魔法の通路の青い壁。
透き通っているようでいて、先が見通せない青い壁。
よく晴れた日の空のような、澄み切った青。
本当の空に繋がっていそうな、そんな青。
うっかり足を踏み出したら、そのまま本物のお空に放り出されてしまいそうな、そんな青さ。
けれど、そんな。
素晴らしい予感と、足元が覚束なるような不安を内包する、その青さが。
きちんと壁の役目を果たしてくれることは、先ほどクロウが証明していた。
素敵と不安を内包し、素敵と不安が揺らぐ青い壁は、端っこマスター修行中のクロウの体をしっかりちゃんと受け止めてくれていた。
クロウの全体重を受け止めてくれていた。
壁として、壁の役目を果たしてくれていた。
なのに。
壁に当たってペタリと止まるはずだった子ネコーのお手々は、ずぷずぷトプンと壁に飲み込まれていったのだ。
まるで、壁が液体になってしまったかのように、さしたる抵抗もなく飲み込まれていく、もふもふのお手々。
とはいえ、本当に壁が液体になってしまったわけではない。青い液体が、ザプンと通路に押し寄せることもなければ、沈む子ネコーのお手々の周りに波紋が広がることもない。
そして、透明なようにも見える壁は、透明ではないようだった。
沈んでいく、もふもふお手々の先は見えない。
青い壁に子ネコーのお手々が埋め込まれている。もしくは、壁から子ネコーが生えているようにも見える。
どちらにせよ、そもそも子ネコーは自分のお手々の先を見ていなかった。お目目はランランとキョロキョロ中だったからだ。
壁に飲み込まれていくお手々に、特に違和感もないのだろう。
青いお空の壁に自ら飲み込まようとしているかのように、子ネコーは進軍を続行している。
「あっ、おい!?」
「あっ、こりゃ!」
「…………ふにゃ!?」
クロウがにゃんごろーの胸に手を伸ばしてグイッと後ろに押し倒すのと、長老が思い切り尻尾を引っ張ったのは、ほぼ同時だった。
危うく、にゃんごろーは、盛大なる尻餅をつくところだったのだが、機転を利かせたカザンが、にゃんごろーのお尻を助けてくれた。片手を差し出して、にゃんごろーのお尻をぽふんと受けて止めてくれたのだ。
三にんの見事な連携プレイだった。
長老とクロウによって、子ネコー壁中トップン消失事件は未然に防がれ、カザンによって子ネコーのお尻の安全が守られた。
その結果。
即席にして臨時、カザンのお手製にしてカザンの手そのものの椅子の上で、ちょーんとお座りしている子ネコーが出来上がった。
手座りにゃんごろーは、壁を見つめたまま、不思議そうに首を傾げた。
いろいろと突然に急すぎて、まだ自分に何が起こったのかを把握できていないようだ。
壁の調査をするはずだったのに、どうして椅子に座っているのだろう?――――というお顔をしている。
お目目をパチパチしながら、にゃんごろーは立ち上がった。
もふもふのお胸には、クロウの手が押し当てられたままだった。にゃんごろーの動きに合わせて、クロウの手もついてくる。
「はわ?」というお顔でその手を見下ろし、それから不思議な感触がした椅子の正体を確かめようと体を捻って後ろを見下ろす。
振り向いたにゃんごろーの視線の先で、カザンの手がゆっくりと引き戻されていった。指の先がわきわきしているのは、去っていった暖か柔らかい感触を名残惜しんでいるのだろう。
何が起こったのか分かっていない子ネコー以外は、子ネコー壁中トップン消失事件が未然に防がれたことに、ホッと胸を撫でおろしている真っ最中だった。
けれど、子ネコーは、やっぱり分かっていない。
にゃんごろーは、不思議そーうに、みんなの顔を見回してから、お顔を前に戻した。
お目目をパチパチしながら透明なようでいて先を見通せない青い壁を見つめ、それから「ほわぁ?」としたお顔で、胸元へ視線を落とす。
見下ろした胸元には、まだクロウの手が押し当てられている。
その手を、パチ、パチパチ、と見つめるにゃんごろー。
クロウがにゃんごろーのお胸を押さえているのは感触を楽しむためではなく、未然に防いだはずの事件の再発を心配してのことなのだが、子ネコーは全然まったく別の解釈をしたようだ。
「ほわぁっ!?」
突然、子ネコーが奇声を上げた。
体を小刻みに震わせながら奇声を発し、声が途切れるのと同時にピタッと震えも止まった。
自分の身に何が起きたのかを、遅ればせながら、今、ようやく、理解したのだ。
子ネコーは振り向いて、もう一度尻尾を体に半分巻きつけた。
そして、叫んだ。
「もしかしちぇ、いみゃ……! にゃんごろー、みんにゃに、いたじゅら、しゃれちゃ!?」
自分の身に起きたことを半分だけ理解したにゃんごろーは――――。
どうやら、事実とは違う結論を導き出したようだ。