お目目を爛と輝かせ、じゅるりと涎がしたたり落ちそうなお顔で、にゃんごろーはクロウを食い入るように見つめて、前のめりで尋ねた。
「うどんっちぇ、にゃあに? おいしーやちゅ?」
「…………………………」
クロウは迫りくる“もふ顔”を片手でグイッと押しのけて、呆れた眼差しを注いだ後、大きなため息を一つ落とす。それから、少々雑な説明を一応してやった。
「うどんっていうのは、アレだ。小麦で作った、白くて細長くてツルツルした…………、まあ、美味しいやつだ」
「ほっほほぅ! しろくちぇ、にゃがくちぇ、ちゅるちゅるっ! おいしいやちゅ! うどん! おぼえちゃ! ねぇねぇ、おふねのごはんにも、でちぇくる?」
「おう。出てくるぞ」
「にゃんごろーも、ちゃべちぇみちゃーい。ねぇねぇ、にゃんごろーが、おふねにいりゅあいだに、でちぇくるきゃにゃぁ……?」
「あー、どうだ…………いや、ああ、うん。その内、食えるんじゃないか?」
「ほんちょー……? うふふ。ちゃのしみぃ……」
お目目を期待で、お口を涎で、キラキラさせながら迫りくるにゃんごろー。押しのけても押しのけても、グイグイとお顔を近づけてくるにゃんごろーをさらに押し返しながら、クロウは子ネコーの食い意地の相手をしてやる。
メニューについての質問は、最初は曖昧に濁すつもりだったが、ふと思いついてマグじーじの方へ視線を流すと、クロウの意図に気づいたマグじーじがグッと親指を立てて大きく頷いて見せたため、美味しい未来を請け負ってやった。マグじーじの取り計らいにより、近い内に子ネコーの望みは叶うことだろう。
にゃんごろーは食い意地全開のうっとり顔を両方のお手々で抑えながら、溢れて止まらない涎を飲み込んだ。
「うふふ。クリョーのおかげれ、ちょーしゃが、はかろっちゃねぇ。いろいりょちょ、あちゃらしーはっけんが、あっちゃ! にゃんごろー、らいまんりょく!」
「そーか、よかったな」
「うん!」
涎の洪水から解放されたにゃんごろーは、清々しくさっぱりしたお顔をキリリと引き締め、クロウに向かってシュタッと片手を上げた。幾多数多の脱線に見舞われたものの、魔法の通路調査の成果に確かな手ごたえを感じているようだ。調査の相方兼助手かもしれないクロウは、「確かに、なかなか面白かったな」などと思いながら、子ネコーに応じた。うどんのおかげで、クロウの助手煮込みの話がどこかに飛んだことに、安堵してもいた。
が、そうは問屋が卸さなかった。
「ちょくに、うどんのこちょを、しれちゃのは、おおきかっちゃ。これも、クリョーきゅんの、おかげらね! さしゅが、にゃんごろーが、じょしゅに、にこんだらけのこちょは、ある! しゅごい! えらい! おいしい!」
「なんで、そこに話を戻すんだよ! てか、俺を美味しく煮込むな! 俺は、肉でも野菜でもうどんでもねぇって、言っただろ!」
「にゅふふふふ!」
「にゅふふふふ、じゃねぇよ!」
「クリョーの~、じょしゅ~、にこみ~♪ おいしきゅ~、にきょんで~、きゃんせい!」
「歌うな! 煮込むな! その方向で、完成させるな! せめて、見込め!」
「にゃんごろーの、じょしゅに?」
「ぐっ…………」
「ふっ。一本取られたな、クロウ。これからは、にゃんごろー先生と呼ぶべきなのではないか?」
「だ、誰がっ、呼ぶかっ…………!」
うどんによって脱線した話は、うどんによって助手煮込み話に舞い戻ってきた。ふたりの掛け合いは、そのままトントン美味しく煮込まれていき、にゃんごろーが上手くやったというよりも、クロウの自滅により終わった。それまで、口を挟まずにふたりのやり取りを楽しんでいたサムライにトドメを刺されて、クロウは息も絶え絶えだ。
おまけに、カザンの参入で調子づいたにゃんごろーが、傷口を抉った挙句に塩を塗りこんできた。
「ほわぁあ! にゃんごろーしぇんしぇい! しゅてきにゃ、ひびきぃ! きにいっちゃ! うふふ。ししょーとれしは、だめれも、しぇんしぇーと、じょしゅにゃら、みょんらいにゃししだよね! クリョーは、じょしゅ! にゃんごろーは、しぇんしぇい! これからは、にゃんごろーしぇんしぇいとよびゅよーに!」
「ふざけんなっ! 誰が呼ぶかっつの!」
カザンに「にゃんごろー先生」なる魅惑の言葉を教えてもらい大喜びの子ネコーは、嬉しさのあまり興奮が絶頂すぎて、いつもよりも子ネコー訛りがひどかったが、言いたいことは伝わってきた。
にゃんごろー先生とクロウ助手。素敵な響き。
師匠と弟子にはなれなかったけれど、先生と助手なら問題ない。
だから、これからは「にゃんごろー先生」と呼ぶように。
クロウは、子ネコーが言いたいことを、正しく理解した。
もちろん、いいわけがない。いいわけが、なかった。
クロウは速攻で激しくお断り申しあげたが、子ネコーは聞いていなかった。
クロウの異議申し立てを華麗に流し去り、「何も聞いてません」のお顔で、クロウの膝の上にポムと肉球を置いた。
すっかり先生気分で、上から目線でクロウを見上げながら、先生らしい態度でこう言った。若干の長老みが感じられる。
「クリョーきゅん。しぇんしぇいとしちぇ、きみに、ひとちゅ、いっちぇおかにゃいちょ、いけにゃいこちょが、ありゅ!」
「早くも、先生気取りかよ! 俺は、断じて認めてねーぞ!」
「クリョーきゅん!」
「何だよ!」
全自動水洗トイレのようにクロウの言い分のすべてを軽やかに速やかに流し去りながら、にゃんごろーはもったいぶった。
そして、クロウを困惑させる一言を放った。
「クリョーきゅんは、おにくれしょ!」
「は?」
「ああ、なるほど。肉か野菜かうどんか、という話なら、確かにクロウは“肉”だな」
「しょー! にゃんごろーと、いっしょ!」
「…………………………はぁ?」
予想外過ぎる球を投げられて、思わず真顔になるクロウ。
その球をサムライがキャッチして、クロウの後頭部に投げつけてきた。
その発言に、間違いはない。
カザンが言った通り、カテゴリー的には、その通りだ。
カテゴリー的な話をするならば、クロウは野菜でも果物でもうどんでもなく、肉に分類されるだろう。
てっきり、このまま「だから助手として美味しく煮込まれておけ」的な話が続くのだろうとクロウは身構えた、のだが。
子ネコーは、片手をクロウの膝の上、もう片方の手をピッと頭上に上げて、予想と違うことを言ってきた。
そして、なぜかその後。
キリリ、と真剣なお顔でクロウを見つめた。