でた。クロウの足に縋りついている間は、迷子になる心配もないからだ。

 尻尾が解放されたことに気づかないまま、にゃんごろーは必死のお顔でクロウを見上げ、両手でクロウの足をユサユサしながら謝罪の言葉を述べ出した。


「ご、ごみゃんねぇ! クリョー! しょんにゃに、ちゃのしみにしちぇちゃにゃんて! じゃましちぇ、ごみぇんね! もう、おどっちゃりしにゃいきゃら! ゆるしちぇ! ごみぇんにゃしゃい! このちょーりぃ!」

「…………い、いや……怒っ……る、ふっ……、わけ……じゃ……。ふ……ふはっ……」

「……………………んぅ? んにゃ? クリョー、もしかしちぇ、わらっちぇる……?」


 クロウは、にゃんごろーに向かって片手を横に振りながら、何事かを伝えようとした。けれど、上手く言葉にすることが出来ず、代わりに笑い声が零れ落ちた。

 流石に、にゃんごろーも勘違いに気がついた。

 クロウは怒っているのではない。笑いを堪えていたのだ。

 けれど、一体。何がそんなに、可笑しいのだろう?

 何とかとりなそうと必死だった小さなお顔は、不思議そうなお顔に変わった。

 不思議そうなお顔のまま、にゃんごろーはクロウの足からお手々を離して、一歩後ろに下がる。すかさず、長老が近づいて来て尻尾の先を握りしめた。よほど、にゃんごろーの迷子が心配のようだ。

 にゃんごろーは、長老の行動を気にした様子もなく、震えるクロウを見上げている。何やら考えているようだ。

 やがて、そのもふっと小さなお顔に閃きが走った。

 にゃんごろーは、ポムッと肉球を叩いて言った。


「しょーか。クリョーは、はしっきょマシュターの、しゅぎょーを…………!」

「ふぐっ…………」


 考察の末、子ネコーは新たな勘違いを発動させた。

 その無慈悲な一撃は、クロウの残り少ないライフを大きく削り取った。


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