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第96話 師匠と弟子②

 子ネコーの弟子になるなんてごめん被りたいクロウとしては、カザンが弟子になりたいというのなら、喜んでその役を譲ろう!――――と思ったのだが。

 残念ながら、そううまくはいかなそうだった。カザンは、にゃんごろーの弟子になるという話に惹かれつつも、何やら葛藤があるようなのだ。


「にゃんごろーの弟子となる…………。とてつもなく魅惑的だが。だが、しかし! まだ剣の道も極めていない実の上で、そのような、そのような……。中途半端に手を出しては、どちらも道半ばで終わってしまいかねないだろう…………。そうなってしまっては、師となってくれた、にゃんごろーに対しても失礼というもの…………。だが、しかしっ…………!」


 本気で苦悩しているサムライに、クロウは呆れた眼差しを送った。それは、いらぬ苦悩というものだろう。そんなに真剣に考える話ではない。そもそも、こんなのは子ネコーのごっこ遊びにすぎないのだ。

 もっと、こう……。

 子ネコーの遊びに付き合ってやるつもりで、気軽に引き受けていい話だ。だが、そう言ってやったところで、理解不能な(あるいは理解したくない)反論が返ってくるだけだと予想できたため、クロウはカザンを使ってこの場を切り抜けることを諦めた。

 弟子大募集中のにゃんごろーは、カザンの葛藤には気づいていなようで、「早く、早く」と急き立てるお顔で、ただただクロウの返事を待っている。

 ワクワクと返事を待っている。

 今か、今か、と待っている。

 クロウに「にゃんごろー師匠」と呼んでもらえるのを待っている。


 もちろん、クロウは断るつもりだった。

 曖昧に期待を持たせるようなことをせず、きっぱりと確実に断るつもりだった。

 だが、断り方はよく考えなければならなかった。

 子ネコーの気持ちを傷つけないように、かつ、ちゃんと納得してもらえるものでなくてはならないのだ。


 実を言えば、一つだけ。

 その条件を二つとも満たす答えを思いついていた。

 それは、出来れば使いたくない手段だった。

 けれど、他にいい案は思い浮かばない。

 葛藤の末、クロウはついに決断した。


「…………俺は、まだ、端っこマスターの修行中……だから、おまえの弟子には、なれない……」

「あ、あー…………。しょっかぁー。しょれなら、しょうがにゃいねぇ…………」


 自分が端っこマスターだとは認めていないクロウにとって、それを理由に弟子入りを辞退するというのは、苦渋の決断だった。

 歯切れ悪く苦々しい辞退の返事を、にゃんごろーは快く受け入れてくれた。少し残念そうではあったけれど、子ネコーにとって納得のいく理由だったようだ。

 痛い思いをした甲斐あって、これにて一件落着かと思われた。――――が、その返答の苦々しさが、クロウにとって悪い方へ作用した。

 にゃんごろーは、その苦々しさを「断りはしたものの、クロウはにゃんごろーへの弟子入りに未練がある」と解釈した。にゃんごろー自身も、クロウの弟子入りに未練があった。

 とても、とても未練があった。

 だから、考えた。

 何とかふたりが幸せになれる方法はないか、と子ネコーは考えた。そして、いい考えを思いついた。

 子ネコーは、迷うことなく、それを提案した。


「しょーだ! ね、クリョー、こーしよー! よくかんがえちゃら、にゃんごろーも、まら、まほーのしゅぎょーちゅーらっちゃ! クリョーもしゅぎょーちゅー! いっしょ!」

「ん? うん? そう、だな?」

「だから、こうかんしちぇ、おしょろいにしよー!」

「…………交換して、おそろい……?」

「しょー! クリョーは、にゃんごろーの、まほーのでしに、にゃる! しょれで、にゃんごろーは、クリョーの、はしっこマシュチャーのでしになりゅ! これで、おしょろい! いっしょに、でしになっちぇ、しゅぎょーを、がんばろー! にゃんごろーししょーとー、クリョーししょーに、にゃるの! おしょろい!」


 お互い修行中の身同志、クロウはにゃんごろーの魔法の弟子になり、にゃんごろーはクロウの端っこマスターの弟子になって、おそろいになる。

 心に受けるダメージ量的には、まったくおそろいではない提案をしながら、にゃんごろーはポムポムと肉球を叩いた。嬉々としたお顔で、肉球を叩いた。

 素晴らしい考えを思いついてしまった――――と言わんばかりのお顔だった。

 確かにそれは、にゃんごろーにとっては、この上なく素晴らしい考えなのだろう。ちょっぴり強引で、子ネコーにとって一方的に都合のいいアイデアだ。

 子ネコーにとってだけ、一方的に都合のいいアイデアだ。

 もう片一方であるクロウは、顔を引きつらせた。

 去っていった一難が、さらなる一難を呼び寄せてしまったのだ。さらにひどい一難を呼び込んでしまったのだ。

 このピンチを切り抜ける手段を、クロウは一つしか持っていなかった。

 泣きたい気持ちで、クロウは最悪のカードを切った。


「いや、気持ちは、嬉しい、が。……俺は、まだ、道半ば、だから…………。弟子になったり……師匠になったり、するのは、ちゃんと……道を…………極めてからじゃないと……」


 血を吐く思いで切ったカードは、絶大な効果を発揮した。


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