端っこマスター・クロウの修行は、佳境へと差し掛かっていた。
クロウは、込み上げてくる笑いに耐え切れず、ついに膝をついてしまったのだ。壁にもたれかかり、床に膝をつき、必死に笑気と闘うクロウ。
このまま通路の端で寝っ転がってしまったら、負けだ!
――――と、考えたのかどうかは分からないが。
子ネコーは、闘うクロウに精一杯の声援を送っていた。それが、むしろ追い打ちをかけているとは気づかぬまま、心からの善意で、全力でクロウにトドメを刺そうとしている。
「らんられ~! クリョーウ! まけりゅにゃ~! クリョー! にゃんごろーは! クリョーを! おーえんしりぇるかりゃね! にゃ・にゃ・にゃ♪ にゃ・にゃ・にゃ・♪ らんられ、らんられ、ク・リョ・オ~♪ にゃ♪」
応援心が抑えきれなくなったのか、とうとう子ネコーは歌い出した。ポムポムにゃーをしながら歌う子ネコー。
マグじーじとカザンは、うんうんと頷きながら、子ネコーに向かって拍手を送っている。
長老は、そんな四にんを呆れたお顔で見回してから、「やれやれ」とため息をつき、子ネコーの尻尾をクイっと引っ張った。
「にゃ!? みょ、みょー! ちょーろーは、まちゃー! いたじゅら、しにゃいの! しょれより、ほら! ちょーろーも、クリョーをおーえんしちぇ! いみゃ、いいちょころにゃんらから!」
バランスを崩すほどの力ではなかったが、応援に水を差されたにゃんごろーは、振り向いて「にゃおー!」と長老を叱りつけた。さらには、長老も頑張るクロウを応援するようにと要請までしてきた。
長老は、じっとりとにゃんごろーを見つめてから、重々しい口調で子ネコーの名を呼んだ。
「…………にゃんごろーよ」
「もー! にゃあにぃ?」
早く応援に戻りたい子ネコーは、振り上げたお手々を頭の上でクルクル回しながら、言いたいことがあるなら早くしろと長老を急かした。
長老は、そんな子ネコーの気持ちを分かっていながら、わざとゆっくり喋った。
「他人の修行よりも、自分の修行を優先せんかい」
「……………………ほぇ? にゃんごろーの、しゅぎょー?」
「そうじゃ! にゃんごろーの魔法の修行じゃ!」
「にゃんごろーの、まほーのしょぎょー!」
ハッとしたお顔で、長老の方へ向き直ろうとするにゃんごろーだったが、長老に尻尾を掴まれていたため、おっとと、おとと、と体を揺らした挙句、長老と斜めに向き合うことで決着した。壁を背に、ハの字で長老と向かい合うにゃんごろー。
尻尾はまだ掴まれたままだが、にゃんごろーはピシッと背筋を伸ばした。
斜めで向き合う長老の背後に、卵のお部屋が見えている。
卵のお船と、お船の整備をしているらしき海猫クルーの姿も見えた。知り合ったばかりの巨漢ランドルフもいる。ふと目が合った。ランドルフが小さく手を振ってくれたので、にゃんごろーも手を振り返す。体が小さい分は動きでカバーするとばかりに、両手を頭の上でクロスさせて、大きく、大きく手を振った。
「いっちぇきまーしゅ! いっちぇきまーしゅ!」
「おーう! いってらっしゃい! 迷子にならないように、気をつけてなー!」
「はーい!」
大きな声で「いってきます」を告げると、ランドルフもお見送りの挨拶を返してくれた。にゃんごろーに一声かけて、もう一度小さく手を振ると、ランドルフは仕事へ戻っていった。
思わぬやり取りが嬉しくて、ホコホコ顔の子ネコーは、笑顔で長老に言った。
「しょっかー。いっちぇきましゅのごあいしゃちゅ、まだ、してにゃかっちゃもんね! ちょーろー、おしえてくれちぇ、ありあとー。あいしゃちゅは、だいりらもんね!」
「ああ。挨拶は大事だな」
「うむ、うむ。にゃんごろーは、ちゃんと挨拶が出来て、偉いのぅ」
「挨拶のために、入り口を閉じんままで待ってたわけじゃないわい! 修行のためじゃ! 修行の!」
ランドルフと挨拶を交わし合えたのが嬉しくて、小さな頭からは修行のことは吹き飛んでしまったようだ。マグじーじとカザンが、すかさず子ネコーを褒め称えたのだが、子ネコーが照れ笑いを浮かべる前に長老が一喝した。
にゃんごろーは、照れ笑い直前のお顔を不思議そうに横に倒して、長老を見つめた。
「ほぇ? あいしゃちゅのためりゃないにゃら、にゃんれ、いりぐちを、とじにゃかっちゃの?」
「にゃんごろーが、クロウと遊んどったからじゃろーが!」
「ええー? しょれにゃら、にゃんごろーがクリョーをおーえんしちぇるあいだに、いりぐちを、とじとけば、よかっちゃんらにゃいの?」
「じゃーから、にゃんごろーの修行のためじゃと言うとろーが! 中から閉めるところを見せてやるために、にゃんごろーを待っとったんじゃ!」
「んんー? いりぐちをしめりゅまほーにゃら、もうみちゃよ?………………は! も、もしかしちぇ!?」
掴んだにゃんごろーの尻尾をユサユサグルグルしながら吠える長老を、「今まで何してたの?」というお顔で見上げていたにゃんごろーが、何かに気づいたお顔になった。
「ちゅーろのなか、からだちょ、ちがうまほーを、ちゅかうっちぇこちょ!?」
「いや、魔法は一緒じゃ」
「ええー!? にゃら、にゃんれー!?」
通路の中からと外からでは、使う魔法の種類が違うのかと考えた子ネコーは、「ならば、しかと見届けねば!」とお顔を引き締めたのだが、長老は子ネコーのやる気をあっさりバサリと切り捨てた。
長老に尻尾をグルングルンにされながら、「ぶーぶー、にゃーにゃー」と抗議の声を上げるにゃんごろー。
だが、長老は微塵も揺るがない。
真っ白い長毛ネコーは、厳かに言った。
「使う魔法は一緒じゃが、中からと外からでは、違うんじゃよ。にゃんごろーよ、よーく見ておれ…………いや、感じるのじゃ!」
子ネコーの尻尾は掴んだまま、尻尾グルグルだけを止め、空いている方の手を入り口に向けて。
長老は「にゃふん」と意気込んだ。