「ふ…………わぁおぉおぉお!?!!??!?」
いい気分で歌い踊っていたところを長老に邪魔されて、にゃんごろーはびっくり悲鳴を上げた。
尻尾の先を思い切りグイッとされて、後ろに倒れそうになったのだ。
なんとかバランスを取ろうと、あわわあわわと両手を振り回していたら、長老が片手で背中を支えてくれた。もう片方の手は、まだにゃんごろーの尻尾の先を握ったままだ。
長老のおかげで転ばすに済んだにゃんごろーだが、「ほーぅ」と落ち着いた後、お口から出てきたのは、もちろん感謝の言葉ではない。
そもそも、にゃんごろーが転びそうになったのは、長老が尻尾を引っ張ったせいだからだ。
「みょー! にゃにしゅるの! きゅーに、ひっぴゃっちゃら、あびゅにゃいれしょ! にゃんごろーが、ころんだりゃ、どーしゅるにょ!?」
両方のお手々を「にゃおー!」と振り上げて、上半身をぐるっと捻って長老を叱るつけるにゃんごろー。
だが、長老はそれには答えずに、平気なお顔で自分の言いたいことだけを言った。
「にゃんごろーよ。もう少し前へ進んでもらわんと、長老が中へ入れんじゃろうが」
「……………………ほえ?」
にゃんごろーは「にゃんにゃお」と突き上げていたお手々をピタリと止めた。お口を開いたまま、長老のお顔を見つめる。その背後に、さっき見学してきたばかりの卵船が見えた。にゃんごろーは、足元へと目線を落とした。長老とにゃんごろーの足が見えた。
ダークグレーの床の上にいる長老。
仄かに白く光る床の上にいるにゃんごろー。
ダークグレーと仄かに光る白の境目は、長老とにゃんごろーの足の間にあった。
「あ。ほんちょら。ごみぇんね、ちょーろー」
長老の言う通りだった。
にゃんごろーが通路へ入ってすぐの場所で踊り始めてしまったため、長老だけ卵のお部屋に取り残されてしまっていたのだ。
そのことに気づいたにゃんごろーは、慌てて前に進んだ。長老に尻尾を引っ張られて転ばされそうになったことは、すっかり忘れてしまったようだ。長老からの「ごめんなさい」を要求することなく、自分はちゃんと「ごめんね」をして、長老の丸みのある体が問題なく通路に収まるように、前へと進む。
「いけにゃい、いけにゃい」
小さな声で呟きながら、もふちょこと進むにゃんごろー。
その目の前に、柱が現れた。
手前に並んで二本、奥にもう一本。
それは、先に通路へ入ったはずの三人の足だった。先導したマグじーじを頂点に三角形を描いている。三人全員のつま先が、にゃんごろーの方を向いていた。
先に通路に入ったみんなは、長老の体が収まる丁度の位置で、にゃんごろーたちがいる方を向いて立ち止まっていた。にゃんごろーたちを置いて先に進んだりせず、ちゃんと待っていてくれたのだ。
みんなをお待たせしてしまったことに気づいて、にゃんごろーは慌てた。
「はわわ! もしかしちぇ、みんにゃのこちょも、おまちゃせしちゃっちゃ!? ご、ごみぇんねぇ!」
にゃんごろーは大慌てで、右へ左へ真ん中へと、ペコもふ頭を下げての謝罪を始める。長老の時よりも、本気の「ごめんなさい」だった。
放っておいたらその内、「ははーっ」と土下座を始めそうな子ネコーを、マグじーじとカザンは笑って宥めた。もちろん、怒ってなんていない。怒るどころか、長老によって子ネコーダンスが強制終了させられてしまったことを残念に思っていた。
二人からのお許しをもらって、にゃんごろーは「ほわっ」とお顔を綻ばせた。その視界の左端に、小刻みに震える柱が映った。そぉっと見上げると、クロウが口元に拳を当ててフルフルしながら俯いている。
そう言えば、クロウからはお許しの言葉がなかった。
そのことに気づいてしまったにゃんごろーは、「ひぃ!?」と全身の毛を逆立てた。
つまり、クロウはまだ、にゃんごろーのことを怒っているのだ。きっと、それくらい魔法の通路の見学を楽しみにしていたのだ。だから、見学会の進行を邪魔したことを、まだまだ怒っているのだ。怒り心頭なのだ!――――と、にゃんごろーは思い込んだ。
にゃんごろーは、クロウの足に飛びつき、縋りついた。弾みで、長老の手から尻尾がシュルンと逃げてしまう。長老は「あ」というお顔をした後、「まあ、いいか」とお胸の毛を撫でた。クロウの足に縋りついている間は、迷子になる心配もないからだ。
尻尾が解放されたことに気づかないまま、にゃんごろーは必死のお顔でクロウを見上げ、両手でクロウの足をユサユサしながら謝罪の言葉を述べ出した。
「ご、ごみゃんねぇ! クリョー! しょんにゃに、ちゃのしみにしちぇちゃにゃんて! じゃましちぇ、ごみぇんね! もう、おどっちゃりしにゃいきゃら! ゆるしちぇ! ごみぇんにゃしゃい! このちょーりぃ!」
「…………い、いや……怒っ……る、ふっ……、わけ……じゃ……。ふ……ふはっ……」
「……………………んぅ? んにゃ? クリョー、もしかしちぇ、わらっちぇる……?」
クロウは、にゃんごろーに向かって片手を横に振りながら、何事かを伝えようとした。けれど、上手く言葉にすることが出来ず、代わりに笑い声が零れ落ちた。
流石に、にゃんごろーも勘違いに気がついた。
クロウは怒っているのではない。笑いを堪えていたのだ。
けれど、一体。何がそんなに、可笑しいのだろう?
何とかとりなそうと必死だった小さなお顔は、不思議そうなお顔に変わった。
不思議そうなお顔のまま、にゃんごろーはクロウの足からお手々を離して、一歩後ろに下がる。すかさず、長老が近づいて来て尻尾の先を握りしめた。よほど、にゃんごろーの迷子が心配のようだ。
にゃんごろーは、長老の行動を気にした様子もなく、震えるクロウを見上げている。何やら考えているようだ。
やがて、そのもふっと小さなお顔に閃きが走った。
にゃんごろーは、ポムッと肉球を叩いて言った。
「しょーか。クリョーは、はしっきょマシュターの、しゅぎょーを…………!」
「ふぐっ…………」
考察の末、子ネコーは新たな勘違いを発動させた。
その無慈悲な一撃は、クロウの残り少ないライフを大きく削り取った。