子ネコーはメトロノームになりながら、思いついたことをポロポロと零していった。
みんなに話して聞かせているわけではない。考え事に夢中で、ひとり言が勝手にお口から零れ出てしまっているようだ。そのせいで、ブレブレの発声魔法は普段よりも聞き取りづらかったけれど、みんな静かに子ネコーの言葉を聞いていた。
子ネコーの考察らしきものを、みんな黙って聞いていた。
「うぅーん。おふねのにゃきゃのようにゃ…………、おしょちょのようにゃ…………。おしょらみちゃいらけりょ、ほんみょにょにょおしょらちょは、ちらうようにゃきらしゅる……。おふねにょにゃきゃらにょに、おふねりゃにゃいちょころ…………。うぅーん。むぅん…………」
カッチコッチと左右に揺れていた子ネコーメトロノームがピタリと動きを止めた。にゃんごろーは、真っすぐに長老のお顔を見つめて尋ねた。
「……………………ろこ?」
どうやら、降参のようだ。
長老はお胸の毛を撫でながら、「にょっほっほっ」と笑った。
「うむ。どこなんじゃろうな。実はのぅ。長老にもよく分からんのじゃ。お船の中の時もあれば、どこか遠いどこかの時もある気がするのー」
「ちょーろーにみょ、わきゃらにゃいんりゃ……」
「そうなんじゃ。まあ、分からんでも、使う分には問題ないしのー」
「ここ、ほんちょのおしょらに、つにゃがっちぇるちょ、おもう?」
「うぅむ、そうじゃのぅ。本物のお空とは、繋がっていない気がするのぅ。今はお休みしておるが、青猫号は空を飛ぶお船だからのぅ。じゃから、お空に似ている通路を造ったのかもしれんのぅ」
「しょーにゃんりゃー……。あ! おふりょのかべちょ、てんじょーに、うみにょえが、かいちぇありゅみちゃいに?」
「そうじゃ、そうじゃ。男湯は、天井と壁に海の絵が描いてあるが、女湯の方はお空の絵が描いてあるんじゃぞ?」
「しょっちも、みちぇみちゃいにゃあ……」
「うむ。その内に、男湯と女湯が交代になるからの。そうしたら、お空のお風呂も見れるわい」
「ほんちょー!? やっちゃー! ちゃのしみー!」
ネコーたちの会話は脱線していき、お風呂の壁と天井の絵について盛り上がりだした。ここがどういった空間で、青猫号のどこに存在しているのかという話題は、遠い彼方に置き去りにされてしまったようだ。子ネコーは、お空の模様が描かれたお風呂がよほど楽しみなのだろう。歌と踊りのショーが始まってしまった。
「おふりょ、おふりょ、おーしょらの、おふりょ♪ おーしょりゃのうーえれ、おゆにちゅかーりゅ♪ ふーしぎにゃきぶんれ、ふっわっふわ♪ あっわ、あっわ、ぶっく、ぶっく、あわの、くもー♪ あーわで、くーもをちゅーくりましょー♪ ネーコーのおーしょらちょ、つにゃがっちぇー、みんにゃーが、あっしょびにきーちゃら、いーにゃ♪」
雲をイメージしているのか、歌も踊りもふわふわしている。
歌い終わった子ネコーは、天井を見上げた。そして、焦がれるように呟いた。
「あしょびにくるのは、むりでも……。あわあわのくもの、しゅきまかりゃ、みんにゃのこえが、きこえちぇきちゃら、いいのににゃぁ……」
「そうじゃのー……」
「ねー……」
長老が片手で子ネコーの頭を撫でる。もう片方の手は、しっかりと子ネコーの尻尾を握ったままだ。尻尾をぎゅっとしながら頭をナデナデして、長老もまた天井を見上げた。
もう会えない誰かを思い出しているのか、懐かしむようなしんみりとしたお顔だ。
子ネコーの方は、しんみりしつつもお顔を綻ばせていた。泡雲ぶくぶくのお空のお風呂で、懐かしい顔ぶれとの再会を喜び合っているところを思い浮かべているのだろう。
ネコーたちの事情を知らないのはクロウだけだったが、事情を知らないクロウにも、おおよその察しはついた。
だから、余計な詮索をするつもりは、なかった。ネコーたちが、いつもの調子を取り戻すまで、静かに見守っているつもりでいた。
――――つもりでいたのだが。
事情を知る二人により、頼んでもいないのに、勝手に解説が始まってしまった。
「死んだネコーの魂は、空にあるネコーたちの国へ行くのだ。そこで、先に空へと旅立ってしまった懐かしい顔ぶれと再会を喜んだり、地上に残してきたものを見守ったりするのだそうだ。気がかりがなくなるまでそこで過ごした後、もう一度ネコーとして生まれ変わるか、光や風や水となって世界を巡るのかを決めるのだと聞いている」
「うむ。お空には今、ルドルの連れ合いであるマデラと、にゃんごろーの兄弟ネコーがおるのじゃ。にゃんごろーは、五にん兄弟だったんじゃがのぅ。その内の三にんは、不幸な事故でお空へと旅立ってしまったんじゃ」
話の中に、にゃんごろーの両親のことが出てこなかったのは気になったが、クロウはやはり尋ねたりはしなかった。話せることならば、聞かずとも勝手に話してくれるだろうと思ったからだ。
クロウとしては、ネコーたちのプライベートに勝手に踏み込むよりも、この不思議空間のことを、もっと詳しく聞いてみたかった。得体が知れないままでは落ち着かないし、純粋に好奇心からでもあった。
長老は分からないと言ったが、それは単純に興味がないから知らないだけという可能性がある。マグじーじならば、もっと詳しいことを知っているかもしれなかった。いや、青猫号魔法管理最高責任者として、当然把握していてしかるべきだ。きっと、知っているに違いない……と信じたかった。
けれど、我慢した。
今は、この雰囲気に水を差すべきではない、と判断したのだ。
だが、クロウの心を読んだわけではないのだろうが、クロウの代わりのようにクロウが知りたいことを尋ねてくれたものがいた。
カザンだ。
「ところで、マグ殿。実際のところ、ここはどこなんですか?」
「うむ、分からん」
興味がなさそうに見えて、実は気になっていたようだ。
カザンはサムライらしく、それまでの会話と雰囲気をバサリと潔く切り捨てて、話題を変えた。ネコー好きであるカザンが、ネコーに関する話題を切り上げてまで尋ねたのだ。本当に興味があるのだろう。
しかし、マグじーじはカザン以上のサムライぶりを見せてきた。
カザンとクロウの疑問は、迷いのない、切れ味鋭い一刀で見事に断ち切られた。