肉を切らせるつもりで下した苦渋の決断は、絶大な効果を発揮した。作戦は成功した――――はずだった。
だというのに、クロウは。
何か取り返しのつかない大きな失敗をしてしまった気がしてならなかった。
子ネコーは、「ほわぁ」と口を開け、そんなクロウをキラキラと見つめている。偉業を成し遂げた師を見つめる弟子の眼差しだ。
尊敬と憧れ。
その二つが、シンプルに、ストレートに伝わってくる。
普段ならば、小さな子ネコーにそんな眼差しを向けられたら、悪い気はしなかっただろう。素直に嬉しいと感じたはずだ。
だが、これは違う。
これは、ダメだ。
端っこマスターで称賛を浴びても、何にも嬉しくない。
嬉しくないどころか、虚しさが募る。
こんなことになるなら、大人しくにゃんごろーの魔法の弟子になっておけばよかったと、今さらながらにクロウは思った。クロウは、魔法が使えないのだから、弟子と言ったって形ばかりのおままごとだ。「にゃんごろー師匠」と呼んでやって、いい気分にさせておけばよかったのだ。そうしておけば、それで済んだ話だったのだ。
年長者としてのしょうもないプライドが余計な仕事をしたばっかりに、プライドだけでなく、心の中の大事な何かを大きく削り取られる羽目になってしまった。
(うぉおおおお! 後悔先に立たず~~~!)
頭を抱えてのたうち回りたい気持ちでいっぱいのクロウを、にゃんごろーは純粋な気持ちで褒め称えた。
「クリョー、しゅごい! かっちょいい! にゃんごろー、かんどーしちゃ! しょーらよね! でしも、ししょーも、まじゅは、じぶんのみちを、きわめちぇから、らよね! にゃんごろーが、まちがっちぇちゃ! クリョー、いいこちょ、いっちゃ!」
「うむ。そうだな、私も反省している。まずは、自分の道を極めることを優先すべきだというのに。目先の誘惑に踊らされ、迷いを抱いてしまった自分が恥ずかしい。目が覚めた思いだ」
「んんー? ニャニャンしゃん、たっちゃまま、ねちぇちゃの?」
「ふっ。さすがに、立ったまま眠ったりはしないが、少し気が緩んでいたようだ」
端っこマスターなんて訳の分からない称号を褒められても嬉しいどころか萎えていく一方のクロウが、返事をする気力もなく疲れた笑いを浮かべていると、サムライが話に入って来た。「やめろ! 話を広げるな!」と思ったが、矛先がカザンに向かったようなので、しばらく静観してみることにした。
出来れば、このままどんどん『端っこマスター』の話題から脱線していってほしいと、胸の中でそっと祈りを捧げる。
祈りは、何かに届いたようだ。
「ニャニャンしゃんも、なにか、しゅぎょーをしちぇるの? みち……を、きわめちぇる、とちゅーにゃの?」
「…………うむ。にゃんごろーが魔法の修行を頑張っているように、私は剣の修行を頑張っているのだ」
「ほほぅ。けんのしゅぎょー……。けんのみちを、きわめりゅちゃめに、がんばっちぇるっちぇ、こちょらね」
「その通りだ」
カザンがスッと腰を下ろした。にゃんごろーと見つめ合い、ほんのりと笑みを浮かべている。嬉しくなったにゃんごろーは、笑顔満開で両方のお手々を高く上げた。
壁に触れないように気を付けつつ脇に避けたクロウは、心の中で「よし!」とガッツポーズを決めた。そのまま、自分のことは忘れて、何時までも何処までもふたりで分かり合っていてくれ!――――と願い、祈る。
だが、その願いと祈りは返品された。
「ふふ。ふふふ。にゃんごろーは、まほーで! ニャニャンしゃんは、けん! しょれで、クリョーは、はしっきょマシュター! みんな、ちがうけど、いっしょに、みちを、きわめりゅ、にゃかま! ちらがけりょ、おしょろい!」
「そうだな。私たちは、道は違えど、それぞれの道を極めるために修行を頑張る同志、おそろいの仲間だな」
「うん! ね!」
子ネコーとサムライは二人だけで盛り上がりながらも、さりげなく会話にクロウの名前も混ぜ込んできた。クロウの名前と、端っこマスターのいらん称号を混ぜ込んできた。
クロウは吐血しそうな顔になった。
自分で宣言した時よりも、ダメージ量が増えている気がする。
魔法の道。
剣の道。
端っこマスターの道。
こうして、三つを並べてみると、最後の一つだけが誰の目にも異色だ。異色というか、イロモノだ。イロモノというか、オチに使われているだけのような気さえする。
他のクルーたちに知られたら、鼻で笑われそうだ。
いや、確実に笑われるだろう。
もちろん、クロウただ一人だけが。
これ以上、新しいナニカに発展する前に話を終わらせて、見学会を再開して欲しいと願ったが、今度もそれは叶わなかった。
クロウの息の根を止める、次なる一手を決めたのは――――。
子ネコーではなく、サムライだった。