クロウが床をトントン叩いていると――――。
目の前に、もふもふにょにょっと小さなお手々が飛び出してきた。
白が混じった明るい茶色のお手々。にゃんごろーのお手々だ。
しゃがみ込んで、肉球のお手々で床をペタペタしている。
床を叩いているクロウを見て、自分でもやってみたくなったのだろう。
ペタペタ。
くるくる。
パン、パン、パン!
ペタペタ触るだけでは飽き足らず、床の上で円を描くように肉球を滑らせたり、叩いてみたりと忙しい。しばらくの間、そうして床の調査を続けていたけれど、何か気になることがあるのか、子ネコーは突然手の動きを止めた。手を床の上に置いたまま、「ふぅむ」と唸り、首を傾げている。
ふといたずら心が湧き上がってきて、クロウは指の先でにゃんごろーのお手々を突き出した。突くだけでは飽き足らず、指を上下に動かし、もふ毛の感触を楽しむ。
「にゃふふふ……もー! いたじゅらしたら、だめれしょ! にゃんごろー、いま、だいじにゃこちょを、かんがえちぇりゅんだから! めっ!」
にゃんごろーは、「にゃふにゃふ」笑いながらクロウを叱りつけ、いたずらな指を振り払った。もちろん、本気で怒っているわけではない。むしろ、かまわれて嬉しそうだ。
クロウの指を追い払ったにゃんごろーは、また床の調査を再開した。
確かめたいことがあるのか、さっきよりも手の動きはゆっくりだった。
ペッタ、ペッタ、くーるくーる、パンッ、パンッ!
ペータ、ペータ、くぅーる、くぅーる、ぱん! ぱん! ぱん!
もふもふ絨毯の感触が忘れがたくて、クロウはもう一度、調査中のもふもふお手々に指を伸ばしかけ…………そのまま宙を彷徨わせた。
隣のサムライから、無言の圧力を感じた…………ような気がしたのだ。にゃんごろーの調査を邪魔しようとしたことを怒っているのか、もふもふ絨毯と戯れるクロウを羨んでいるのかは分からなかったが、これ以上は止めておいた方が良さそうだった。
床調査真っ最中のもふ手の上で彷徨う指の処遇に困ったクロウは、仕方なくもう一度床をトンと叩いてみた。
「木の床みたいな感触と音だよな」
「あ、あー! しょっか、しょっかぁ。しょれだよー。しらにゃいゆかにゃのに、しっちぇるかんじだにゃーっちぇ、おもっちぇちゃんらー。にゃるほろ、にゃるほろ。きのゆか、らっちゃのかー」
床をトントンしながら何気なく呟くと、子ネコーがパッとお顔を上げてクロウを見た。お目目がキランキランだ。どうやら子ネコーは、それを知りたくて床と戯れていたようだ。
クロウの言う通り、白く仄かに光る床は、その見た目に反して木の床のような優しい感触と音だった。
「魔法の木材なのかな…………いやいや、すっごい大昔に造られた船だし、さすがに木材は劣化が…………いや、でも、待てよ? 魔法の木材を魔法で加工したなら、有り得るのか……? それとも、偶々そういう感触なだけで、古代の未知なる魔法の金属…………?」
「ほぅほぅ。ふむふむ。クリョーきゅんは、なかにゃか、わかっちぇいるようだねぇ」
「…………ん? あー、ああ。あり……がとう……?」
床の材質について考えを巡らせている内に、少年心が疼いて楽しくなってきたクロウだったが、何を知っているのか訳知り顔の子ネコーに偉そうに褒められてしまった。
クロウには、魔法の知識も建築の知識もなかったため、少年心が全開なだけの浅い考察だったけれど、子ネコーはそうは思わなかったようだ。
「うん、うん。なかにゃきゃ、さんこーににゃる、おはにゃしらった」
「お、おう」
にゃんごろーは、キラキラお目目でクロウを見つめて褒めながら、なぜか「にゃふっ」と胸を張った。そして、とんでもない提案をしてきた。
「クリョーも、なかにゃきゃ、やりゅよーだし、ここは、とくべちゅに! にゃんごろーの! まほーの、でしに、してあげりゅ!」
「は? 魔法の、弟子…………? 俺が、おまえの?」
「しょー! これきゃらは、にゃんごろーししょーと、よびゅよーに!」
「にゃんごろー師匠!」
可愛らしくも小生意気な提案に、激しく喰らいついたのはカザンだった。
思いもよらない展開に呆気に取られて言葉を失くしているクロウの傍らで、いつも涼やかなサムライは――――。
珍しく、クワッと大きく目を見開いていた。