「まあ、アレじゃ。さっき、にゃんごろーが言った通り、ここは青猫号の中でもあり、青猫号ではない場所…………魔法で造られた異空間なのじゃろうな、とはワシも考えておる。じゃが、確証はないんじゃよなー……」
ツルツルツル、と頭を撫でながらマグじーじは話を続けた。
分からない、確証はない――――と白旗を上げた割には、楽しそうな顔だった。その瞳は少年のように輝いている。にゃんごろーがよく見せるキラキラとは、似ているようでいて、また少し色合いの違ったキラキラだった。積み上げてきた経験と、知性が奥に潜んでいるのだ。
「知っての通り、青猫号は古代魔法文明の遺産っちゅーヤツじゃからのー。解き明かされていない秘密が、まーだまだ、たくさんあるんじゃ」
「解き明かされていない、と言う割には、嬉しそうですね?」
「うん? そりゃー、アレじゃ。古代魔法文明の遺産じゃぞ? そう簡単に解き明かされても、面白くないっちゅーか、解き明かされないからこその浪漫ちゅーか……」
カザンがもっともな質問をすると、マグじーじは嬉しそうな顔のまま、ツルーリツルツルと頭の上で手のひらを滑らせた。さっきよりも激しく、摩擦レスな動きを繰り返している。何と説明したらいいものか、と思案しているようだ。
長身のカザンに見降ろされ、四つん這いのクロウから見上げられて、マグじーじはツルツルしながら“キラキラ”の理由を語り始めた。
「まあ、ワシだって魔法研究者の端くれじゃ。生きている内に、ワシがこの手ですべての謎を解明してやりたい!――――という野望は当然あるわい。じゃがのぅ……。それと同じくらい、ワシを含めた誰にも解明してほしくない……、ずっと謎のままであってほしい……。そーんな少年心もあるんじゃよなー……」
ツルツルをピタッと止めて、マグじーじはキラキラキラッと遠くの何処かを見つめた。
どうやら話はここで一旦終りのようだ。マグじーじの意外な一面を知ることになったが、肝心なことははっきりしないままだし、青猫号の知られざる秘密が語られることもなさそうだ。
青猫号が古代魔法文明の遺産である……というのは、マグじーじも言った通り、周知の事実というヤツだった。少なくとも、クルーならば、みんな知っている話だ。
マグじーじと長老、それから、今ここにはいないナナばーばとトマじーじの四にんが、若かりし頃、偶然発見した古代の魔法船。それが、青猫号だ。四にんは、長く深い眠りについていた古代魔法船の起動に見事成功し、船の魔法制御システムに新たな所有者と認められたのだ。それから、四にんは青猫号に乗って、不思議な事件を求めて世界中の空を旅してまわったのだという。次第に仲間も増えていき、古代の魔法船は、起動後三年にわたって空を飛び回ったが、ある日突然機能を停止し、墜落した。
機能停止の理由は明らかにされていない。古参のクルーたちはみな、「少しばかりやんちゃをしすぎてしまったからだ」としか語らなかったからだ。
語られないからこそ、色々な憶測が飛び交った。
単に耐用年数を経過してしまったのだろう、という説もあった。
当時の青猫号とそのクルーは、世界を揺るがしかねない大事件に遭遇し、その解決のために力を使い果たしてしまったのが機能停止の原因だ、なんていう噂もあった。
その噂が本当なら、古参の青猫クルーたちは世界を救った英雄ということになるはずなのだが、真相は謎のままだ。尋ねられても、古参クルーたちは肯定も否定もしなかった。ただひたすら「やんちゃをしすぎた」と繰り返すだけだった。
クロウとしては、こちらの噂の方に浪漫を感じていた。
せっかくの機会だから、尋ねてみたい気もした。マグじーじは、古参も古参な最古参だし、当時のことを知らないわけがないからだ。
けれど、尋ねたところで「ちょっと、やんちゃをしすぎただけじゃよ」と躱されてしまうであろうことも予想がついた。
謎は謎のままの方がいいか……とクロウは浮かびかけていた言葉を飲み込んだのだが、かえってそれがよかったのかもしれない。
マグじーじが、うっかりツルリと口を滑らせたのだ。
クロウが尋ねていたら、きっと、はぐらかされていたはずだ。誰も何も言わなかったからこそ、ついうっかり、ひとり言のように漏らしてしまったのだろう。
それは、クロウが知りたかった噂の真相とは違ったが、本来ならば聞けるはずがなかった貴重な話ではあった。
「懐かしいのぅ……。ルドルの奴のいたずら心がうまいことハマって、なぜだか起動してしまったんじゃよなぁ……。偶然だったのか、必然だったのか……。思えば、船の精霊たるあの子に気に入られて、船の所有者と認められたのも、ルドルのおかげじゃったのぅ。本ネコーは、いたずら心と食い意地のままに行動していただけじゃったというのに。まあ、そういうところが気に入られたのかもしれんがのぅ。生きている内に、もう一度会いたいものじゃ…………」
ツルツルしながら、遠いあの日を思い浮かべている様子のマグじーじ。青猫号を発見した時のことを思い出しているようだ。
見上げるクロウは、目を見張った。
『なんだか』とか『いたずら心』とか『食い意地』とか、容易く想像できるが出来ればあまり知りたくはなかった長老話に交じって、不思議な情報が混入されていた気がしたからだ。
船の精霊というのは、青猫号の魔法制御システムのことだ。それは、知っている。
そのシステムのことを、マグじーじは『あの子』と呼んだ。まるで親しい誰かのことのように語っていた。『もう一度会いたい』とも言っていた。
システムの機能回復を願うというよりは、疎遠になってしまった親しい友人との再会を願っているように聞こえた。そう感じた。
これは、一体全体どういうことなのだろう?
困惑が疑問の形をとる前に、失言に気づいたマグじーじによって、質問を封じ込められてしまった。
ピシャリと頭をはたいて、マグじーじは言った。
「おっと、いかん。この辺りのことは、一応秘密なんじゃった。二人とも、聞かなかったことにしてくれ。まあ、縁があれば、どこかで知ることもあるじゃろうて」
ピシャリとした後、指の先でツルツルをトントンしているマグじーじに、クロウとカザンは無言で頷きを返した。
青猫号の魔法管理最高責任者からのお言葉だ、クルーとしては頷くよりほかない。
それに、青猫号の魔法制御システムに関する情報ともなれば、機密事項に該当するであろうことは容易に推察できた。
未だ解明されていない謎に、明かされていない秘密。
どうやらここは、思っていた以上に浪漫溢れる職場のようだ。
機密保持のためだけでなく、浪漫を浪漫のままにしておくためにも。
謎もまた、謎のままにしておいた方が良さそうだな、とクロウは思った。
でないと、『なんだか』とか『いたずら心』とか『食い意地』とかいう単語や、白いもふもふの存在によって、せっかくの浪漫を台無しされてしまいそうだからだ。
――――そんな、少しばかり失礼なことを考えながら。
クロウは指の先で、トントンと床を叩いた。