子ネコーは、絶賛勘違い発動中だった。
むむっと眉間に力を込め、いたずらをしたと思われる三にんの顔を、ジロッ、ジロッ、ジロッと順番に睨みつけていく。
それから、少し考えて。
子ネコーは、クロウと長老のふたりだけを、もう一度睨みつけた。
いたずら犯の容疑者から、カザンは除外されたようだ。
「待て。なんで、俺と長老さんだけに狙いを定めた? なんで、カザンだけ無実……あー、なんで、カザンだけ、いたずらしてないって思ったんだ?」
「らっちぇ、れーしぇーになっちぇ、かんがるちょ……。ニャニャンしゃんは、にゃんごろーのおしりを、たしゅけてくれちゃし……。ニャニャンしゃんは、いたじゅらちょか、しにゃしゃしょーらもん。しょれに、にゃんごろーを、ころばしぇよーちょしちゃのは、クリョーとちょーろー、だっちゃれしょ! いーのがれは、ゆるしみゃしぇん!」
「なんで、“提案”は分からなかったくせに、“冷静”とか“言い逃れ”とかは、分かるんだよ!」
「クロウ、話が逸れているぞ」
「う、つい……」
カザンから冷静な指摘が飛んできて、クロウはばつが悪そうに頭を掻いた。
にゃんごろーは、というと。クロウが言い訳をしていると思ったのだろう。「許しません!」のお顔で、クロウを睨みつけたままだ。迫力もなければ、怖くもなく、傍目には微笑ましいだけなのだが、とにかく睨みつけている。
そのにゃんごろーが、「はっ!」と何かに気づいたお顔になった。
「れーしぇーににゃっちぇ、かんらえちぇみれば…………」
どうやら、その言い回しが気に入ったようだ。
長老の影響なのか、少々芝居がかかったお顔と仕草で、にゃんごろーはクロウに肉球をもふビシッと突きつけた。
そして、冷静に迷推理を披露した。
「ししょーと、でしの、はにゃしのあいだ、クリョーは、じゅっと、ようしゅが、おかしかっちゃ。にゃんごろーは、しょれを、クリョーが、はじゅかしがりやしゃんだからだっちぇ、おもっちぇちゃ……」
クロウのことを恥ずかしがり屋さんだと最初に言ったのはカザンだったのだが、にゃんごろーはまるで、最初から自分がそう思っていたかのように言った。
迷推理は、そのまま続いていく。
「しょーおもっちゃから、はじゅかしがりやしゃんにゃのに、がんらっちゃクリョーに、『よくれきましちゃ』のポンポンをしちぇあげちゃのに……。にゃんごろーは、うらりられちゃ……」
どうやら、にゃんごろーは裏切られてしまったらしい。
話の行きつく先が予想できず、人間たちは相槌を打つことすら忘れて、子ネコーの一人芝居を見守っている。長老だけが「面白いことになったぞぃ」というお顔でニマニマしていた。
「クリョーが、にゃんごろーのでしににゃるこちょを、おこちょわりしちゃのは、『はしっきょマシュチャー』のしゅぎょーを、らんらるちゃめら、にゃかっちゃんら! クリョーは、にゃんごろーに、うしょをちゅいちゃ!」
ぎゅむっと目を瞑って、にゃんごろーは言った。
それは、その通りだった。
クロウが、にゃんごろーの弟子になることを断ったのは、『端っこマスター』の道を極めるために修行を頑張るから、という理由ではない。確かに、クロウは嘘をついた。
それは、本当にその通りだ。
子ネコーの弟子になりたくない一心でついた、しょうもない嘘だった。
反論のしようもないクロウは、一応、大人しく口を閉ざした。
カザンとマグじーじの二人は、「にゃんごろーは、なかなか芸達者だな。役者にだって、なれるのでないか?」などと見当違いな感心をしている最中だった。
長老は、楽しそうなお顔でワクワクと、にゃんごろーが推理の核心に迫るのを待っている。
「クリョーが、にゃんごろーに、うしょをちゅいちゃ、りゆー。しょれは……」
犯人の名を告げる時の名探偵のように、子ネコーは勿体ぶった。肝心の言葉を口にする前に、ゆっくりと目を閉じる。
それから、カカッと目を見開いたにゃんごろーは、ヒタリとクロウを見据え、クロウの名を呼んだ。
どの角度から見ても、まるまるもふっと茶番なのだが、子ネコーだけは心の底から本気で真剣だった。
「クリョー」
「お、おう?」
にゃんごろーから静かに名前を呼ばれ、急に舞台に上げられたクロウは、戸惑いながらもそれに答えた。
ここからがクライマックス!――――と言わんばかりの緊迫した空気を、子ネコーは一人で醸し出していた。
主役感を漂わせながら、子ネコーは口を開く。
そして、言った。
「クリョーは、ちょーろーのでし! だったんら!」
魔法の通路を沈黙が支配した。
クロウが、にゃんごろーに嘘をついて裏切った理由。
それが、
『クロウは、長老の弟子だったから』
とは。
一体全体、どういうことなのか?
クロウはポカンとにゃんごろーを見つめた。
カザンは、涼しげな顔を崩さないまま、少しだけ目を見開いた。
マグじーじは、何か察するところがあるのか、微妙な顔つきで唇を震わせていた。
真相に到達した長老は、両方のお手々を口元に押し当てて、笑い出すのを堪えている。
沈黙を破ったのは、子ネコーからの糾弾を受けている張本人であるクロウだった。
「あー……、聞きたいんだが。ちなみに俺は、長老さんの、何の弟子になったんだ……?」
「きまっちぇるれしょ! い・た・じゅ・ら!」
「はい」と小さく片手を上げてのクロウの質問に、にゃんごろーは「い・た・ず・ら!」と、一言ずつ区切って答えた。クロウの鼻先に肉球をもふもふビシビシと突きつけながら、答えた。
堪えていた組が、盛大に吹き出した。
カザンも鼻から「ふっ」と息を零している。
「い、いたずらの弟子って…………。俺はおまえに、どう思われてるの…………?」
クロウは、もうすぐ18歳。青猫号がある地域では、成人になる年だ。
だというのに、「いたずらの弟子」扱いされてしまったのだ。
しかも、自分より小さな子ネコーから。
それも、揶揄われているわけでもなく、ネタにされているわけでもないのだ。
勘違いの“子ネコー的事実”を、本気で心の底から糾弾されているのだ。
魔法の通路内に、長老とマグじーじの大爆笑が響き渡った。
カザンも、本当に珍しいことに、口元にはっきりと笑みを刻んでいる。
にゃんごろーは、クロウを糾弾することに集中しきっているのか、笑い声には気づいていないようで、もふもふヒタリとクロウを睨みつけたまま、動かない。
クロウは。
みんなの様子を一通りぐるりと見まわしてから、力なく項垂れた。