「な、なあ! ちびネコー! 壁の方はすり抜けてたけど、床はそんなこと、なかったよな!? 壁の向こう側の床は、どうなんだ!?」
興が乗ってしまったらしきネコーたちの鳴りやまない輪唱にしびれを切らしたクロウが、ガッと荒々しくも優しく子ネコーの頭を掴んで揺さぶり、調査の再開を要請した。
にゃんごろーが楽しければなんでもいい派の二人は満足そうな顔で歌に聞き入っていたが、なかなかのかなかなに認定された張本人であるクロウは、そうはいかない。なんだか、おちょくられているようで、落ち着かない。あまり、気分がよろしくない。
おまけに。
子ネコーの可愛らしい歌声は「なかなかな、かなかな」だったが、長老の歌はすこぅし調子が外れているのだ。「なかなかに、かなかな」な歌声と調子はずれの歌声の輪唱は、わずかな違和感を醸し出し、よろしくない気分を助長した。ずっと聞いていると、気持ち的な問題だけでなく、体調的な問題で気分が悪くなりそうだ。
頭を揺さぶられて、お歌を邪魔された子ネコーは、「ハッ」というお顔でクロウを見つめた。長老とふたりでよい気分で歌っていたところを邪魔されたことに対して、気を悪くしている様子はない。クロウのセリフの何かに、感銘を受けた。そんなお顔だった。
「クリョーきゅん! さしゅが! なきゃにゃきゃに、かにゃきゃにゃにゃ、にゃんごろーのじょしゅらね! よいちょころに、きがちゅいちゃ! うんうん。ちゃしかに、ちゃしかに! しょれれは、しゃっしょく、ためしちぇみよー!」
クロウが放った苦し紛れの調査再開要請は、子ネコーの探求心に火をつけたようだ。にゃんごろーは「なかなかなかなかな」祭りを終了し、壁の調査に舞い戻った。
にゃんごろーは、もふんとしゃがみ込んで、床をペタペタ触りだした。左のお手々は、通路鵜側の床を、右のお手々は壁の向こうの床をペタペタしている。
「ほぅほぅ、ふむふむ。ゆかは、ろっちも、いっしょみちゃいらね。ちゃんと、ゆかになっちぇる」
「ちびネコー、俺にもやってくれ!」
提案者のクロウが、壁の向こうの床をペタペタ調査中のにゃんごろーのお手々の隣に自分の手を置いてせがんだ。最初は「なかなかのかなかな」祭りを妨害したいがための苦し紛れの提案だったが、床と戯れる子ネコーを見ている内に、祭りによって鎮静化された探求心に再び火が着いたようだ。
にゃんごろーは、今度も笑顔で要請に応じた。
「まかせちゃまえ、クリョーきゅん! しょれっ!」
「おー。どれどれ? んー、音は聞こえないが、通路の方と同じ、木の床みたいな感触だな」
「うみゅ、うみゅ。ゆかは、おんにゃじのが、ちゅながっちぇるみちゃいらねぇ。かべらけが、みえりゅのに、なくなっちぇる…………」
「…………見えるのに、なくなってる? あー、壁の方は、ちゃんと見えてるのに、存在していないみたいだってことか」
「うみゅ! しょーゆーこちょらね!」
クロウは、青い境界線の向こう側で、指先で床を叩いているようだが、音は伝わってこなかった。
ふたりは、熱心に床の様子を調べ合い、報告し合っている。
お兄さんが、もふっと小さな弟の遊びに付き合ってやっている…………というよりは、大きな子供と小さな子ネコーが一緒になって遊んでいるようにしか見えない。ふたりは、意外といいコンビなのかもしれなかった。
やがて。
存分に床をペタペタしまくり満足したのか、にゃんごろーが立ち上がってクロウを見つめた。立ち上がっても、しゃがんでいるクロウの方が、若干目線が高い。自然、見上げる形になるのだが、なぜかの上から目線だった。
「ふみゅ。クリョーきゅん、みなおしちゃよ。きみは、ほんちょーに、にゃかにゃきゃな、かにゃきゃなのようらね。きみをじょしゅにしちぇ、しぇーかいらっちゃ! きみをにこんだ、にゃんごろーのおめめに、まちがいは、にゃかっちゃようらね!」
「煮込むなよ! 俺は、肉でも野菜でもうどんでもねぇよ!」
最初は共同調査のはずだったのに、いつの間にかクロウは助手に降格させられていたようだ。これまでの言動から、薄っすらとそんな気配を感じつつも、あえて見逃していたクロウだったが、こうもはっきりと「子ネコーの助手宣言」をされては黙っていられない。
クロウはすかさず反論した。――――が、いろいろとツッコミどころが多すぎて、本題から軌道が逸れた。
別に、本気でにゃんごろーがクロウを煮込み定食にするつもりだ、などと思ったわけではない。それは、ただの誤発音で、子ネコーは「クロウを助手と見込んだにゃんごろーの目に間違いはなかった」と言いたかったのだということは、分かっている。
分かっていたが、つい反応してしまったのだ。
そして、その本題から逸れた軌道に。
本題から外れたその軌道にこそ、にゃんごろーは見事に食らいついた。